エピソード47-13

ワタルの塔 4階 医務室――


 ジェニーの診断では、ココナは何らかの精神的ショックによる『エターナル症候群』を患い、仮死状態になっているとの事であった。

 これを踏まえ、アマンダとカチュアは、今の状況を次の様に分析した。


「血中のナノマシンが『生命維持モード』で稼働しており、身体的には安定している」

「しかし、意識レベルが著しく低下した為、義足に宿っていたメルクリアの意識が表面に現れた……と言う事、かしら?」

「状況的に、それでほぼ間違いないと思います」

「精神面が相手だと、サイコドクターの守備範囲よね。私たちじゃあ、畑違いだわ」

「彼なら、何とか出来るかも知れませんね……」

「静流クンが?」

「だって彼、インキュバスの特性持ちなんですよね?」

「そうなんです! 静流様は簡単に相手をイカせる事が出来るんですよぉ」フーフー


 静流の話題になった途端、ルリが割り込んで来た。


「成程。夢魔か。今回もキーパーソンは静流クンか……全く不憫よね」

 

 二人のドクターと一人の技術者の意見がまとまった所で、メルクリアの目が覚めた。


「う、う~ん、ふぁあ、よう寝たわい」

「メルク、アンタねぇ……」

「何じゃ? ガン首そろえて。こやつの処遇は決まったのか?」


 アマンダはメルクの前に立ち、メルクに話し掛けた。


「おはようございます、メルクさん。アナタに聞きたい事があるの」

「何じゃ? ワシでわかる事なら、何でも聞くがよい」

「それでは早速。今、器の主である竜崎ココナの意識は、何処にあるのです?」

「ふむ。そうじゃの、深ーい底に、小さくうずくまっておるようじゃ」

「何とか表層に引っ張り上げる事は出来ないの?」

「無理に引きはがすと、恐らくこやつは……助からんじゃろう」

「それはどう言う意味、ですか?」


 怪訝そうな表情で、アマンダはメルクに聞いた。


「うむ。ワシが思うに、こ奴は存在すらしない敵に、ズタボロにやられた夢を見たのじゃろうな。つまり『生ける屍』となっておる」

「何かの敵に、負けたと思い込んでいる、と?」

「うむ。ワシが表に出ておるという事は、生命活動を放棄したものと捉えるのが自然なのでは、とワシは思う」


 メルクは腕を組み、ため息をついた。

 ブラムが会話に割り込んで来た。


「って事は、メルクがいなかったら、隊長さんはとっくに帰らぬ人になっていた、って事?」

「望んでこうなったわけではない。ワシは単に人生のリセットを望んだだけだ」


 そうこうしている内に、シズルーが4階に到着した。


「お疲れ様です、皆さん」

「おはよう。口調が戻ってますよ、大尉殿?」

「あ……。ってココのみんなは知ってるクチじゃないですか! いやだなぁ」


 現在シズルーの正体を知らないのは、ダーナ・オシーの連中だけである。

 メルクはうんうんと上下に首を振った。


「ふむ。やはりそうであったか」

「やっぱ、わかっちゃいます?」

「お主の魂は純真そのもの。他の連中の濁りきったそれとは全く違う。改めて聞くが、お主は『聖人』か?」

「フッ、言ってくれるじゃないの。言い返せないのが悔しいわね」


 カチュアは引きつった顔でそう言った。


「いい加減、その偽りの仮面を脱いだらどうじゃ?」

「メルクさんには、敵わないな」シュン


 静流は変身を解き、ありのままの自分をメルクに見せた。

 メルクは品定めをする様に、静流を舐める様に見た。


「これが、本当の僕、です」

「ほぉ。意外にうい奴じゃのう……」


 ココナの服装は入院着であり、少し前かがみになると首元があらわになり、均整の取れた肢体がチラッと見えた。

 メルクが静流との距離を詰めようとした時、ブラムが間に入って来た。


「ダメ! シズル様はウチの御主人様なの!」

「野暮な事を言う。お主には別の殿方がおったのじゃろう?」

「今は、シズル様なの! それにシズル様はワタルの……」

「何だと言うのじゃ?」

「何でもイイでしょ! とにかくダメなの! むぅぅ」


 メルクとブラムがにらみ合ているのをよそに、カチュアが静流の元に来た。


「ムフ。やっぱり素の方がイイわね♡」

「す、すいませんが、現状を説明してもらえますか?」


 静流はとっさに仕事の話題を振った。


「姉さん? ほら、仕事モード!」

「ちぇーっ、しょうがないわね。仕事が終わったらたんまり甘えちゃうから、覚悟しておいてね♡」


 アマンダたちから現状を聞いた静流。 


「……つまり、ココナさんの夢を操作して、意識を表層に引き上げる、という事ですか?」

「そう言う事になるわね」

「他人の夢に割り込むのって、結構大変だと思うんですよ。母さんが言ってました。『落ち』を見極めないと、永遠に終わらないって」


 静流のその言葉に、ジェニーとカチュアは顔を見合わせた。


「それって、正に『エタってる』って事ですよね? 如月ドクター?」

「仮説はおおむねビンゴ。先ずはその夢をモニターするしかなさそうね」





              ◆ ◆ ◆ ◆





国分尼寺魔導高校 睦美のオフィス――


 睦美に案内され、塔にある【ゲート】をくぐって来た学園一同。そこは桃魔術研究会の第二部室の奥にある睦美のオフィスだった。

 オフィスにあるロッカーから、睦美たちが出て来た。

 以前、薫子が秘密裏に設置した【ゲート】は、体育館裏のお化け柳にあったが、静流に頼んで最近ここに移動しておいたようだ。

 日本と比べると、約6時間遅いアスモニア。日本は今、お昼ちょっと前である。


「こ、ここが静流様の高校?」

「そうです。ここは私のオフィス。皆さんは生徒会室に場所を用意しています。ささ、こちらです」

「勾玉の翻訳機能は完璧ね。さすが静流様♪」


 周りの言葉が理解出来る事が嬉しかったのか、アンナが感激している。

 睦美がオフィスを出ると、桃魔の部員たちが数人いて、その中には静流の中学時代の後輩であり、『浪人ギア』開発に協力した荒木メメと姫野ノノもいた。


「あ、GM、お疲れっす」

「ご苦労。そうだ、おい、荒木・姫野コンビ、こちらに」

「はぁい、何でしょう?」


 メメとノノが睦美に呼ばれ、不思議そうに首を傾げながら、睦美の元に来た。


「こちらは、我が校と姉妹校である『聖アスモニア修道魔導学園』の方々だ」


「「「「どうもぉー」」」」 


 学園一同がペコリと頭を下げた。


「ふはぁ、綺麗なひとばかり……」

「可憐だ……」


 部員たちは学園のみんなに見惚れていた。


「そして、この子が、サラ・リーマン君」

「ご、御機嫌よう」


 睦美に紹介され、ペコリと頭を下げるサラ。


「「「うぇ? えぇーっ!!」」」


 周りの部員たちも一斉に驚いた。


「この方がサラ? か、カワイイ……」ざわ……

「初期の作品のほとんどをこの方が……素晴らしい」ざわ……

「この容姿であのような大胆な構図を……」ざわ……


 周りがざわついている中、メメとノノはサラの手を取った。


「直にお会い出来て、感激ですぅ、手、スベスベ~」

「私も、お二人にお会い出来て、嬉しい……です」


 メメとノノは、サラの手をさすりながら、来校の理由を聞いて来た。


「もしかして、原画を持参されたのですか? むはぁ」

「ち、違うんです。私たちは、静流様の絵を見に来ました」


 サラは手をぱたぱたさせながら、二人に説明した。


「成程。そうでしたか。『アノ絵』のインパクトは、確かに一見の価値ありですからね」

「今日の一般観覧が始まってすぐに、『某お嬢様校』に占領されていましたがね……」

「えっ!? そうなんですか?」

「何処ですか? その『某お嬢様校』とは?」チャ


 ノノの言葉に、ピクリと反応したのは、ニニちゃん先生だった。


「聖オサリバンと、聖ドドリア、ですけど何か?」

「やはりそう来ましたか……」チャ


 ニニちゃん先生は、顎に手をやり、黙考を始めた。


「ささ、生徒会室へ。昼食を用意致しましたので」


 睦美は、難しい顔で考え事をしているニニちゃん先生の肩を押しながら、生徒会室に向かった。

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