エピソード40-7

駐屯地内 第3教場――


 数人の講師たちが揃い、代表の講師が一歩前に出る。


「皆さん! 今日の講習が最終日です。これまでの成果、見極めさせてもらいますね?」



「「「「はい!」」」」



 講師が挨拶をしたあと、ジェニーが教壇に立った。


「はいみんな、これまでの成績を見せてもらいました。結果は及第点といった所です」


 ジェニーは言葉を切り、受講者を見渡した。


「でもそれは、まだまだ伸びしろがあるという事。今日は特別講師をお招きし、あり難いお言葉を頂きます!」

 

「特別講師? 最終日に?」ざわ… 

「誰かしら?」ざわざわ…


 特別講師と聞いて、受講者たちは困惑した。


「はいはい静粛に。今日の特別講師は、わが軍の業務提携先である某PMCよりお越しいただいた、シズルー・イガレシアス大尉 です!」


「PMCって何? みのり?」

「『プライベート・ミリタリー・カンパニー』つまり民間の軍事会社という意味よ。と言うか、このお名前って確か……」


「どうぞこちらに。ムフ」


 ジェニーは、廊下に向かって声を掛けた。

 カツン、カツンと軍靴が鳴る音と、腰に吊ったサーベル軍刀が揺れる度にチャリンと高めの金属音を奏でる。

 程なく黒を基調にした、クラシカルな軍服姿の青年が部屋に入って来た。

 制帽からのぞかせる桃色のストレートヘアはサラサラであり、目は金と赤のオッドアイに、ざぁますメガネを着用している。


「うはぁ、超イケメン」ざわ…

「桃色の髪、まさか都市伝説の?」ざわ…

「へぇ。上の上、S+ランクか。落とし甲斐がありそうね?」ペロ


 受講者たちは、シズルーの姿にほとんど絶句しているが、舌なめずりをして目の前の男を品定めしている者がいた。 


「このオーラ、ま、まさか、本物!?」

「あれ? この人、みのりの本に出て来る人みたい」

「こらケイ! 失礼でしょ? でも、確かに似ている……はぁ、素敵」


 ケイは、目の前の特別講師が、ついこの間世話になった少年とはつゆ知らず。

 記憶を消されたみのりは、深層意識でファーストインパクトを経験している為か、何とか耐えられている。

 シズルーのインカムに、ルリからの指示が入る。


〔シズルー様、私の言う通りお願いします。ムフゥ〕


 ルリは、教場の通路側の一番後ろの席を陣取り、指示を送っている。若干顔が赤い。


「特別講師を務めさせてもらう、シズルー・イガレシアスと言う。 階級は大尉だが、民間のお遊びみたいなものだ、好きなように呼びたまえ。私も貴君らを好きに呼ばせてもらう」


「うはぁ、素敵な声」

「ああっ、シズルー様ぁ」


 シズルーのダンディーな声に、数人の受講者は早くもメロメロになっている模様。


「今日は、あるお方からのたっての願いという事でこちらに赴いたが、講師と言うものが何か、正直私にはわからん。技術的なものや、理屈をこね回すようなものは、私は好かんのだ」


 シズルーは、ルリの指示を聞きながら、睦美風に『大佐モードもどき』を実践している。


「貴君らはこの期間中に、何を学び取ったのかね? そこの君!」ビシッ


 いつの間にか指揮棒のような物を取り出したシズルーが、ランダムに受講者を指す。


「ふぁ、ふぁい。回復に臨む際の心構え、です」

「よかろう。次! 君!」ビシッ

「ひっ! 負傷した兵士との信頼関係が、回復の効果を左右する、と言う事、です」


 うんうんと頷くシズルー。


「では、貴君らにあえて聞こう。回復術士に必要なもの、それは何か? わかる者は挙手しなさい!」 


 ルリの指示通りやっているが、上手く出来ているのだろうか? チラッと横目でルリを見た。

 ルリは鼻を押さえながら、親指を立てた。


「はい! 大尉殿! ジョアンヌ・ロドリゲス兵長です!」


 ジョアンヌは、少しくすんだ金髪の毛先に、ルーズなウェーブをかけている。

 煽情的で、いかにも『夜の蝶』を連想させる容姿である。


「ではジョアンヌ君、答えなさい!」


「回復術士に必要なもの、それは、『愛』です!」


 ジョアンヌは、自信たっぷりにそう言い、シズルーを潤んだ瞳で見た。

 少し前かがみになると、首元のデコルテから下の胸の谷間がチラ、と見えた。


(うひゃぁ、誘惑されてる? ダイレクトアタックか?)

〔コイツめぇ……シズルー様、こう言ってやって下さい!〕

 

 シズルーが若干ひるんだ様に見えたルリは、興奮気味に指示を送った。


「『愛』か。では聞くが、貴君は全ての負傷者を愛するというのかね?」

「そ、それは……無理です」


「軽々しく愛を口にするでない! 貴君は『聖女』にでもなったつもりか?」

「ひっ、す、すいません、その様ななつもりでは……」


 シズルーはジョアンヌを、少し強めに叱った。


(うわっ、引いてるな。ちょっと怒り過ぎたかなぁ?) 


 チラッと横目でルリを見ると、両手を握り、『ガンバ!』のポーズをしていた。


「どうやら貴君も、まだ本当の『愛』を手に入れてはおらんようだな」

「大尉殿、どう言う事、でしょうか?」

「貴君の身体が、悲鳴を上げておるぞ?」

「え? 私は平気、ですが?」

「自覚症状なし、か。貴君は先ず、自分自身を愛したまえ」

「は、はぁ……」

「相手に求められるがままに身体を委ねる。それが貴君の『愛の形』なのか?」

「はわわわ、そ、それは……」カァァァ


 ジョアンヌは、シズルーに指摘された事に思い当たる所があったようで、急に恥ずかしくなり、顔を赤くした。


「済まない。『愛』にも様々な形があるという事であるな。今の発言は取り消そう」

「そ、そんな。私が失言したのです。悪いのは私で……」

「ジョアンヌ君、座りたまえ」

「は、はい……」


 ジョアンヌを座らせたシズルーは、教壇を左右にゆっくり反復しながら、自分の想いを語り始めた。


「愛とは、正直私にもわからんのだ。以前友に、『いずれわかる時が来る』と言われたが、今だにさっぱりわからん。戦場では、愛だの恋だのにうつつを抜かしている暇など皆無である。ましてや、すべての負傷者を救うという事も、無謀であり、無理であろう」


 シズルーは教壇の中央でピタ、と足を止め、受講者たちの方を向いた。


「では、回復術士に必要なものは何か? それは『癒し』である! と私は思う」


 ルリの指示通り、熱弁するシズルー。


「負傷した兵士の傷を『癒し』、また、打ちひしがれ、擦り減った兵士の心を『癒し』、再び戦地へ送り出す。経験にに裏打ちされた技術、信頼、それら全てが備わった時、真の回復術士となりえるのではないか、と私は思う」

 

 シズルーは自論を展開した。周囲はしん、と静まり返っている。


「む? おっと済まん。これは私の個人的な見解であった。貴君らは自分の信念に従って職務を全うしたまえ」


 教場が静まり返った原因は、シズルーの言葉に心地よいショックを受けたからであった。


「シズルー様……素敵」

「ああ、シズルー様、私の荒んだ心を、癒して下さい」


 受講者及び講師たちのほとんどが、シズルーにメロメロになっている。


「大尉殿、ひとつ、イイかしら?」


 講義を聞いていたドクターが、手を上げてシズルーに質問する。


「何でしょうか? 宗方ドクター?」

「この子たちはまだ駆け出しです。先ず、何を目標に職務に就けばよろしいのですか?」


 ジェニーはニンマリと微笑みながらそう言った。


「ふむ……」

(うわぁ、無茶ぶりして来たぞ……)

〔シズルー様、私に付いて来て下さい〕


「貴君らの所属する部隊、つまり仲間を、いかにして『護る』という事、であろう。通常、回復術士とは後方で控え、負傷者の回復を行う事に集中する。ゆえに回復術士は、戦闘中はおのずと、他の仲間に『護られる』形となる」


「軍の指導でも、布陣としては問題無いのでは?」


「確かに。では、私が何を言いたいかと言うと、回復術士も『自衛手段』を持ち、仲間の負担を軽減させる、という事が理想である、と私は思う」


「つまり、護られてばかりではダメ、と言う事ですの?」


「左様。もし、回復術士を護る者が無効化された場合、その隊は窮地に立たされるであろう?」


「要するに、回復魔法に磨きを掛ける事は勿論、護身術や支援魔法の取得を心掛ける事、と言う事ですね?」


「左様。これだけで部隊の士気は格段に上がる」


 ジェニーはうんうんと頷いた。さらに質問を重ねる。


「最後にココにいる者の代表で聞きます。大尉殿には、『護るべき者』はおられるんですの?」

「仕事上はな。他はおらん。私は独身だ」


「きゃぁっ……」


 周りの者たちの、口を押さえた両手から、わずかに黄色い声が漏れる。受講者だけでなく、何と講師たちまでもが『乙女モード』になっている。

 座学が終わりを告げるチャイムが鳴った。


「次は実地訓練だ、これまで学んだ貴君らの成果、拝見させてもらう!」


「「「「起立、礼」」」」


 シズルーは敬礼し、無駄のない動きで90度向きを変え、廊下に出ていった。

 カツン、カツンと軍靴の響きが暫く続いた。


「「「ぷはぁー」」」


 シズルーが退出した途端、受講者たちは一斉に机に突っ伏した。


「あっと言う間だったわね、ひとコマ目」

「ああ、初日からシズルー様の講義が良かったわぁ」


 そんな事を話している中、一人様子がおかしいものがいた。


「ちょっとジョアンヌ? 大丈夫なの?」

「大丈夫……じゃないかも、ね」ポォォォ


 机に突っ伏したジョアンヌは、熱に浮かされているような状態であった。


「本当に大丈夫なの? ジョアンヌ?」


 みのりもさすがに心配になって、ジョアンヌを覗き込むと、


「みのり、アナタに聞きたい事があるの!」ガバッ

「な、何よ、急に」

「殿方に好かれる方法って、どうすればイイのかしら?」

「そんな事、『売れ残り』のアタシに聞く? イヤミにしか聞こえないわよ」

「昔のアナタは、命中率100%の『デンジャラス・ビューティー』と呼ばれた女、だったわね?」

「あの頃は、無駄に必死だっただけ。特に小細工はしてないわよ」

「それじゃあアドバイスになってないわ。真面目にやって!」

「アナタまさか、大尉殿に? 本気、なの?」

「わからない。こんな気持ち、初めてなの」ポォォ


 骨抜きになっているジョアンヌの様子に、ジェニーはシメシメと白い歯を見せ笑った。


「よし! ルリちゃん、事務所に戻るわよ!」

「ふぁい。ドクター」


 確かな手ごたえを感じ、ジェニーはメロメロになったルリの手を引き、事務所に戻っていく。

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