エピソード39-1

聖アスモニア修道魔導学園 教室―― 


 夏休みが終わり、数週間が経った。

 学園にも秋の気配が訪れようとしている。

 教室で何やら騒いでいる生徒がいた。


「ぐるるるぅ、静流様ぁ」

「ヨーコ? アナタ大丈夫?」

「大丈夫……じゃない! こうしている間にも、静流様に何者かの毒牙が……はぅぅ」


 ヨーコは動物園の有名なヒグマのように頭を抱え、うなっている。


「ココで悩んでいても、仕方がないでしょう?」

「うがぁぁ、静流様ぁぁ」

「またいつものやつ? ほとんど病気ね」


 ヨーコは、夏休みが終わってから一日の内、数回はこの状態になる。

 ヨーコとナギサのやりとりを見て、アンナは溜息混じりにそう言った。


「大体静流様だったら、ご自分で解決しちゃうでしょう? 心配ご無用よ」

「そうですよヨーコさん、何でも、伝説級のブラックドラゴンを配下に加えた、とか?」


 たまりかねたのか、サラが口をはさんだ。


「サラ、そのドラゴンって、メスなのよね」

「うぇ? メス?」

「伝説級だからね、人型にも自由に変身できるの。私が会った時は、アタシとタメ張れる位ムチムチだったよ」


 アンナは、夏休みに田舎の実家でブラムを紹介されていた。


「アンナ、アンタ静流様にいつ会ったの?」ギロ

「夏休み。田舎に帰って家の手伝いしてたら、静流様がウチのレストランにゴハン食べに来てくれたの」

「今まで、何で黙ってたの?」

「聞かれなかったし。静流様が、アタシに気を使ってくれたんじゃない? ココにも来たんでしょ? 静流様」

「た、確かに」

「律儀ね? そこがイイんですけど」

「妹のクロエも、静流様にメロメロになっちゃって、ホント大変よねぇ?」


 自慢げに話すアンナに、ヨーコは小刻みに震えていた。


「ぐわぁぁぁ、静流様ぁ!」

「ちょっとアンナ、あまり煽らないで頂戴」

「こりゃ失敬」


 ヨーコは頭を抱えたまま、机に突っ伏している。


「ぷしゅぅぅ」

「ココの所、学力テストも散々だったらしいし、生命活動にも支障をきたしかねないわね」

「カチュア先生にでも、相談しましょうか?」

「あの先生? 事が大きくなるだけじゃない?」

「じゃあニニちゃん先生? かなぁ」


 すると、机に伏しているヨーコが、急にフリーズした。


「来るわよ、再起動」


 ナギサがそう言うと、ヨーコがピクリと反応した。


「うへへ、ヘヘッ」

「来たな、天国モード」


 ヨーコはいきなり顔を上げ、ニンマリと顔をゆるめた。

 恐らく、ヨーコの脳内では、『あの言葉』が再生されているのだろう。



〔愛してるぜ、ヨーコ〕

 


 ヨーコが以前、【パラドックス・サモン】で呼び出した、数年後の静流に言われた言葉だ。


「ウヒヒ、静流様ぁ」


 夢見る乙女ばりに、両手頬杖をしているヨーコに、ナギサは声を掛けた。


「ヨーコさん、お取込み中、失礼しますが」

「え? なぁに? ナギサ?」

「ふう。授業、始まるわよ?」

「もう、わかってるわよ。さぁて授業、授業っと♪」

「何だろ? この目まぐるしく変わる状況」

「ヨーコさん、本当に大丈夫なの?」

「要するに、心配するだけ損って事よ」


 三人の思惑をよそに、ヨーコは平常モードに移行した。 




              ◆ ◆ ◆ ◆




アンドロメダ寮―― 白百合の間  夕方


授業が終わり、校舎から寮に戻ると、ティータイムをいつものメンバーで過ごす。


「ヨーコ、アナタ、最近特におかしいわよ?」

「え? そうかしら?」

「自覚、全く無いのね?」

「確かにおかしいわよね、私。静流様の事が、気になってしょうがないの」

「そんなに気になるんだったら、してみたら? 念話」

「私の勾玉には念話機能無いし、ってか私の勾玉、粉砕しちゃったんだったぁ~!」


 ヨーコの勾玉は、以前ブラム復活の際に、静流の【転移】の触媒となった際、粉々になってしまっていた。


「どうどう。落ち着きなさいヨーコ」

「念話してみます? 今から」

「え? イイの、サラ? でも、日本と時差が6時間違うのよ? 向こうは夜だし、迷惑じゃないかしら?」

「まだ寝るには早いわよ。サラ、静流様と繋いで頂戴」

「ふぇ、わかった」


 サラは深呼吸をしてから、自分の勾玉を胸元から出して、念話を始めた。


〔静流様、起きてますかぁ?〕

〔その声は、サラだね? 今晩は〕

〔はうぅ? 今晩は?〕

〔そっか、そっちはまだ夕方だもんね。失礼。今頃はティータイム中、かな?〕

〔そうなんです。ナギサがかけて見ろ、って〕

〔そうだ! 見たよサラ、凄く良かったよ。アレ〕

〔へ? 何です?〕

〔キミがウチの後輩と作った本の事だよ!〕

〔うはぁ、読んでくれたんですかぁ。嬉しいです〕

〔エロ要素が微塵も無くて、安心して読めたよ〕

〔ううっ、やはりエロはダメなんですか?〕

〔ダメでしょう! けど、今後もメメ君とノノ君をよろしくね?〕

〔それはもう。こちらこそです〕


 サラの顔がふにゃあ、と緩んでいるのを見て、ヨーコは早く代われ、と手で催促する。


〔ヨーコさんが代わりたいって言うんで、代わりますね〕

〔あ、うん。またね、サラ〕


 サラから勾玉を受け取るなり、ヨーコのマシンガントークがさく裂した。


〔もしもし静流様? ああ、この時をどれだけお待ちしたか。夜分遅くすいません。実は……どうしても静流様のお声をお聞きしたく、ん? もしもし、静流様?〕

〔ちゃんと聞こえてるよ、ヨーコ。相変わらず落ち着きが無いね〕

〔すいません静流様、お久しぶりなので、つい舞い上がってしましました〕

〔フフ。元気そうで何よりだよ。その後どう? そっちの様子は〕

〔ええ。いたって平和な日々を過ごしていますよ?〕


 そう話していた隙に、ひょいと勾玉を奪うアンナ。ナギサと顔を寄せ、話し始める。


〔どうだかね? ナギサ?〕

〔聞いて下さいよ静流様、ヨーコったら……〕

〔アンナとナギサか。ヨーコがどうしたの?〕

〔最近、授業に身が入らないみたいなんですよ〕

〔いつもぽーっとしてるんですよ? ヨーコのやつ〕


 「ちょっと、返しなさいよ!」と脇で騒いでいるヨーコ。


〔それで、僕に何か出来る事があるの?〕

〔ヨーコに会ってもらえませんか? 勿論、私たちもお会いしたいですけど〕

〔僕に会うだけで直るの? そんな単純な〕

〔うすうす感じてらっしゃると思いますが、ヨーコは単細胞生物ですよ〕

〔それで元気になってくれるんだったら、サイコドクター要らずだね〕


 ナギサは、もう一押しとばかりに畳み掛けに入ろうとしたのだが、静流から意外な返答があった。


〔たまにはみんなの顔でも、見に行こう……かな?〕

〔え? 本当ですか? 静流様?〕

〔【ゲート】を使えばすぐだし。それかキミたちが来るかい? 『ワタルの塔』に〕

〔イイのですか? 私たちが伺っても?〕

〔勿論だよ。ソッチの【ゲート】はカチュア先生が管理している筈だから、相談してみるとイイよ〕

〔はい! では近いうちに。おやすみなさい〕ブチ


 ナギサは、念話を終わらせると、おもむろに立ち上がり、右手を握り締め、ぐっと引いた。

 デストラーデがホームランを打った時にやる、あの仕草である。


「いよっしゃぁぁ!」


 そのあとナギサはアンナとハイタッチした。


「ナギサ!? 何勝手に終わらせてるのよ! 私もおやすみが言いたかったのにぃ!」

「あまりがっつかない方がイイわよ? 静流様も呆れてたし」

「へ? 静流様が?」

「初期のイメージだった『クールビューティー』のヨーコはどこに行った、ってさ」

「うわぁぁぁぁ! やってしまった……つい本能のままに動いてしまった」


 ヨーコは頭を抱えて悶えている。


「二人共、喜びなさい! 静流様が私たちを招待してくれたわよ、『ワタルの塔』に」


「「うぇぇー!?」」


 二人は心底驚いた。


「だって、『塔』は軍の管理下にあるんじゃないの?」

「静流様は、カチュア先生に相談するように、とおっしゃってたわ」

「あの先生か。やりにくいなぁ」

「静流様が絡むと、周りが見えなくなるのは、ヨーコと同じよね?」

「いっしょにしないでよ」

「とにかく明日、先生の所に行くわよ」

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