エピソード44-6

桃魔術研究会 第二部室 睦美のオフィス――


 静流たちは、PMCがらみの件でライブチャットを行っている最中であった。

 そこに、伝説の闇医者『黒孔雀』が、学園の保健の先生であるカチュアである事がわかり、静流から協力要請の念話を繋ぐ所であった。


<カチュア先生? 今晩は>

<ん? ふぅ。静流……クン? どうしたの? 何か困った事でも? あ、わかった。寂しいのね? イイわよ。私が慰めてア・ゲ・ル♡>

<カチュア先生、違うんです、折り入ってお願いがありまして……>

<わかってるわよぉん♡ 静流クン、私が手取り足取り教えてあげるから、大丈夫。痛くしないからぁん♡>

<で、ですから、違うんですって>


 一向に話が進まないやり取りを、念話を傍受出来る『勾玉』を持っている者たちは、複雑な表情で聞き入っている。


〈静流クン、誰と話してるの? 佳乃ー! ちょっと勾玉貸しなさい!〉

〈自分をのけ者にした罰であります、貸さないであります!〉

〈しょうがないじゃない、始まる頃、アンタいなかったじゃない〉

〈佳乃先輩、気になりませんか? 先生とのやりとりが〉


 チャットに参加出来なかった佳乃は、ふてくされていた。


〔あの先生か……別の意味でハードル高そう〕

〔静流様にこれ以上負担が掛かるのは、如何なものかと……〕


 リリィとレヴィは、顔を見合わせ、ため息をついた。

 しびれを切らしたアマンダは、念話に割り込んだ。


<姉さん、お取込み中失礼します>

<アマンダ! 割り込み念話は無粋よ? いくら羨ましいからって>

<姉さん、静流クンは協力要請をしてるの。『黒孔雀』としてね>

<何、ですって……?>


 カチュア先生の、先ほど迄の甘ったるい口調が、一変して鋭い口調になった。


<アマンダ……アナタが教えたの? 私の過去を?>

<違います! 僕が聞いたのは三船四郎さんです! えと、今はシレーヌさんですけど>

<ミフネ? ちょっと待って、今思い出すわ。えーっと……何だっけ?>

<先生が救った人です。【性転換魔法】で>

<ああ! 思い出した! あいつめ、七本木ジンに会わせるとか言ってた癖に、トンズラこきやがって……>

<先生、実は七本木ジンって人、僕の親戚みたい、なんですよね……>

<へ? そーなの!? 道理で昔から知ってるような感覚だったわけね>


 落ち着きを取り戻したカチュア先生に、静流は慎重に言葉を選び、告げた。


<カチュア先生、僕と協力して、ある方を救ってくれませんか?>

<それは、共同作業と言う意味、なのかしら?>

<はい。先生の手を借りたいんです。お願いします!>


 静流の誠意を込めたお願いに、カチュア先生は沈黙のあと、真剣な口調で言った。


<わかったわ。アナタのお願い、聞き入れてあげる>

<あ、ありがとうご……>

<但し! 何事も対価は必要よ>

<やっぱり、お金、ですか?>


 『そら来た!』とばかりにドン引く面々。


<ちょっと姉さん? 報酬なら軍が……>

<お黙り! 私の求める対価、それは……>


 このやり取りを、『勾玉』を持っている者たちは、固唾を呑んで聞き入っている。


<まさか姉さん!? それはダメよ! いくらなんでも>

<アマンダ? 見損なわないで頂戴! 私はそんなアンフェアな方法は好かないの>

<先生? お金以外で、僕は何を対価にすればイイんでしょうか?>

<そうね……冬休みに噂の『保養所』に連れてって。そこで思いっきり『ご奉仕』してもらうわ♡>



 「〔〈な、何だってぇぇぇぇ!?!?〉〕」



 この会話を傍受していた者が、一斉に声を上げた。


<なぁに? イヤねぇ、みんなで聞いてたのお? もう、まいっちんげ♡ てへへ> 

<先生、ご奉仕って、肩たたき、ですか?>

<んもぅ、わかってるクセにぃ♡>


 四分割の内、二分割の画面が一斉にわちゃわちゃし始める。

 睦美が静流に耳打ちをしている。


<と、とりあえず、『成功報酬』って事でイイですか?>

<ダメ。温泉はマストよ。あとはプラス歩合で手を打つわ>


 静流は睦美と真琴を交互に見て、一度頷いた。


<さすが伝説の闇医者。報酬に関してはキッチリしてますね。わかりました。可能な限り、『ご奉仕』しましょう>

<よし! そうこなくっちゃ♪>


 カチュアの機嫌が、速攻で直っていく。


<肯定と受け取るわよ姉さん、詳細はメールでお知らせしますから>

<はぁい。りょうかぁい♡>ブチ


 念話が終わった。


〔ふぅ。とりあえず引き入れる事には成功したわね?〕

〔少佐、冬休みの予定、どうしますか?〕

〔仕方ない。忘年会と兼ねるか……〕


 カチュア先生との会話を聞けていない組たちには、状況がさっぱりわからなかった。


[ちょっと、内輪でやりとりするの、止めてくれない?]

{そうですよ! ちゃんと説明して下さい!}


 薫子とルリが、揃って頬を膨らませている。


「すいません。カチュア先生に、一応参加のオッケー貰いました」

[やるじゃんか静坊、どんな手を使ったんだ?]

「特に無いよリナ姉。ただ真剣にお願いしただけ」

[あの先生の事だから、きっとワイセツな条件を提示して来たに違いない。静流が危ない!]

「か、考え過ぎだよ忍ちゃん、ただ冬休みに『保養所』に連れて行く約束、しただけだもん」


[{何ぃぃぃ!?}]


 二組ほど、素っ頓狂な声を上げた。


{あの保養所に? チャンス到来ね♪}

{ドクター? 行くつもりですか?}

{勿論。ルリちゃんも当然?}

{ええ。勿論。グフフゥ}


[マズいわね、先を越されちゃったじゃない!]

[チッ、 しくじったか……]

[温泉かぁ、よし、アタイも行こうっと]


「フフフ。今度の冬休みは、面白くなりそうだな」

「静流? 参加人数って、何人でもオッケーなの?」

「そうみたいだけど、って、いったい何人集まるの?」

「さぁね。勿論私たちは行くよ。美千留ちゃんも誘って、ね」

「うわ。事が大きくなって来たぞ。幹事を誰かに頼むか……」


〔盛り上がってる所アレだけど、その前に仕事を終わらせる事、忘れないでよ?〕

「そ、そうですよね。不謹慎でした」

〔結構。じゃあ、病状をおさらいするわね〕


 アマンダはホワイトボードを出し、竜崎ココナの現在の病状を伝えた。


 ・竜崎ココナは、過去、戦闘中に負傷し、右足の膝から先を損傷し、その後は特製の義足を使用していた。

 ・半年ほど前、義足が全く機能しなくなり、車椅子で公務に当たっていた。

 ・時が経過するとともに全身に痺れが回り、最近は一日のほとんどをベッドで過ごしている。


〔今まで様々な検査を行い、各分野から色んな角度で検証を行いましたが、科学的、魔法医学的には全て空振り。後はオカルト方面くらいかしら〕

「って事は、イタコさんにも来てもらいます?」

「奴をかい? 連れて行く程役に立つかな?」

「そう言えば、この間、変な夢を見たって言ってました」

「むう、予知夢だろうか……『天啓』でもあれば、報告させるよ」

「霊的な分野だと、『お祓い』が出来る人もいるでしょうか?」

「う~ん、知り合いに神父でもいれば紹介出来るんだが、生憎その分野は疎くてな」

「神父? いない事も無い、です」

「ああ、あの学園のイケメン神父かい?」

「ええ。僕はちょっと苦手なんですけどね……」

〔静流クン、治癒の可能性が高める為にも、その人に協力を仰げないかしら?〕

〔そうですね。カチュア先生に相談してみます〕


 一通りの説明が終わり、チャットを閉める事になった。


〔そう言う事だから、スタッフの人選と、あとはベースの確保、かしら?〕

「『塔』の4階に、医務室があるってブラムが言ってたな」

〔静流クン? 使えそうなの?〕

「どうでしょう? ブラムに確認してみます」

〔お願いね。使用可能なら、そこに搬送して治療に当たるか……〕

〔それ、イイですね。何せあの塔って、ロストテクノロジーの塊みたいなもんでしょう?〕


 そんな中、郁が口を挟んだ。


〈少佐、私にも何かやらせろ〉

〔当然。アナタにも手伝ってもらうわよ。『元相棒』なんでしょう?〕

{私だって、ココナの役に立ちたい……です}

〔勿論。ルリさんには二人の仲介役になってもらわないと、ね?〕


 郁とルリは、画面同士で頷き合った。


〔今回の仕事は、とにかく不確定要素が一杯で、みんなの協力が必要不可欠なの。イイわね? それじゃあみんな、それぞれの準備に掛かって頂戴!〕



「〈〔[{了解!!}]〕〉」


 息が合った所で、ライブチャットはお開きになった。


「ふう。初仕事がいきなりヘビーなのになったな……」

「この件を見事完遂出来れば、『ギャラクティカ・ミラージュ』に箔が付くってもんだ。最高の船出だろう?」

「そう言えば、PMCの社名、『ギャラクティカ・ミラージュ』に決まったんですか?」

「ああ、『ギャラクティカ』を入れて欲しいと、ローレンツ閣下の注文だったらしいよ」

「結構イタいネーミングですね」

「イイんじゃないかな。何事もインパクトは大事だよ」

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