エピソード41-5

小泉撮影所―― 役員室


 白黒ミサをAスタジオに送り出したネネたち。

 次はいよいよシズムを、芸能所事務所『ミフネ・エンタープライゼス』の重役に会わせる為、事務棟の役員室に向かう。

 重役たちは、今日のオーディションで候補生の最終チェックを行う為、この撮影所に来ている。

 事務棟のロビーで、ネネが二人に向き直った。


「準備はイイわね? ユズル君?」

「え? あ、僕の事か」

「しっかりしてよね、アニキ♪」

「シズムは準備、OKなのか?」

「もうバッチリ! 任せてちょんまげ♪」ニコ


 今のやり取りを見て、ネネは心配そうに聞いた。 


「大丈夫なの? ホントに」

「一応予習はさせておきましたから、多分?」

「ふう。ま、今更ジタバタしてもしょうがない。行くわよ!」

「「はい!」」


 辺りを見回すと、何やら騒がしかった。

 ユズルは耳を傾けてみる。


「ねえ、ちょっと、あの子って動画の子じゃない?」ざわ

「か、かわいぃ~♡、隣の男の子も、素敵ィ♡」ざわ

「見て見て、シズムちゃんじゃない? 撮影かしら?」ざわ


 いつの間にか周りの注目を浴びている三人。


「ちょっとユズル君? シズムちゃんて、そんなに有名なの?」

「シズムって、結構人気あるらしいんですよ。この間、インベントリに山積になってるものがあって、それがシズム宛てのプレゼントだったりするんです」

「動画のお陰で、知名度は相当って事ね」


 三人はエレベーターで最上階に上り、役員室に着く。


「イイわね? 入るわよ」コンコン

「どうぞ」


 ネネはドアをノックし、返事を聞いてドアを開けた。


「失礼しまぁす、井川シズム……です!」ペコリ


 シズムはちゃんと挨拶が出来たようで、ユズルはホッと安堵した。


「シズムさん、ようこそいらっしゃいました! 常務の梨元です。そちらは?」

「私は、都立国分尼寺魔導高校で司書をやっております、木ノ実ネネです。そして、」

「どうも。兄の井川ユズル、です」


 ネネに促され、ユズルは緊張しながら名乗った。


「お兄さんでしたか。いやぁ、シズムちゃんに負けず劣らず、映えますなぁ。私、昔はスカウト担当だったんですよねぇ」

「ま、またぁ、からかわないで下さいよ」

「こら、ユズル君? 失礼でしょ?」

「あ、すいません」


 ユズルに近付いて来た梨元なる男は、もみ手をしながら品定めをする様にユズルを見ている。


「構いませんよ先生。ここは無礼講で行きましょう。ささ、お座りください」


 ユズルたちはソファーに座るように促された。

 ソファーには、梨元の対面にシズム、両脇にそれぞれが座った。

 座ってすぐ、ネネが梨元に話しかけた。


「先ず失礼して私から質問、イイでしょうか?」

「何でしょうか? 木ノ実先生」

「この度、ウチの生徒、白井ミサ及び黒瀬ミサがこちらを受験するにあたり、この井川シズムをこちらに入れる事が内定条件、と聞きましたが、本当なのですか?」

「ええ。言いましたよ? 代表がそのように提示すること、と」

「この子は、いわゆる芸能活動については全くの素人です。本当に務まるのでしょうか?」

「それはココに入ってから頑張ってもらう、という事です。当然研修がありますし、レッスンも受けてもらう事になるでしょう」

「何故、この子なのでしょう?」


 ネネがそう聞いた時、役員室のドアがいきなり開いた。ガチャ


「それは、私から話しましょう!」

「代表!」


 代表と呼ばれたのは、身体の線がくっきり表れるほどタイトな、ビチビチのスーツを着込んだグラマーな女性だった。

 群青色の髪に、赤いざぁますメガネを掛けた、眼光が鋭い美人であった。


「三船シレーヌ。ココの代表よ!」


 ユズルはシレーヌを見て、不思議そうにしている。


「ん? 代表って、社長さんですよね? たしか……」

「サブ兄の所の子たちね。事情は聞いてるわ」

「ああそうか! 四郎さんの御夫人でいらっしゃいますね?」

「ゆ、ユズル君、その方は……」


 ユズルはポンと手を置いて、納得しているが、梨元は青い顔でユズルを制した。


「四郎……か。懐かしい響きね」

「どうしたんですか?」

「四郎はね、今はもういないの。この世から、ね」


 シレーヌは天井辺りを遠い目で見ながら言った。


「そ、そうだったんですね、すいません……」

「大変失礼を致しました。申し訳ありません……」



「イイのよ。だって、三船四郎は、私だからね!」フン!



 シレーヌは胸を張り、髪をファサっと跳ね上げ、ビシっとポーズをとり、ドヤ顔でユズルたちを見た。


「「は、はぃぃ!?」」


 ユズルとネネは驚いて立ち上がった。シズムは首をひねって不思議そうにしていた。





              ◆ ◆ ◆ ◆





 シレーヌは二人を座らせると、深くため息をつき、語り出した。


「100年くらい前に、【性転換魔法】で女になったの。燃えるような恋をして、ね」

「性別の転換!? そんな高等魔法が使える者がいたなんて……」


 ネネは、シレーヌの言う事に半信半疑だった。


「それがいたのよ。ただ、道徳的というか、宗教的にタブー、でしょ? 完全に性転換するのって」

「個人の都合で、神の選択を曲げるという事ですから、禁忌の部類に入るでしょうね」

「原理はこう。一度卵まで時間をさかのぼってから、遺伝子情報を書き換え、成長させるのよ」

「そんな事を可能にするなんて、相当な手練れなんでしょうね」


 ネネは顎に手をやり、考え込んでいる。


「伝説の闇医者と言われている、『黒孔雀』と呼ばれた女医だった。イイ腕の医者だったわよ。報酬はたんまり取られたけどね」

「法外な報酬を取る、腕利きの闇医者ですか。どっかの漫画にありそうな設定ですね」

「イイでしょう? まだまだ現役♡ 子供も産めるわよ? 試してみる? ンフ」

「けけけ、結構です」

「あら、残念」


 ユズルは近づいて来たシレーヌに頬を撫でられ、ドギマギした。


「それで、想い人とはどうなったんですか?」

「こら、ユズル君!? 失礼でしょ?」

「イイのよ。そのあと、結婚したわよ。でも、数年で離婚した」

「何故です? 原因は?」

「さぁて、何だろうね? 彼は、男だった頃の私を愛してた、って事かな?」

「そんな、酷い話ですよ」

「男女の関係なんて、そんなもんよ」


 そう言うとシレーヌは、席に戻り、シズムを観察している。

 シズムは、シレーヌに見つめられ、ただニコニコしているだけだった。

 そんなシレーヌを見て、ユズルは口を開いた。


「でも、そんな大事な秘密を、何で教えてくれたんですか?」

「そうでもないわよ。この業界ではみんな知ってるし、調べればわかる事だもの。それに、お互いに秘密はオープンにしないと、ね?」

「秘密、ですか?」

 

 シレーヌはシズムに近寄り、シズムの顎をくいっと上げ、じっと目を見た。


「良く出来たお人形さん、だこと」

「ほえぇ?」

「何ですって!? 代表、それは本当ですか?」

 

 シズムが『物』である事を、シレーヌは見事に見破った。

 梨元は思わず立ち上がった。


「うぅ、先生、マズい展開です。いきなりバレてますよ?」コソ

「想定内でしょ? しっかりしなさい」コソ

「でも先生、正直に話した方がイイのでは?」コソ

「そうね。この方は全てお見通しの様だから」コソ


 ユズルとネネは、シズムの背中越しに小声で話していると、シレーヌが咳ばらいをした。


「コホン。何か言いたい事があるんじゃないの? お二方?」


 シレーヌは腕を組み、二人の意見を待っている。

 その様子は、怒っている様には見えなかった。


「人を見る目、さすがですね。予想よりかなり早かったです」

「目を見てすぐにわかったわ。『魂』が入ってない事」


 ネネにそう言われ、フン、と鼻を鳴らすシレーヌ。


「私、この業界長いのよ? アナタはわかって? 梨元?」

「……面目ありません。全然気付きませんでした」

「アナタもまだまだね。ガッカリだわ」


 梨元はハンカチで額の汗を拭いながら、ぺこぺこと頭を下げた。

 ユズルはネネを一瞥し、一度頷いてから語り始めた。


「シレーヌさんの仰る通り、このシズムは人ではなく『聖遺物』です」

「『聖遺物』? 魔道具みたいなもの?」

「そうです。百聞は一見に如かず。ロディ、本に戻って」

「かしこまりました」シュン


 ユズルがシズムにそう命令すると、瞬時に本に戻った。


「まぁ、何てこと?」

「こりゃあ、たまげた」


 二人が驚いていると、ユズルは本を床に放った。すると、デフォルトの豹になった。シュン


「グレーの豹が基本形です。一度見たものは、その姿に変身出来ます」


 豹のロディは次にシレーヌに変身した。シュン


「申し訳ありませぇん、ユズル様ぁん、失敗でぇす」

「気にするな、相手が上手だったって事だよ」

「でもぉ、自信、あったのよねぇん……」


 シレーヌに変身したロディとユズルが話している。


「ちょっと、私ってそんな感じに映ってるの!? 見ていてあまり気分良くないわ、他のに変えて頂戴!」

「これは失礼しました」シュン


 シレーヌに注意され、シズムに戻るロディ。


「じゃあ、あの動画に出ていたのって、誰なの?」

「それは、僕、です」シュン


 ユズルは腕の操作パネルをいじり、シズムに変装した。

 シズムに扮したロディと並んでみる。当然瓜二つである。


「一体どうなってるんだ? キミたちは?」


 梨元は先ほどから驚いてばかりいた。

 シレーヌは静流の方のシズムに近付き、頬を撫でた。


「うん。そうよ。この感じ。コレなのよ、私の求めていたものは」


 シズムは顔をいじられながら言った。


「ご、ご説明しまふ」

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