エピソード41-6

小泉撮影所―― 役員室


 静流は変装を解き、本来の姿を晒して、経緯を説明した。


「僕は五十嵐静流です。高2です」

「むほう。なかなかイイ素材ですね。桃髪がここまでバッチリ似合う子は、そうそういませんよ?」

「確かに。桃色の髪なんて、この業界でもハードルが高過ぎて、誰もやらないわね」


 梨元のスカウト能力が発動したのか、目利きが始まった。


「しかし、そのメガネが残念です。何とかなりませんかねぇ?」

「ああ、コレですか。これならどうでしょう」シュン


 梨元に瓶底メガネの事を指摘され、静流は保護メガネを裸眼モードに切り替えた。


「うっはぁ、こ、これはスゴいですぞ。これほどの強キャラは滅多に出ません」ヌハァ


 梨元は裸眼モードの静流を見るなり、生き生きとしゃべり出した。


「代表! 彼は間違い無く、今後、この業界に新風を巻き起こすでありましょう!」ハァハァ

「そんな事、アナタに言われなくてもひしひしと感じてる。ンフ。アナタから漏れ出ているそのオーラ、ある種のカリスマ性を感じるわ。アナタ、只者じゃないわね?」

「あわわわ」


 ビシっと指を指され、静流は返答に困っているとネネが、


「この子の髪の色、地毛なんです。ウチは校則で染めるの禁止ですから」

「何とまぁ、じゃあ、もしかしてもしかすると……?」

「はい。この子の家系は、英雄『黄昏の君』の末裔です」

「んまぁ素敵! こんな逸材、レア中のレアよ! 梨元、喜びなさい!」

「代表、どうやら『ツキ』はコッチにありそうです。僥倖です!」


 興奮している梨元は、顔から汗がどっと吹き出ていた。


「僕があるミッションで、女子校に短期留学する事になった時、変装用に使っていたキャラクターがシズムなんです。その時作った動画がアレで、そのあと、軍のミッションでレッドドラゴンを討伐した際にドロップしたのがこの『チラウラノート』と言われる『聖遺物』でした」

「なるほどね。随分都合のイイ展開ね?」

「そうなんです。自分でも驚きの連続でしたよ」


 静流から一通り説明を聞いたシレーヌは、ため息をつき、語り始めた。


「あの動画を見た時、鳥肌が立ったの。今にスゴい事が起きるって、ね。そのあとウチを受ける子たちのスナップに、シズムちゃんが写っていたのよ。 これはチャンスだわって喜んだ」

「本当の事を知って、幻滅しました?」


 静流はシレーヌの顔を覗き込んだ。


「ううん。その逆よ。 うれしい誤算だったわ」

「どういう意味、ですか?」

「アナタよ、静流クン」

「うぇ? 僕、ですか?」

「変身能力を備えた『聖遺物』、それを使いこなし、自らも【化装術】を使う。アナタはアクターになる為に生まれて来たようなものよ!」

「アクター、俳優、ですか?」


 シレーヌの固かった表情が、次第に緩んで、今はとろけそうになっている。


「アナタたちがウチに入ってくれれば、大幅な人件費カットに繋がる。急病とかで出演出来ない子の代役、スチール撮影だけだったら演技も不要だし、ムハァ、使い道は無限よ♪」


 シレーヌはクルクルと回り出すと、静流の前でピタっと止まった。


「で、いつから来れるの?」ニコ

「え? 僕、ですか?」

「アナタとその子以外、誰がいるの?」

「シズムだけでは、ダメ、でしょうか?」


 静流は不安そうにシレーヌを覗き込んだ。

 するとネネが口を挟む。


「お待ちください! 井川シズムを『貸し出す』事は容認しましたが、五十嵐クンをそちらの事務所に入れる事は許可出来ません!」

「それは何故、かしら?」


 シレーヌは不服らしく、ネネと静流を交互に見た。


「ち、ちょっと待って下さい、僕はシズムが心配だったんでついて来ただけで、こちらを受けるつもりは無かったんです」

「梨元? 本当なの?」

「え、ええ。ユズル君? 静流クンはただの付き添いって事で聞いています」

「困ったわね。本人にその気が無いんじゃ、無理強いは出来ないし……」


 シレーヌは腕を組み、暫く考え込んだ後、手をポンと叩いた。 


「……よし。わかった」

「わかってもらえましたか。ふう、よかったぁ」


 静流は安堵の溜息をついた。


「実に惜しいわぁ。アナタの能力なら、即戦力たりえるのに。この人材を遊ばせておくのはもったいないわね……」

「ご期待に沿えなくて、すいません」


 静流がそう言うと、シレーヌの目が一瞬輝いたように見えると、すくっと立ち上がった。


「よし、シズムちゃんの使用契約を結びましょう。それで、アナタは『単発バイト』って事で、どうかしら?」



「「「うえぇぇ~」」」



 静流とネネだけでなく、梨元までがひっくり返りそうになっている。


「シズムちゃんは元々ウチに引き込む予定だったし、私クラスの観察眼でもなければ、『モノ』である事はまずバレる事は無いわ。十分採用レベルよ」

「それで、何で僕がバイト? 単発?」

「不定期のサポ要員よ。シズムちゃんでは対応できない場合、アナタの能力を借りる、って事」

「非常勤、スポット的なフォローだけであれば、この子の進路にも影響ない、か……」

「先生!? 何納得してるんです?」


 ネネは腕を組み、暫く黙考したのち、シレーヌに向き直って話し始めた。


「彼の進路はまだ未定です。従って、今後貴社に入社するか否かは、今後の成り行き次第と言う事でご理解頂きたいのですが」

「それは勿論、でも、他に行くアテでもあるわけ?」

「そ、それは……」

「五十嵐クン、アナタ軍からも目を付けられてるわよね?」

「は、はぁ」

「軍、ですって!? まさか」


 シレーヌはバンッと机を叩き、立ち上がった。


「以前、弟さんたち、六郎さんと八郎さんにはお世話になりました」

「うぬぬ、おのれ、あいつらぁ、マズいわね。何かしらの対策を講じないと……」


 シレーヌはブツブツ言いながら親指の爪を噛む仕草をした。


「とにかくそう言う事でイイわね? 梨元、契約書のスタンバイよ!」

「は、かしこまりました!」


 シレーヌに指示され、梨元は内線で部下とやり取りをしている。


「五十嵐クン、それで良かったかしら?」

「ちょっと待って下さい。 シレーヌさん、確認したいのですが」

「何かしらん? 何でも言って頂戴?」

「素の僕は表には出ないって事、可能でしょうか?」

「は? どうしてよ? 折角のそのビジュアルよ? 今から少しずつ売り込んどいて、損は無いのに?」

「僕は、あまり目立ちたくないんです」


 静流はシレーヌに、幼いころから今までの経緯をかいつまんで説明した。

 【魅了】Lv.0 が常時発動しているせいで保護メガネが必須である事や、『薄い本』に自分が勝手にネタにされているせいで、ある一部の、主に女性から生温い視線を常に浴びている事など。


「それで、自分は影に潜もう、と?」

「そこまで極端ではなく、ただ平凡な生活を送りたいんです」


 静流は目線を下方にずらし、少しうなだれたような姿勢を取っている。


「そこまで悲観する事、無いと思うわよ? だってまだ17歳でしょう? これからの人生、まだまだ先があるのよ?」

「そうでしょうか。『三つ子の魂百まで』って言うじゃないですか」

「人は変わろうと思えば、すぐに変えられるわ。私がイイ例じゃないの!」フフン


 シレーヌは胸を張り、髪をファサっと跳ね上げ、ポージングした。 

 すかさずネネが静流に耳打ちをした。


「五十嵐クン、ミサたちの件もあるから、取り敢えずOKしておいてくれるかしら?」ボソ

「そっか。そっちもありましたね……」ボソ

「これはアナタにとって好都合かもしれない。『化装術』の鍛錬にもなるし」ボソ


 静流は少し考えたのち、口を開いた。


「わかりました。やります、バイト」

「そぉ? やってくれるのね!」

「ただし、条件として、こちらでお世話になる時はシズムの兄、『井川ユズル』でお願いします」

「ふう。背に腹は変えられない、か。わかったわ。ただし、こちらからも条件を出すわよ?」

「何でしょう?」

「ユズルのキャラ設定、こちらで考えさせてもらうわよ?」

「このキャラじゃ、ダメなんですか?」シュン


 静流は操作パネルをいじり、ユズルに変装した。


「いくら何でも地味過ぎよ。ウチのスタッフ総出で決めさせてもらうわ」フフン

「お手やわらかに、お願いします」


 静流はその後、数枚の契約書にサインをさせられそうになったので、ネネと豹モードのロディが詳細をチェックしている。


「彼は高校生ですよ? 幾ら単発でも、深夜は無しで」

「うわ。ホントだ。平日の深夜とかは、ちょっと無理っぽいです」

「チッ、バレたか。仕方ないわね」

「シズムちゃんだって、表向きは高校生ですから、週二回の放課後と休日の都合が良い時をシフトに入れるって事でどうかしら?」

「私は静流様の御命令であれば、如何様にも対応可能ですので」

「頼もしいわね? 期待しちゃうわよ?」


 ネネが目を皿のようにして契約内容をチェックし、納得いかない箇所は修正させ、なんとか契約完了となった。


「はい。サインしました」

「確かに。これで契約完了ね♪」

「内容はこの子に全て入ってますから、変な気は起こさないで下さいね?」

「おおコワ。大丈夫よぉ、信用無いのね? 私って」


 契約書の内容は、ロディに全て【リード】させている。

 立会人として、ネネのサインも入っている。


「ふぅ、危なかった。私が付いて来て正解だったわよ、五十嵐クン?」

「すいません。お手数かけました」

「全くよ。危うくミミに文句言われる所だったわ」


 ネネと静流の母であるミミとは、古い付き合いである。


「アナタ、意外にやるじゃない、この業界に欲しい人材ね。先生やるより、こっちの方が楽しくてよ?」

「結構です。私は、図書室で司書をやっているのが一番幸せなので」

「あら、残念ね」

 

 事務所の就労規則やらが入ったバインダーを受け取り、静流たちは役員室を出る。


「では、お世話になります」

「担当が決まったら、すぐにそちらに行かせるわ」

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