エピソード38-10

 静流たちが帰ったあとの生徒会室


「ちょっと何なの? 静流をあっさり帰しちゃって、もう」

「早く終わらせて。まだ追いつく」


 姉たちはプンスカ怒っている。


「カナメ? メンテフリーの私を残して、何が目的なの?」


 オシリスも自分が残された理由がわからなかった。


「朗報です、お姉様方!」


 睦美は机に両肘をつき、顔の前で指を組んでいる。

 照明の灯りがメガネに反射し、光っている。


「何よ、『朗報』って?」

「お姉様方が、静流キュンを心配なさる気持ち、重々理解しております。かつて私も『学園潜入ミッション』を静流キュンが行うと決まった時には、胸が張り裂けそうになり、自我を維持する事がままならない状況でした」

「確かに、後で聞くと相当な荒行だったようね」

「そこでこのオシリスを使って、四六時中静流キュンを『サポート』した経緯がありましてね、おいカナメ」

「はいよ。実は、もう準備、出来とるんですわ」

「何をよ?」


「静流キュンの『私生活潜入24時』つまり、完全密着ライブ中継ですがな」


「な、何ですって?」

「本当なの? それは」


 姉たちが、身を乗り出して睦美たちに迫った。


「事実です。五十嵐家に68個のカメラを設置。あ、母上には許可、頂いてますよ」

「『わぁ、面白そう♪』って言うてましたわ。かなりの好き者やね」


 あの母親なら、言いかねない。


「その画像を、軍事衛星を拝借し、『宇宙中継』します。こちらは無許可ですが……」

「そんな事をしたら、静流のプライバシーはどうなるの?」

「いくらなんでも、静流が可哀そう……でも、観たい」

「大丈夫です。何重もの障壁を用意し、この配信を覗ける者は、このメンツ以外、おりません」


 自信満々に言ってはいるが、無許可で軍事衛星を利用する事のリスクは計り知れない。


「なお、学校等のカメラで追いきれないものについては、オシリスの見ている画像を配信しますよってに」

「アンタたち、またアノ学園の時みたいに静流をストーキングするつもりなの?」

「オシリス、人聞きの悪い事を言わんでくれたまえ。私たちは心底静流キュンが心配なのだよ」

「せや。これがあれば、ノーリスクでいつでも静流キュンに会える。イイ事ずくめや」


 オシリスにジト目で見られている睦美たちに、会長はある事にはっと気付いた。


「って事は、静流キュンの入浴シーンとか、見れちゃったり?」

「おいおい楓花。そこまでは私もさすがになぁ」

「洗面所には設置したさかい、脱衣シーンまでは見れるで」

「まぁ。どうしましょう」ポォ

「何という鬼畜。だがナイスだ」グッ


 会長は頬に手をやりうつむき、沖田が親指を立てた。


「これで不安要素は減りましたよね? お姉様方?」

「そ、そうね。やるじゃない、アナタたち」

「そう上手く行くかしらね? ウチには美千留や真琴がいるのよ?」

「確かに妹ちゃんは要注意やね」

「軍の連中だって、ちゃらんぽらんに見えて、案外鋭いのよ?」

「その時は上手く丸め込むさ。案外ノリノリで協力してくれたりしてね」


 その可能性は十分にある。





          ◆ ◆ ◆ ◆




五十嵐家――


「ただいま!」


 家に帰った静流は、ストトンと階段を上り、部屋に入る。


「お帰り、って、静流? おかしな子ね」

「む? しず兄、様子が変」

「確かに。監視対象になるのも無理は無い、か……」ブツブツ

「何?『監視』って?」

「さ、さぁ夕飯の支度はじめよっかなぁ」

「おかしい。何か企んでる」


 早くも美千留に疑念を抱かせる母親。

 静流は部屋で時計を見た。時差を考慮すると、向こうは夜11時頃である。


「よし、まだ消灯には早いよね?」


 静流はレヴィと念話を始める。





アスガルド駐屯地―― 隊舎 レヴィの部屋


 アスモニア航空基地所属であったレヴィは、先月からアスガルド駐屯地の魔導研究所に異動になっている。

 レヴィはベッドに寝そべり、日課である『薄っぺらい本』を読んでいた。


「むふぅ、思い出すとたまりません。また『アノ夢』が見れますように……」


 レヴィは先日、『塔』の睡眠カプセルで見た、静流との甘く、熱い情事を思い出し、身をよじっている。

 ちなみに今読んでいる『薄っぺらい本』は、



 『ああっ、静流さまっ』



 というタイトルで、ある平凡なOLの家に、座敷童の『静流様』が住み着く事で起こる『ハートフル・イチャコラ・ハプニング・ラッキースケベ・ラブコメ』らしい。

 盛大に膨れ上がった妄想は、静流からの念話でいとも簡単に断ち切られた。


〔レヴィさん、夜分遅くすいません〕

〔しし、静流様!? 何事ですか?〕

〔ちょっと聞きたい事がありまして〕

〔何なりとお申し付けください! わたしで済む事でしたら、女体の神秘などでも可能な限り……〕


〔『ドラゴン・フライ』というコードネームに、心当たりありませんか?〕

〔む? そのコードネーム、どこで知られたのですか?〕

〔学校の先輩がネットで。何でも『元老院』についての情報を持っている、とか?〕

〔勿論、存じ上げてはいますが……これはまたエッジの効いた方をご存じで〕

〔その人、ヤバい人なんですか?〕

〔腕は確かですよ。あの方のいる部隊『カラミティ・ローズ』は、ご存じ『ブラッディ・シスターズ』とのライバル関係ですので〕


〔じゃあ、イク姉なら、その人の事、良く知ってるんですね?〕

〔そこなんですよ問題は。少しデリケートな案件ですから、ここは慎重に行きましょう〕

〔やっぱりクセの強い方なんでしょうか?〕


〔まぁ、そうですね。少し根回しが必要かと。私の方でセッティングしますんで、少しお時間を頂けますか?〕

〔イイんですか? 何か申し訳ないなぁ〕

〔私に、お任せください!〕


〔やっぱレヴィさんに相談してよかったぁ〕

〔ブッ、も、勿体なきお言葉〕

〔よろしくお願いします。では、おやすみなさい〕

〔お疲れ様です。おやすみなさいませ、静流様〕ブチ


 念話が終わると、レヴィはおもむろに立ち上がり、鼻息を荒くしながら言った。


「むほぉー! 静流様からの直々の依頼、必ずや成功させねば! まずは作戦ですねっ!」フンッ

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