エピソード28-2

学園内 ドラゴン寮前――


「ここから入って下さい。」


 ドラゴン寮の結界を、ニニちゃん先生に部分的に解いてもらう。


「アナタたち、くれぐれも気を付けるのよ? ミス・サカキバラ、アナタに任せるわ」

「おお先生殿。問題ない! 私が付いているからな! ハハハ」

「そう言えば幽霊の調査もあるんですよね? 隊長」


 澪はにやけ顔で隊長にそう言った。


「そ、そんなもん、おらんわ!」


 隊長は幽霊の調査もある事を思い出し、少しテンションが下がっている。


「見た人は結構いるみたいですよ。ミス・サカキバラ、アナタ、まさか幽霊が……」


 ニニちゃん先生は隊長をいじった。前はそう言う事はしないイメージだったのだが。


「怖いと? フハハ、私に怖いものは無い!」

「それは頼もしい事。精々頑張りなさいな」


 先生たちが教職員宿舎に帰った後、静流は気を引き締めた。


「よし、じゃあ、行きますか。ロディ、本に戻って」

「了解」ポン


 本をポーチにしまい、結界に空けた穴から静流が先頭で入っていく。次いで澪、隊長の順であった。佳乃が入ろうとすると、


「佳乃、お前はココで待機だ」

「うぇ? 自分は入れないのでありますか?」

「何かあったら、コレで呼ぶ。わかったな?」


 隊長は、人差し指でインカムを指し、佳乃に待機を命じた。


「むぅ、了解であります!」


 佳乃は少し不満げだった。

 静流・隊長・澪の三人は、ドラゴン寮の中に入り、先ず照明を点けるべく周囲を見回した。

 静流は腕のパネルを操作し、ライトを点灯させる。


「あ、そこにスイッチがありますよ」


 静流の指した方向にあるスイッチの方に、隊長は急いで向かった。


「ポチっとな。ん? お、おい、スイッチが効かないぞ!」

「そりゃそうですよ隊長。先ずはブレーカーを上げないとね」

「ここのブレーカーってどこにあるのかなぁ」

「何ィ、確認しとらんのか! このアホウが!」

「それくらいでアホウ呼ばわりですか。ひどいですよ」


 澪はインカムで佳乃と連絡を取った。


〔あ、佳乃? ここのブレーカーの場所、先生に聞いて来てくれる?〕

〔了解であります〕

〔早めにお願い。隊長が少しパニクってるから〕


「今、佳乃にブレーカーの場所、聞いてもらってますから」


「目が慣れてきた。少し進んでみませんか?」


 静流は先頭に立ち、少しずつ進んでいく。後ろから隊長・澪の順である。


「隊長、後ろに付いてくれません? 私は静流クンの後ろがイイんですけど」

「ば、バカを言うな、後ろでは誰が私を守るのだ?」


 隊長は恐る恐る静流の後ろを付いて行く。


「もう。怖がりさんですねぇ、隊長は」

「だ、誰にも言うなよ? トップシークレットだからな?」

「フフ、ハイハイわかりました」

「クッ、不覚であった。澪ごときに弱みを握られるとは」


〔澪殿、ブレーカーは、違う建物の電源室のようであります〕

〔古い建物だからね。操作できそう?〕

〔やってみるであります〕


「今、佳乃が電源確保に行きました」


「そうか、よし!これでもう大丈夫だろう」ホッ


 隊長は安堵の表情でため息をついた。

 静流が談話室らしき部屋に入ろうとした時、何かが見えた。


「ん? 何だろ、あれ」


 廊下の奥に白い影が見えた。静流は談話室に入り、顔を廊下に出した。続いて隊長が顔を出した。


「何か見えるのか? あ、あれは……」


 隊長が小刻みに震えながら、前の方を指さした。


「お、おい、あれ、幽霊……なのか?」


 幽霊らしき者が、廊下を浮遊しながら、まるで守衛が見回りをしているように決まったルートを進んでいる。

 幽霊は白装束で手を前にだらりと下げ、額には三角の布を着けている。


「随分クラシックな幽霊だなぁ」

 静流が幽霊を見た感想を述べていると、


「なになに? うわ。本物?」ムニィ

 澪が乗り出して静流の背中に豊満なバストを押し付ける。


「うわっ、ミオ姉、胸、当たってる」ギィ

 澪の体重が静流にかかり、床のきしむ音が鳴ってしまった。


「!!」


 物音に気付いた幽霊は、こちらを向き、動きが止まった。


「おい! 見つかってしまったではないか!」


 桃色の髪の幽霊は、静流たちを認識すると、鬼のような形相になり、こう叫んだ。



「泣ぐゴは……居ねがー!」



「ぐうわぁ!」 


 隊長は腰を抜かし、静流にしがみついている。



「悪いゴは……居ねがー!」



 幽霊は、そう言いながら、じりじりとこちらに向かってくる。



「おい、静流! 何とかせい!」


 隊長は涙目になって小刻みに震えている。


「そんな事言ったって、幽霊の対処法なんて、教わってないですよ!」


「うわぁ、こっちに来るよ? どうするの? 静流クン?」


 腰を抜かしている一同に、幽霊は次第に距離を詰めていく。


「くっ!!」


 手が届く程の近くまで近づいて来た幽霊が、急に立ち止まった。


「うわぁぁ」


 静流は腕を顔に持って行き、ガードした。が、衝撃は来なかった。


「……ずる」


「ん? 何?」


「……静流……静流」


 幽霊の様子がおかしい。何で静流の名前を知っているのか?


「何で幽霊が僕の名を?」


「静流ゥゥ」ガシッ


「うわぁぁ、捕まった」


 幽霊は静流を捉えた。というより、抱き着いたと言うべきか。


「静流ゥ、会いたかったわぁ」


 幽霊は静流の胸に顔をうずめ、頬をこすり付けている。


「何ですかあなた、僕に幽霊の知り合いはいませんよ!」


 依然離れようとしない幽霊。


「もう離さない! 静流ゥ」


 幽霊は静流を床に押し倒し、また静流の胸に頬ズリをしている。



〔澪殿、電源確保であります〕

〔ご苦労様〕



「電源確保、灯りを点けましょう、隊長?」


 澪は状況を整理するため、照明を点けるよう指示した。


「これかな。ポチっとな」ポチ


 隊長が照明のスイッチをオンにした。すぐにぱっと明るくなった。


「うげ、何をやっとるんだ? 貴様!」

「静流ゥ、静流ゥ」

「は、早く何とかしてよ、ミオ姉」

「ちょっと、退きなさい! 何て羨ましいって、違う!」 

「幽霊なんだから、恨めしいだろ? 澪」

「ちょっと落ち着いて、どうどう」


 静流は、普段美千留を落ち着かせる要領で、幽霊を落ち着かせた。


「んもう、イイ所だったのにぃ」


 静流に馬乗りになていた幽霊は、観念して立ち上がり、静流を抱き起こした。


「よいしょ。大きくなったよねぇ? 静流」

「ええ、っと、初めまして、ですよね? 幽霊さん?」

「あ、これ? 違うの、これはコスプレなのよ」

「は? 何それ」

「静流、この子は『思念体』よ」


 不可視化を解いたオシリスは、目の前の物体を見てそう言った。


「まあ、そんなところよ。私は薫子の『残留思念』なの」

「薫子さん? そう言えば、髪の毛桃色だね? 同族?」

「そう! 同族よ! さあ、お姉さんの胸に飛び込んでいらっしゃい♡」


 幽霊は両手を広げ、ウェルカムポーズをしている。


「これって、感動のシーンなんでしょうか?」


 と、お茶らけていた幽霊が、穏やかな微笑みを浮かべ、そっとささやいた。


「嬉しい。静流に会えた。これで成仏出来る」


 ゴーストなので、仮に薫子Gと呼ぼう。薫子Gは、満足したのか今にも消えそうになっている。


「ち、ちょっと待って! 薫子お姉様!」

「んふぅ、懐かしい響き。静流にそう言われると、ゾクゾクしちゃう」


 静流に呼び止められ、昇天を取りやめた薫子G。実体がはっきりしてきた。


「アナタって、自由に消えたり、物に触れたり、都合がイイにも程があるわね」


 澪は溜息混じりに感想を述べた。


「イイじゃない、思念体だって大変なのよ、イロイロ」


 薫子Gは頬をぷうっと膨らませた。


「お姉様は、ここで何をしていたんですか?」

「何って? お化けは驚かすのが仕事でしょう?」

「茶化さないで下さい。もしかして【ゲート】を守ってたんじゃないですか?」


 静流は、少し強めに薫子Gに詰め寄った。


「むはぁ、たくましくなったわね。お姉さん、嬉しいわ」ガバッ


 薫子Gは、静流を抱きしめた。


「もうそれはイイですから、どうなんですか? お姉様?」

「……そう。私は【ゲート】の番人、なの」


 薫子Gの話では、【ゲート】は壊されてはいるものの、修復は可能との事であった。


「【ゲート】を修復して、悪用するような輩が出て来るのを遠ざけるために、幽霊騒ぎをでっち上げたの」 

「それで、学園が結界を張った後も、ここをさまよっていたんですか? お姉様」

「うわぁん、ざびじがっだよう、静流ぅ」ガバッ


 一転して号泣する薫子G。


「よしよし。で、【ゲート】はどこ?」


 頭を撫でてやる。幽霊の扱いが慣れてきた静流。軽くあしらっている。


「ヘヘェ。もう少し余韻を愉しみたいんだけどなぁ」


 舌を出し、ケロっとしている薫子G。


「本当にお茶目な幽霊ね。可愛いし」

「うむ、似ておる、こやつのオーラが。静流の同族というのも、あながち間違いでは無さそうだな」

「案内するわ、こっちよ」


 薫子Gは、静流の手を引き、食堂に連れていく。


「【ゲート】は、この奥の調理室のオーブンよ」


 調理室に入る。暫く誰も入っていないためか、綿埃がうっすら積もっている。


「うぇ、私、ハウスダストってダメなのよね」


 澪は綺麗好きのようだ。


「これか。オシリス、調べて」ガチャ 


 静流はオーブンの扉を開けると、オシリスを呼んだ。 


「わかったわ。どれどれ」


 オシリスはオーブンの中に入り、状態を確かめた。


「【修復】出来れば、使えるんじゃない? これ」


「出番ですね? 隊長!」どんっ


 隊長は澪に押され、前に出る。


「これを修復すれば良いのだな? 承知した」


 隊長はオーブンの前に立ち、手のひらを交差し、オーブンに照準を合わせる。


「行くぞ!【レストレーション】!!」パァァ


 隊長の手のひらから金色のオーラが放出され、錆びが浮いていたオーブンが少し綺麗になった。


「あまり戻し過ぎもいかんと思ってな。加減したつもりだ」

「オシリス、調べてくれ」

「オーライ。うん、直ってるわ!」


 オシリスは具合を確かめ、修復は成功と断言した。


「やった! やりましたよ隊長!」

「イク姉、だろ? 静流」


 隊長は、「撫でろ」と言わんばかりに頭を差し出してくる。


「ふう……イク姉!お手柄だったね!ありがとう」


 静流は仕方なく、隊長の頭を撫でた。


「ムハァ、イイぞ。この感じ」


 隊長は静流に撫でられ、目を細めている。


「もう、隊長ったら、静流クンにべったりなんだから」

「コホン、はい皆さん注目!」


 修復が終わって喜んでいる三人に、薫子Gが声を掛けた。


「どうしたの? お姉様」

「お願いがあるの」


 薫子Gは上目使いで静流たちを見た。


「とりあえず言ってみろ、幽霊。場合によっては聞き入れてやらんこともないぞ」


 隊長は、先ほどのビビリはどこに行ったのか、堂々と胸を張り、構えた。


「私を、異世界に連れてってぇ~」

「え? 消えちゃうんじゃなかったっけ?」

「それがどうも、実体と同化しないとダメみたい、なの」

「自我が独立してしまったから、かしら?」

「お姉様の実体は、あっちの世界で眠らされてるから、そのせいかも」

「え? あの子ったら何しちゃったの?」

「暴走した、って聞きましたよ」

「んまぁ、大変。そんな事があったの?」

「アンタ、わざとやってるでしょ? この茶番」


 オシリスは薫子Gの演技を見破った。


「チッ、バレたか。フッ」


 今まで猫を被っていた薫子Gは、本性を現した。

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