エピソード37-2

静流は、『薫子捕獲作戦』を開始した。


「イタコさん、目撃ポイントの一つは、体育館裏でしたよね?」

「ええ。そうでしたわね」

「よし、『罠』を用意します」

「『罠』ですって!?」

「あと、幽霊を封じるお札とか、あります?」

「もちろんです! 対幽霊用拘束砲【霊ゲッチュウ】が」


 静流は、体育館の裏に着くと、おもむろに何かを置いていく。


「ちょっと、何やってるの? それって体育着じゃない?」

「そう。2時間目に使った、僕の体育着だよ」


 静流は数メートル間隔で、まず靴下を脱ぎ、片方ずつ置いていく。


「むふぅ、静流キュンの、脱ぎたての靴下かぁ」

「先輩が罠に掛かって、どうするんですか!」

「いやぁ、スマンスマン」


 次に短パン、そして上着を置く。

 置き終わったら体育館の壁に隠れ、様子を見る。


「さて、後は待つだけだな」

「本当に出るのでしょうか? 静流様」

「多分来ますよ。ほら、言ってるそばから」


 奥の方から、半透明の『何か』がフワフワと漂っている。


「ひ、本物……ですの?」

「ええ。間違いありません、お姉様です」 


 紛れもない思念体の薫子であった。しかし、本体と同化が成功したと言うのに、何故また薫子Gが、しかも静流の学校にいるのだろう?


「るんるんるーん♪ さぁて静流はどこかなぁ?」


 のん気に鼻歌混じりにフワフワとコッチに近付いて来る。


「ん? こ、これは……クンクン、間違いない! 静流の靴下よ!」


 薫子Gは、靴下の持ち主を、ひと嗅ぎですぐさま静流と断定した。


「何でこんなところに落ちてるんだろ? そう言えば2時間目は体育だったな。ムフゥ、コッチにまだあるみたい♪」

 

 薫子Gは、順当に体育着を拾っていく。


「やったぁ、上着ゲッート! くはぁ、イイ匂い」


 とうとう上着を手にし、顔に押し付けて匂いを嗅いでいる。

 喜びをかみしめている薫子Gは、途端にキョロキョロを辺りを見回している。


「何かイヤな予感がするわ。もしかして、静流がヤバい事に巻き込まれているのかしら?」


 異変に気付いた薫子Gは、半透明から実体化した。その時、


「今です! イタコさん!」

「了解しましたわ!」


 そう言った矢先、イタコはバズーカのような物を薫子Gに向け、叫んだ。


「お覚悟!【霊ゲッチュウ】発射ぁぁぁ!」


 ばしゅぅぅぅ!


「え? きゃぁぁぁ!」


 バズーカから放たれた、クモの糸状のネットが、薫子Gに覆いかぶさる。


「な、何よこれ、身動き出来ないじゃない!」


 【霊ゲッチュウ】に捕らえられ、必死に抵抗する薫子G。とそこに、


「やっぱり薫子お姉様だったんだね? 何でココにいるんですか?」

「し、静流!? 睦美まで」

「ご機嫌よう? 薫子お姉様?」


 

              ◆ ◆ ◆ ◆



オカルト研究部部室――


 捕獲した薫子Gを、ネットに絡まっている状態のまま部室に運ぶ。


「うぇーん、気持ち悪いぃ~! もう許して静流ぅ」

「薫子お姉様、ネットにからめとられているお姿、何とも煽情的ですなぁ。むふぅ」

「いやぁん、睦美ったら、そんな目で見ないで~!」


 睦美が変な目でジロジロ見ているので、薫子は急に恥ずかしくなった。


「コホン、最初に教えて。何でココにいるの?」


 静流は机に両肘をつき、顔の前で指を組んでいる。瓶底メガネが照明に反射して光っている。


「静流キュン、軍のミッションに実際に参加していたからかな、尋問役、ハマってるねぇ?」

「えへ? サマになってます? いやぁ、うれしいなぁ」


 睦美にそう言われ、大いに照れる静流。


「静流? 早くこれ、何とかして頂戴!」


 薫子Gは、二人のやり取りにイラつきながら言った。


「それを解除したら、逃げるつもりでしょう?」

「おかしいわね、壁抜けだって余裕で出来るのに、何でこのネットからは抜けられないの?」

「フフフ。それは、霊体を通さない特殊繊維で出来ているからですの。ホホホ」

「ちぃっ、思念体で来たのが裏目に出たか……」


 悔しがっている薫子Gに、ドヤ顔を見せるイタコ。


「最近、幽霊を見たとの報告が数件ありましてね。オカ研と組んで調査と捕縛のミッションを静流キュンと遂行したのです、お姉様」

「こんなに早く見つかるなんて……不覚だわ」

「さぁ、何で学校に来たんです? 薫子お姉様?」


 観念せい、とばかりに、返答を迫る静流。


「黙って来ていたのは悪かったわよ。だって、どうしても学校にいる静流が見たかったのよぉ」

「そんな事!? だったら直接言って下さいよ。騒ぎが大きくなる前に」

「だから、ゴメンって言ってるでしょう?」


 静流は溜息をつき、本題に入った。


「先ず聞きますが、何でまた思念体になっちゃったんですか?」

「聞いて驚くわよ? 実はね、自由に分離出来るようになったの!」

「ええ? ホントに?」

「ココにいるのがホントって事でしょう?」

「本体は塔にいるんですね?」

「ええ。娯楽室で寝てるわ」

「ふう、よかった。また何かトラブルにあったのかと思いましたよ」


 静流は胸を撫で下ろす仕草をして、安堵の溜息をついた。


「そんなに心配してくれたんだ。ごめんなさい、静流」


 薫子Gは、しゅんとなり、捨て犬のような目で静流を見た。


「もうわかりましたから。そんな目で見てもダメですよ? 次に、どうやって来たんですか?」

「そんなの決まってるじゃない、【ゲート】を構築したわ」


 さっきの顔が一転してドヤ顔に変わった。 


「げげげ、【ゲート】ですって!?」

「あ、イタコさん、実はですね……」


 静流はかいつまんで説明した。


「まぁ! 何と素晴らしい! では、あのビジョンにあった星と、【ゲート】で繋がっている、という事、ですの?」

「そうですね。信じられないでしょうけど、事実です」

「私も一度行ったよ。確かに興味深い体験だった」

「これぞロマン! ああ、素敵」


 イタコはクルクルと回っている。 


「その子が言ってる『ビジョン』て何よ? 静流?」

「このオカ研部長のイタコさんは、『予知夢』のようなものが見れるんです」

「そうなのです。それで、アナタを見たのです、砂の惑星で静流様と、あんな事や、こんな事を……むふぅ」


 イタコは顔を赤くして、腰をクネクネさせている。


「ち、ちょっとアナタ、その話、詳しく聞かせなさいよ!」

「アナタには知る権利がありそうですわね。じつは」コソコソ

 

 イタコはしゃがんで薫子Gの耳に小声で何か話している。


「まぁ、そんな事を? 素敵ィ」

「それからこんな事も」コソコソ

「いやぁん、静流ったら、もう」


 薫子Gは頬を赤く染めた。


「して、内容は? 薫子お姉様?」

「睦美、悪いけど、もったいなくて言えないわ」

「そ、そんなぁ、先っぽくらい、イイじゃないですかぁ?」

「先っぽって、アナタねぇ……はぅぅ、想像しちゃったじゃないの! もう」


 三人でクネクネしている様を、真琴と怪訝そうに見ている静流。


「盛り上がってる所すいませんけど、続き、イイですか?」


「「「は、はいぃ!」」」


 若干声が座っている静流に反応し、二人が気を付けのポーズをとる。

 薫子Gは寝たまま固まっている。


「それで、肝心の【ゲート】はどこに構築したんですか?」

「一応、人目の付かない所にしたわよ?」


 薫子が逃げる様子が無い為、拘束を解き、【ゲート】を構築した場所に案内させる。


「ココよ。ね? わからないでしょう?」


 【ゲート】は、校舎の裏にある、樹齢数百年ものの、人呼んで『お化け柳』にあった。


「幽霊には柳がベストマッチングでしょう?」

「確かに気味悪がって近寄りはしない、か」

「こんな所に勝手にゲート、作っちゃダメじゃないですか!」

「そんなに怒らないでよ……寂しかったんだぞぅ」


 静流に怒られた薫子は、口をとがらせ、ツンと指で静流をつついた。


「少し拝見しても? 静流様?」

「ええ。どうぞ」

「では失礼。グイ」


 イタコは、いきなり顔を【ゲート】に突っ込んだ。


「きゃあぁ! 何ですの? この方?」

「あ? 何だお前?」

「し、失礼いたしましたぁ!」


 バタバタと暴れていたイタコが、顔をグイっと戻した。


「何が見えたんです? イタコさん?」

「殿方がいらっしゃいました。静流様に似た、しかしワイルドな雰囲気の素敵なお方……でした」


「薫さんだ」

「兄さんね、マズいわ」


 イタコが出くわしたのは、薫子の兄で、静流の従兄の薫であった。


「そろそろ帰らなくちゃ、兄さんに見つかったら大目玉食らうから」

「薫子お姉様、【ゲート】の構築については、軍と相談して決めないとダメだと思うんです」

「そっか。軍にはお世話になってるしね」

「わかってもらえましたか。ありがとう」

「こっちこそ、ごめんね静流」


 睦美はふむ、とうなづき、こう言った。


「相手は超文明だし、軍の指示を仰ぐのが賢明だね。学生に手出しできるキャパシティをとうに超えているから」

「今、【ゲート】で繋がってる所は、ウチと軍の施設、あと、『あの学園』なんです」


 『あの学園』とは、静流や薫子たちが短期留学した『聖アスモニア修道魔導学園』のことである。


「あの学園が問題無いんだったら、ココに構築してもイイんじゃないの?」

「あそことは、ちょっとした約束があったから、仕方なく設置したんです」


 今思えば、アマンダとカチュアとの個人的な約束で、半ば無理矢理構築させられたのだが。

 静流は腕を組み、少し考えた後、こう言った。


「この件は一旦僕が預かります。【ゲート】の構築なら、僕にも出来ますし」

「了解した。こればっかりは仕方ない、ね」

「ご理解、感謝します」


 残念そうな睦美に、静流は言葉に詰まった。


「薫子お姉様? という事ですんで。わかってますね?」

「はぁい。わかりましたぁ」


 薫子は、内心ではまだ納得していないようだ。


「よろしい。あの忍ちゃんだって、コッチに来たいの我慢してもらってるんだからね?」

「あら? たまに来てるわよ? 忍も」


「何ですって!?」


 薫子だけでなく、よりによって忍がココに来ているとなると、いささか問題あり、である。


「私が気付いてないと思ってるのかしら? あの子」

「やっぱり。随分おとなしくしてるな、って思ってたんだよなぁ」

「あの人もコッチに来てるのか……美千留ちゃんに報告しなきゃ」

「忍お姉様は、アサシン気質だからな。影たちにも見習ってもらいたいね」


 静流は顎に手をやり、ブツブツ言っている。


「どうしたの? 静流?」

「薫子お姉様、僕に協力して!」

「も、もちろん。私はいつだって、アナタの味方よ!」

「忍ちゃんを、罠にハメます」

「あの子を? 結構難しいと思うわよ?」

「でも、やらなきゃ」


 静流は、薫子に忍を見張らせ、動きがあった場合は即座に知らせるよう指示した。

 それまでは柳の【ゲート】はそのままにすることとした。


「念のため、【隠蔽】を掛けておきましょう」

「お願いします、イタコさん」


 日が暮れそうなので、薫子を一旦ドームに帰す事にした。


「イイですね? 忍ちゃんから、目を離さないようにね」

「って言うか、アナタが呼べば、喜んで来るわよ? あの子」

「それじゃあ意味が無いでしょう? 少しこらしめる必要があるんだから」

「そうよね。私だけこんな目に遭うのは、不公平だもんね」

「お姉様、全然反省してませんね?」

「してます、してます。怖い顔しないで静流ぅ」


 この瞬間から『黒田忍捕獲作戦』が水面下で開始される事となった。

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