エピソード31-4

ワタルの塔―― 2階 仮眠室


 娯楽室の奥にある仮眠室に入る。ここには人が一人、もしくは二人くらいまで入れるカプセル状のポッドがずらっと並んでいる。

 そのほとんどはハッチが開いており、誰もいないが、一つだけハッチが閉まっているものがあった。


「これだ。ここに薫子の本体が寝ている」

「クンクン。確かに同族の匂いがするね」


 ブラムは窓を覗き込んだ。


「獣化したままになってる。ちょっと危険かも」

「起こした直後に【スタン】掛けましょうか?」

「それじゃあ融合出来ないよ。そうだ、シズル様、アレ使ってよ!」

「アレ? 何?」

「出来るんでしょ? 【魅了】」

「え? でも自在に使える事はまだ出来ないよ」

「そう? じゃあ、本体と二人だけにして、メロメロにしちゃって?」

「わかった。やってみるよ」


 仮眠室を静流と薫子本体の二人だけにして、他の者は入口付近まで避難した。


「行くよ?」カチャ


 静流は、メガネの電源をOFFにした。


「静流、そのボタンを押すんだ!」

「はい!」ポチ


  ブゥゥゥン!


 カプセルのハッチが開ききったところで、静流は中を覗き込んだ。


 獣化した薫子本体は、RPGで言う『リザードマン』のようだった。

 ワニのような鱗に覆われ、手の爪は鋭く尖っている。

 かろうじて桃色の髪が薫子である証拠を示している。


「ウ、ルゥゥゥ」

「まだ寝ているみたい」 

「目が覚めるのは、カプセルが起き上がった時だよ」


 ブラムがそう言ってすぐに、カプセルが起き上がり始め、程なくして停まった。


「ヴ? グギャァァ!」


 本体の目が開いた。静流の顔を見た本体は頭を抱え、左右に転がり始めた。


「効いてるの? これ」

「もう一押し、もっと近くに寄って!」

「こう、かな?」


 静流が薫子本体に顔を近づける。すると、 



 ぺろり



「ひっ! 舐められちゃった」


 静流の頬を長い舌がなぞった。


「クゥゥゥン」ぺろぺろ

「効いたのかな? 成功?」

「うん。効いてるよ! 今だよカオル様!」

「おう! わかった」


 静流はすかさずメガネの電源をONにする。プチ

 薫とブラムは急いで薫子本体に近寄った。すると、



「シャァァァァ!!」



 二人に対しては牙をむき、威嚇して来た。


「もう効果が切れたのか? とりあえず【スタン】で寝かせますか?」

「もう遅い。静流、このまま強行するぞ! なるべく引き付けてくれ!」

「わかりました! よしよし、怖くないよ」


「クルゥ」


 薫子本体が静流に近付いていく。静流の顔を鋭い爪が触れると、左の頬に筋状の切り傷が出来た。


「静流! お前大丈夫か!?」

「大丈夫です!」

(まだ【魅了】の効果は残ってる? あるいは『刷り込み』の影響か?)


「ウ?……ウギャァァ!」


 薫子本体は、自分の手を見て、静流に傷を負わせた事に気付き、狼狽しているように見えた。

 本体は静流を突き飛ばし、頭を抱え、苦しんでいる。


「おとなしくしなさい! このおてんばさん」


 ブラムは薫子の頭をアイアンクローのように掴み、抵抗する薫子を抑え込もうとした。


「グギャァァァ」ザシュ


 薫子は瞬時にかぎ爪の様に爪を長く伸ばし、ブラムに無数の傷を負わせた。


「クッ、痛いじゃないの」


 薫は本体に突き飛ばされた静流に駆け寄る。


「しっかりしろ! 静流!」

「だ、大丈夫です。本体は僕に敵意を向けていたわけではありませんよ」

「どういう事だ?」

「お姉様は戦っているんですよ。意識の中で」


 ブラムと対峙している薫子本体は、左手で右手を押さえ、攻撃衝動を抑え込もうとしている。


「何だかわからないがチャンスだ! 行くぞ!【スパイダー・ネット】!」パシュ


 薫の右手から放出された、紫色のクモの糸が投網のように広がり、薫子本体を捉えた。


「シズルカに変身します!」


 静流は途中の過程は省き、腕の操作パネルを操作し、いきなりシズルカになった。パァァァァ!

 桃色のオーラに包まれ、最終形態となる。シュゥゥゥゥ。


「今だ、行け!薫子」


 薫は、スパイダー・ネットの中でもがいている本体を必死に抑え込んでいる。


「わかったわ」シュン


 薫子Gは本体に飛び付いた。


「グルルルゥ!」

「静流、後は頼んだぜ!」

 

「はい! 行きます!【メテオ・フュージョン】!」ファァァ


 手をクロスさせたシズルカは、呪文を唱えると、手を前に出し、手のひらで三角形を作り本体に向けた。

 シズルカの周囲を覆っていた桃色のオーラが手のひらに収束し、薫子本体に放出された。


「グギャァァァァ!!」シュゥゥゥ


 薫子本体は、桃色の霧に包まれ、見えなくなっていく。

 メテオ・フュージョン発動直後、静流に薫子Gから念話が届いた。


〔静流、ありがとう。忘れないよ〕


「お姉様ぁぁ!!」


 シズルカはオーラを放出しながら、薫子Gに叫んだ。



 しゅぅぅぅ



 桃色の霧が晴れ、仰向けに倒れている薫子が見えた。


「お姉様!」

「待て! 俺が様子を見る」


 薫子の姿が見えた途端に、走り寄ろうとしたシズルカを制止させた薫。

 薫は警戒しながら薫子に近づく。見た感じは人間モードに戻っている。

 先ほど迄とは全く違い、安らかに眠っているように見える。


「薫さん、どうなんですか? お姉様は」

「問題無い。気を失っているだけだ」




              ◆ ◆ ◆ ◆




 変身を解いた静流は、あれからずっとそばにいて薫子を見つめていた。暫くして、薫子の目が覚めた。


「くはっ……ここは?」

「お姉様、おはよう」

「静流? 静流、なのね?」

「お姉様、あの日、僕の首筋にキスマーク作ったの、お姉様でしょう?」

「だってぇ、あまりにも可愛かったんだもん」

「記憶は確かみたいだね? 本当のお姉様だ!」

「なあに? 私を試したな? 静流?」

「うん。試した。ごめんね」

「イイのよ静流。あの子の記憶は寝ている私に上書きされた。つまり、どっちも私なの!」ヒシッ


 薫子は半身を起こし、静流に抱き付いた。


「ムハァ、実体だと数倍気持ちイイわぁ」スリスリ

「お姉様、ちゃんと服、着てくれないかな?」


 見ればほとんど裸で、静流が軍から支給された上着を肩に掛けただけの状態だった。


「きゃん。見たな?」

「み、見てないと言ったら、嘘になるな」

「イイのよ。静流なら」


 薫子は静流と見つめ合った。直ぐに左の頬にある筋状の切り傷に気付いた。


「はっ! ごめんなさい、私……」

「ああ、これ? こんなのかすり傷だよ」

「何となくだけど覚えてる。あの時私はあなたが愛おしくて頬を撫でた。でも。あなたに傷を作ってしまった。それで自分が許せなくなったの」

「そうか。それで隙が出来たんだね。僕の事がわかるって事は、無事に戻れたんだね? お姉様?」 

「うん。もう大丈夫よ。ありがとう静流」


 薫子は静流を抱きしめた。


「おう、起きたのか? 薫子」

「ええ。もう大丈夫よ、兄さん」

「ふう。全く世話の焼ける子だ事」


 薫とブラムが寄って来た。


「ブラム! 凄い傷じゃないか! 血が出てるよ? 大丈夫なの?」


 静流は、ブラムが獣化した薫子から受けたダメージがかなり深刻な状態である事に気付いた。


「あ、これ? へーき。どっこらしょ」


 血だらけのブラムは背中のファスナーを下げ、脱皮した。

 中からは無傷のブラムが出て来た。


「ほい。完全回復♪」

「だ、脱皮、したの?」

「うん。少し時間が掛かるのと、脱皮してすぐは攻撃がもろに来たらヤバい、かな?」

「ご、ごめんなさい、ブラム」

「イイのイイの。だってあなたは、ウチの可愛い子供だからね」

「ありがとう。お母さん」

「だ、だからお母さん呼ばわりは止めて!」カァァ


 ブラムは盛大に照れた。

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