エピソード38-1

謎の少女の家―― 夕方


 日没近く、とある雑居ビルの一室。書斎らしき部屋には、何やら物凄い超望遠レンズが付いた天体望遠鏡が設置してあり、望遠鏡の向いている先は五十嵐家であった。


「さあて、今日の静流様は? うひゃあ、いたいたぁ♡」


 少女は望遠鏡のピントを合わせ、静流ウォッチングに没頭している。


「美千留嬢とのカラミも素敵。桃髪兄妹ばんざぁい♡」


 どうやら雑食系腐女子のようだ。


「ん? 幼馴染か。私の視線に入りおって! ええい邪魔をするな!」


 どうも望遠鏡の視線に、真琴が写り込んだようだ。

 すると、PCにメールが届いた事を知らせる電子音が鳴った。ピコーン


「ん? メールか? どれどれ」


 メールソフトを立ち上げ、届いたメールを読む。


「何ィ? どう言う事だ?」


 メールの内容は、静流が学校で『桃髪の美少女の幽霊』と接触した、と言う内容であった。

 少女は望遠鏡で、もう一度静流を見る。


「ふむ。特に変わられた様子は無し、か。しかし、いつ見ても静流様は……イイ」


 少女は静流を覗きながら、メールの内容を気にしている。


「明日、出席日数稼ぎがてら登校するか」



某部室―― 次の日の早朝


 比較的新しい本校舎の脇に、木造の旧校舎がある。取り壊されずに残っているのは、歴史的に貴重な建築物であり、 文化財的な扱いを受けている為である。現在は科学実験室がある他、各部室として利用されている。 オカルト研究部や黒魔術同好会も、この建物に部室がある。

 その内の一つであろう部室に、数人の気配があった。


「沖田総長! お疲れ様です!」

「うむ」


 総長と呼ばれた少女は、ゆるくパーマが掛かった黒髪をフードで隠し、机に両肘をつき、顔の前で指を組んでいる。

 俗に言う『あのポーズ』をとり、丸メガネが照明の光を反射させている。


「静流様の身に、何かあったのか? 桃髪の美少女の幽霊と接触したとの情報は確かなのか?」

「はい。数日前の夕まずめ、場所は体育館裏であります」

「あそこは死角である上に、柳の木が結界を弱めているエリアだな」


 沖田は思考を巡らせる。


「恐らくは、かの有名な『国尼四羽ガラス』のお一人、五十嵐薫子様、と思われます」

「薫子お姉様……帰らぬ人になられたのか。くうっ」


 沖田はギリッと歯を噛みしめ、拳を握り締めた。


「他の方はお見えでは無かったのか? お師さん、黒田忍お姉様は?」

「いいえ。確認されておりません」


 予鈴が鳴った。


「予鈴だ、教室に戻れ。先ずは情報集めだ。心してかかれよ?」

「はっ、御意」



              ◆ ◆ ◆ ◆



3-B教室――

 

「おはよう沖田さん、身体大丈夫?」 

「問題ない。心配を掛けたようだな、ネネ先生」

「んもう、もうちょっと可愛げがあってもいいのに。素材としてはアリなのよね……残念だわ」


 沖田は、木ノ実ネネ先生と廊下ですれ違った。ネネは沖田の身体を気遣っていたが、実のところ体に悪い所は無い。

 基本的にズル休みである。

 しかし、落ちこぼれでは決してなく、成績は常に上位にランクされている。

 

 傍から見れば、『勉強は出来るが体の弱い、無口なメガネ女子』という印象である。


 沖田が登校する日は、静流に何かあった時以外は、出席日数の調整である。

 クラスの面々には、『レア出勤』と呼ばれている。

 3-Bの教室に着き、窓際の一番後ろの席に座る。


「HR始めるぞ、席に着け!」 


 担任が教室に入って来た。


「お? 沖田、1コマ目からご出勤か? 見上げた心がけだ」ワハハハ


 教室に乾いた笑いが響いた。


「ええ。身体の調子が良かったもので」

「それは結構。その調子で頼みますよ? 先生?」

「はい。気を付けます」


 今のやりとりは、今日初めてではなく、沖田が登校する度に行う『イベント』である。

 別にイジメとかではなく、単なる先生とのコミュニケーションである。

 沖田が『ワケアリ』だという事情も、先生レベルではある程度認識されているのである。


(ふう。毎回このイヤミに付き合わされる身にもなってみろ)


  沖田は【結界】をに自分の周りに張り、気配を消した。つまらなそうに校庭をボーっと眺めている。

 【結界】を張ってしまえば、先生を始め、生徒からも意識されなくなる。

 

(早く終わらないかな、授業)




              ◆ ◆ ◆ ◆



屋上―― 昼休み


 4時間目の授業が終わり、昼休みになった途端に、隣のクラスから沖田を訪ねて来た者がいた。


「沖田エライザ、話があるのだが?」

「書記長が私に?」

(こいつ、【結界】をやすやすとくぐりやがって)

「とにかく、屋上に来てくれ」

「手短に頼むぞ? 購買のパンが売り切れてしまうのでな」


 沖田は、半ば強引に屋上に連れて行かれた。


「何の用かね? 柳生睦美?」

「わかっているぞ、沖田エライザ。貴様が『静流派』の総長だと言う事を」


 睦美に正体を暴かれた沖田だが、特に動揺はしていなかった。


「いかにも。私が『静流派』の現総長を務めてはいるが?」 

「貴様には感謝しているのだぞ、沖田」

「む? 貴様に感謝される覚えは無いが」

「貴様が【結界】で静流キュンを守ってくれている事は、承知している」

「フ。気にするな。元々は自分の為であったし、趣味みたいなものでな。自己満足の権化とも言うか。フフフ」


 沖田は空を見ながら、若干自虐的に言った。


「ココに呼んだのは、貴様を糾弾する事ではない」

「では何を? それしか思い浮かばんが?」

「貴様ならもう知っているだろう? 薫子お姉様が生還された」

「何ィ!? 私の情報では、亡霊になられ、校内を徘徊している、と」

「フフフ。安心しろ、足はある。アレはあの方の『技』だ」

「技、だと?」

「いろいろあって、暫く本体と思念体に分離されていてな。静流キュンが本体を見つけ出し、合成に成功したのだ」

「静流様が?」


 睦美は、夏休みにあった軍のミッションを、かいつまんで沖田に説明した。


「それでお姉様は、最近自分の意思で分離出来る様になったようだ」

「なるほどな。して、他のお三方はご無事なんだろうな?」

「勿論。先日お会いしたよ。貴様の師匠にもな」

「お師さん……良かった。ご無事なのだな?」

「それでだ。ここ最近の幽霊騒ぎは私とオカ研が、静流キュンと共に薫子お姉様を捕縛して解決に導いたのだが」

「ただの自慢か?」

「まあ聞け、薫子お姉様が言うには、どうも忍お姉様も、ココに来ているようなのだ」

「何だと!? ま、まさか。私に探知出来ぬとは……不覚」

「そこでだ。相談があるのだが」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る