エピソード45-6

五十嵐家 玄関―― 朝


 薫子の『最終試験』当日、朝食を済ませた静流は、先ほど薫子と入れ替わった。

 静流はシズムに変身し、ロディは本に戻し、静流のメッセンジャーバッグに入れてある。 

 玄関を出ると、真琴が待っていた。  


「おはよう静流! 美千留ちゃん」

「おはよう、真琴、ちゃん」

「行って来ます。真琴ちゃん、しず兄を頼んだよ?」

「わかった。任せといて! 行ってらっしゃい」


 美千留はそう言うと、三中の方に歩いて行った。


「じゃあ、行こっか、静流クン?」

「う、うん」


 慣れないせいか、シズムがリードする形になってしまっている。


「真琴ちゃん、朝の静流って、どんな感じ?」

「そうですね。もっと猫背で、くたびれた感じですね。丁度あんな感じです」


 真琴が差した方には、猫背でだるそうに歩いているシズムがいた。


「うー、だるぅ。しかし、この格好、久しぶりだなぁ……」

「ちょっと? シズムちゃんはもっと背筋ピーンとしてなきゃダメでしょ?」

「へいへい。ところで静流クン、クラスの奴らの顔と名前、覚えた?」

「うん。大丈夫だよ。前に授業風景を睦美に見せてもらったし、ロディちゃんから名簿を【ロード】させてもらったから」

「睦美先輩が? いつの間に?」

「い、イイじゃない、そんな事。さぁ、行くわよ!」


 薫子が言っていたのは、いつぞやの衛星中継の事であろう。


「口調、オネエ言葉になってますよ?」

「うっ、いけない。気を付けなきゃ」




              ◆ ◆ ◆ ◆




国分尼寺魔導高校 2-B教室――


 教室に着き、各々の席に座ろうとするが、シズムが静流の席に着くなり、机に突っ伏した。


「おはよ。あーだりぃ……」


 前の席の達也が、不思議な顔をしてシズムを見ている。


「ちょっと、シズムさん? ココ、僕の席なんだけど?」


 引きつった顔の静流が、机に突っ伏しているシズムをつつきながら言った。


「うん……? あ、いけね! ボクの席、ココじゃなかったんだ!」ガタッ


 静流につつかれ、慌てて飛び起きるシズム。


「『ボク』って? どうしちゃったの? シズムちゃん?」 


 気が付くと周りの女子が、シズムを心配そうに見ている。


「何寝ぼけてるのよシズムちゃん? 役にハマり過ぎじゃないの?」

「え? そ、そうなの。今度ボクっ子の役やるんだ♪ エヘヘ」


 真琴が機転を利かせて、助け船を出した。

 シズムはにやけ顔で、後頭部を搔きながら自分の席に着く。


「なぁんだ、そうだったんだ。ボクっ子のシズムちゃんも、カワイイ~♡」


 シズムは自分の席に着くなり、後ろから抱きしめられた。


「京子ばっかズルいぃ、私もぉ」

「ちょっと重いよぉ」


 シズムにとっては日常茶飯事であったが、色んな意味で静流には荷が重かった。

 そんな光景を眺め、達也は呟いた。


「なぁ静流? 何か変じゃないか? シズムちゃん」

「え? そ、そうかなぁ? いつもと変わらないと思うけど」

 

 達也の問いに、静流は頬を指で掻く仕草でそう答えた。


「ねえ、五十嵐クン、いつもより、お肌スベスベじゃない?」

「うわ。ほんとだ。赤ちゃんみたい」


 朋子の指摘に、周りの女子が数人近寄り、静流の頬をつついた。


「うわぁ。ずぅっと触っていたい……ムハァ」

「ち、ちょっと止めてよ。夕べ一杯寝たからじゃないかな?」

「睡眠か。やっぱお肌には睡眠よねぇ?」


 静流の言葉に納得したのか、女子たちは自分の席に帰って行く。


「何なのよ……もう」


 小さい声でそう言った静流は、少し乱れた髪を整えている。


「うん? 静流? どうしたんだお前」

「何だよ達也。僕の顔に何か付いてるの?」


 達也にじぃーっと見られている静流は、手鏡を瞬時に出して容姿を確認している。


「何も付いてないじゃん、おかしなヤツだなぁ」

「おかしいのはお前だ、静流」


 達也は神妙な顔つきでそう言った。


「僕が? ドコがおかしいって言うのさ?」


 静流の額から、冷や汗が滴った。


「お前……ソッチの方に目覚めたのか?」

「な、何を言い出すかと思えば、怒るよ?」


 達也の発言に、静流は困惑していた。


「そんなワケないでしょ? 静流は近いうち、顔アップのシーンがあるから、お肌には細心のケアを心掛ける様に事務所に言われてるのよ!」

「そうなのか? 静流?」

「う、うん。結構大変なんだぞ? ニキビでも出来たら、大目玉食らっちゃうよ」


 またもや真琴のフォローで難を逃れた静流たち。


「そっかぁ。バイトとは言え、芸能界だもんな。ま、頑張れや」

「う、うん。サンキュー」


 達也の疑念を晴らし、静流は疲れがどっと出たのか、机に突っ伏した。


「うぃー、疲れた……」


 それは、通常の静流に戻ったかのような光景だった。

 隣の真琴は、静流に親指を立てて見せた。


(ガンバです。薫子さん!)




              ◆ ◆ ◆ ◆



屋上―― 昼


 午前の授業が終わり、すぐさま屋上に上がる静流たち。

 屋上の鍵は生徒会長の左京に借りた。

 薫子は静流のままで、ペットボトルのお茶をあおった。


「ゴクゴク……ぷはぁ、結構しんどいわね」

「お姉様、あまり無理しない方がイイんじゃない?」

「そうです薫子様。私にお任せを」


 薫子の様子を見かねた静流は、グレーの猫に変身したロディと共に、声を掛けた。


「この位、問題無いわよ。その証拠に、後半は何も無かったでしょ?」 

「確かに。上手くやれてた、とは思う」

「でしょう? 大丈夫だってば」


 少しして、購買部でパンを買って来た真琴が屋上に来た。


「お待たせ。はい、みんなの分」

「サンキュー。今日は大活躍だな、真琴」

「そりゃあ、こう言う時に役に立たないとね。1マネとしてはね」


 静流たちがパンを食べていると、誰かが屋上に上がって来た。


「やぁ静流キュン、ココにいたのかい?」

「睦美……先輩?」


 睦美には昨日、薫子と入れ替わる事を伝えてあったが、薫子はそれを知らない。

 睦美は静流の隣に当然のように座り、おもむろに弁当を広げ、食べ始めた。


「う~ん。青空の下で食べる弁当も、悪くないな」

「そ、そうですね……睦美先輩? ちょっと近くないですか?」

「そうかな? いつもこうして密着して食べているじゃないか。今更恥ずかしがる事もあるまいに」


 静流は困った顔で、真琴とシズムを交互に見た。


「先輩、良くココにいるってわかりましたね?」

「簡単な事だ。左京から報告があった。頼んでもいないのに、律儀な奴だ。ハッハッハ」

「左京、アイツめぇ……」

「しょうがないよ。生徒会は先輩の庭だもんね」

「おやシズムちゃん? 口数が多いようだが、自我でも芽生えたか?」

「ノ、ノーコメントでぇす」


 薫子の最終試験中なのをイイ事に、睦美はやりたい放題だった。

 食べ終わった睦美は、静流の頭の匂いを嗅ぎ、手櫛で髪を撫で始めた。


「ところで静流キュン、いつものシャンプーじゃないな?変えたのかい?」

「間違って美千留のを使ったんだ。変かな?」

「イイ。実にイイと思う。フヒヒヒ」

「や、止めて下さい、先輩」

「ムフゥ。困った顔もカワイイね。目に入れても痛くないかもしれない。入れて見ようか? ゲヒヒヒ」 


 ずんずん迫って来る睦美に、静流は恐怖すら感じている。


「待ちわびたよ静流キュン、いつかこうなる事を……フゥー」

「あわわわ……あふっ」


 睦美が静流の耳元に息を吹きかけると、静流は悶えた。

 傍で見ていた真琴は、プルプルを小刻みに震えていたが、やがてキレた。


「睦美先輩!? いい加減にして下さい!!」

「何だね真琴クン? 今イイ所なんだ。放って置いてくれたまえ」


 キレた真琴に対し、悪びれもせず微笑する睦美。


「いつまでこの茶番劇、続けるつもりですか!?」

「え? 茶番……劇!?」


 真琴の発言に、一瞬戸惑う静流。するとシズムが言った。


「睦美先輩、いくら何でも悪ノリが過ぎます。その位で勘弁してあげて下さいよぉ……」

「……フフ。もう少しだったんだけどなぁ。可愛かったなぁ、お姉様のリアクション」


 そう言って睦美は、ゆっくりと静流から離れた。 


「ん? あ、知ってたなぁ? 睦美ぃ!」

「ムフゥ。最高でしたよ。お姉様と静流キュンの融合。ああ。たまらん」

 

 静流は睦美を睨み、腕をクロスさせ、ガードした。

 睦美は自分を抱きしめ、クネクネと左右に揺れている。


「いろいろ言いたい事はあるけど、どうなの? 私は合格?」


 薫子は静流の格好で腕を組み、オネエ言葉でそう言った。


「概ね合格ですが、不意打ちにはお気を付けくださいね?」

「わかったわよ。もう、睦美のイジワル……」


 そう言って顔を赤らめ、下を向く静流に、睦美は興奮しながら言った。


「イイ、いいなぁ。そうやって恥じらう静流キュン、うはぁ、至福だ……へぶぅ」

「睦美先輩、鼻血、出てますよ」

 

 やがて昼休みが終わり、各々は教室に戻った。

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