エピソード45-5

五十嵐家 静流の部屋――


 静流の部屋には、静流、美千留、真琴、ロディの他、薫子とブラムがいた。


「うわぁい♪ これがムツミの焼いたクッキー? うん。なかなかイケる♪」サクサク

「おい、がっつくなよ! もうこれだけなんだから」


 ロディが紅茶を淹れ、お茶請けに睦美が焼いたクッキーを出した。

 静流がお気に入りの為、随時補充されている。


「それで、お姉様はどうして僕の代役を?」

「私だって、静流の役に立ちたいんだもん」


 薫子はさりげなく静流の隣をキープし、ずっと手を握っている。


「古代文字が読めるからって、忍に軍からオファーがきたでしょ?」

「そうらしいね。自分から売り込んだのかと思ったよ」

「それで、私にも何か手伝える事無いかな? と思ったの」

「ウチ、シズル様に【化装術】の事聞かれた時、カオルコも出来るんじゃないかな?って思ってたんだよねぇ」

「そうか。それで修行したんだね? 大変だったでしょう?」

「それがね、意外とあっさり出来ちゃうもんだね」

「ちょっとぉ、簡単に言わないで。私的には苦労した方だと思うけど?」


 軽い口調のブラムをたしなめる薫子。


「やっぱココの一族って、魔力量が多めだからかな? コツを掴めば簡単に出来ちゃうのね」

「ね? 大丈夫でしょ? イイって言って?」


 薫子は静流にグイグイと迫った。


「どうしよう真琴? よりによって『案内係』なんてさ」

「思いっきり目立つ係だもんね? 勿論私が全面的にサポートするけど」

「ありがとう真琴ちゃん、助かるわぁ」

「美千留もそれでイイか?」

「お姉様がお相手してくれるんなら、問題無し」グッ!

「美千留ちゃん、嬉しいわぁ」


 薫子は、真琴と美千留を交互に抱きしめ、喜びを表現した。


「ちょっと心配なのは、何かの拍子に変身が解けちゃう事って無いのかな?」

「うん? 例えば?」

「マンガに良くあるのは、クシャミとかした時のショック、とか?」

「クス。カワイイ。そんなの、平気だよぉ」

 

 薫子は静流に、オバさんが良くやる『やぁねぇん』のポーズをとった。

 次に真琴と美千留は、思いつくままに変身解除の原因を挙げ連ねた。


「お姉様、男子に触られる事に、抵抗あったりします?」

「そうそう。達也とか、いきなり肩をバシッってやったりして来るから、ちょっと心配だな……」

「あと、静流の場合、女子からの接触もあり得ますよ? 静流は反射的に躱してますけど」

「確かに? 良く僕の周りで、何にも無い所でつまづく女子が多いかも」

「あと……男子トイレ、入れます?」

「色んな目があるから、安易に【ゴースト化】とか使わないでね?」


 余裕ぶっていた薫子は、心配事が増えていく毎に、顔色が悪くなっていった。


「うぅ。もう止めて。心が折れそう……」


 そんな薫子を見て、ロディが口を挟んだ。


「薫子様、私であれば問題ありません。分身も作れますし、最近は女優の仕事も問題無くこなせていますし」

「だ、大丈夫、そんな事位、想定内よ!」


 気丈に振舞う薫子に、静流は真琴と美千留とブラムに顔を順番に合わせ、うんうんと小さく頷いた。


「わかった。じゃあお願いします」

「本当? わぁ、嬉しい」

 

 薫子は喜びの余り、静流に抱き付いた。


「ただし!」


 静流は薫子の鼻先に人差し指を突き付けた。


「ひっ、な、何かな?」

「お姉様には、最終試験を受けてもらいます!」

「さ、最終試験?」

「そう。お姉様には一日、僕に成りすましてもらいます。それで問題無ければ、代役の件、お願いする事にします。イイですね?」


 静流は、本当に自分の役をこなせるのか、確認したかったのだろう。


「わ、わかったわ。頑張る」

「当日は僕がシズムに扮します。困った事があったら、僕や真琴に何でも相談する事、イイですね?」

「う、うん。わかったわ」

「あと、いい加減変身、解いてもらえます? 僕の姿でその口調だと、ソッチの人みたいで……」

「あ、ついうっかり。ゴメン。テヘ」パチン


 これまで静流の姿のままであった薫子は、指パッチンして変身を解いた。


「迂闊に『オネエ言葉』が出ない様に、気を付けないとね? カオルコ?」

「うう。肝に命じます」




              ◆ ◆ ◆ ◆





 静流の代役の件が済み、暫く談笑していたら、不意にドアが開いた。


「静流? お客さんなの? あら?」

「え? お母さ……叔母様?」


 ミミと薫子の初対面であった。


「母さん、この人は薫子お姉様。薫さんの妹さんだよ?」

「薫クンの、そう。いらっしゃい。話は聞いてるわよぉ」

「どうも。叔母様」

「ふむふむ。どことなく、庵クン、お父さんに似てなくもないかしらね?」

「そ、そうですか?」


 ミミは顎に手をやり、薫子を舐める様に見つめた。

 あまりの熱視線に、薫子は話題を変えた。


「本当にそっくりですね? お母さんに」

「そりゃそうよ。双子だもん。モモは元気なんでしょ?」

「ええ。いずれご挨拶に伺えると思います」

「楽しみにしてるわ。ごゆっくりね」


 そう言って、ミミは部屋を出て行った。

 美千留は溜息をつき、誰にともなく呟いた。


「はーあ。早く、お姉様たちがコッチで不自由なく暮らせる日が来ないかなぁ?」

「美千留ちゃん、私たちもガンバるから。待ってて頂戴」

「何とかして見せるさ。今度の仕事だって、ソッチ方面の手がかりが手に入りそうなんだよ」


 静流は薫子に、今度の仕事で会う者が、『元老院』の情報を持っているらしい事を、大まかに説明した。


「危険は無いのね? 静流?」

「大丈夫。問題無いよ」

「それならイイけど、あまり無理しないで」

「うん。わかった」


 薫子は、暫く静流の身体をペタペタやっていた。まるで採寸している様な仕草だった。


「じゃあ、帰ろっか、カオルコ?」

「……そうね。帰りましょう」


 そう言うと薫子は、名残惜しそうな顔を一瞬見せるが、直ぐににっこりと微笑んだ。


「じゃあ二人共、当日は頼んだよ?」

「任せて!きっと役に立って見せるから」


 そう言って二人は、クローゼットの中の【ゲート】に入って行った。





              ◆ ◆ ◆ ◆





桃魔術研究会 第二部室 睦美のオフィス――


 次の日の放課後、オフィスでは現生徒会長の片山左京が、前書記長の睦美の所に相談に来ていた。


「殿下、今年の『国尼祭』、荒れそうですな」

「去年の高額取引は、花形の作品だけで、交渉は直接私がやってしまったから、オークション開催には至らなかったからな。だが、今年は違うようだ」

「ご覧になりましたか? 『あの方』の作品を」

「ああ見たとも。見る者の心を奪う、素晴らしい作品だったよ」

「購入希望者が複数出て、オークションになる可能性は?」

「十分あるな。準備は進めた方がイイぞ。何だったら私がオークショニアをやろうか?」

「その際は是非に。察しが良くて手間が省けましたわ」


 そう言って二人は、お互いに含み笑いを浮かべていた。


「その件もさることながら、あちらの準備もぼちぼち始めないと……」

「わかっている。概ね順調だよ」

「それは何よりですな」


 放課後、静流と真琴、シズムは、睦美のオフィスに出向いた。

 そこには先客がいた。


「お疲れ様です、睦美先輩」

「やあ諸君、お揃いで」

「お疲れっす! 静流様」

「左京さん? お疲れ様」


 現生徒会長の片山左京が、前書記長の睦美と打合せをしていた。


「左京さん、もしかして『国尼祭』の件だったり?」

「ご明察。ですが『国尼祭』なんぞはほんの序の口でしてね、本題はその先……」

「左京クン、ストップだ」

「おっと、これは失礼」ペシッ


 左京は、瞬時に出した扇子で自分の頭を叩く。


「静流キュンは近いうちに入る仕事の件でナーバスになっている。悪戯に不安を抱かせる様な事を言わんでくれたまえ」

「今のはノーカンっす。いやぁもう、ぜんっぜん問題無いんすよ。じゃ、これにて失礼おば!」シュタッ


 睦美に睨まれ、作り笑いを浮かべながら、猛スピードで去って行く左京。


「お邪魔でしたかね? もしかして」

「全然、全く。問題無いさ。で、どうしたんだい?」


 一瞬厳しい顔をした睦美は、すぐさまにこやかな表情となり、静流の方に向き直った。


「別に仕事の件でナーバスにはなっていませんけど、強いて言えば僕、クジで『案内係』になっちゃったんですよね……」

「情報は入ってるよ。しかし困ったな。静流キュンを外部の目にさらす事は、極力避けたかったのだが」

「先生の【結界】でもカバーしきれませんかね?」

「うむ。相手は一般人だからな。油断は出来んよ」


 睦美は顔の前で手を組む『あのポーズ』でそう言った。

 静流はココに寄った理由を睦美に告げた。


「実は、僕が軍の仕事をしている間、いろいろあって、代役を薫子お姉様がやる事になったんです」

「な、何ィ!? それは本当かね?」

「ええ。何でも特訓の末、【化装術】を習得したらしいんです」

「ほう。それは興味深い」

「昨日見せてもらいましたけど、見た目はバッチリでしたよ? あと匂いも」

「私の目からも、擬態は成功だったと思います」


 真琴が口を挟むと、シズムが補足した。


「匂いについては、近親者であるが故の事だろう。うはぁ、それは楽しみだ」

「それで、明日一日、最終試験を行う事にしたんです。僕の代役が務まるかどうか」

「ほう。それは楽しみだ。さぁて、どんな罠を仕掛けようか……くくくく」

「ちょっと先輩? 薫子さんは静流の役に立ちたい一心で【化装術】を取得したんです。茶々入れないで下さい!」

「チッチッチ、真琴クン、あらゆるトラブルに対応出来なければ、静流キュンの代役は務まらんよ」

「それは、そうですけど……」


 何か企んでいる、睦美のニヤついた顔を見た静流たちは、背筋に悪寒が走った。


「睦美先輩? お手柔らかにお願いしますね?」

「わかってるさ。くはぁ、明日が楽しみだなぁ。クククク」


 睦美は、静流の言葉も上の空で、ひたすら妄想にふけっていた。

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