エピソード17

統合軍 極東支部 薄木航空基地 ―― 一年前の春

「澪殿? どうしたでありますか?」

 佳乃は澪がボーっと窓の景色を眺めているので、気になって声を掛けた。 


「今日って、四月一日よね」ポケー

「はぁ、そうでありますが?」

「あれからもう三年……か。16歳、高校生か。大きくなったんだろうなぁ」

「誰の事でありますか? もしや例の『年下の君』の事でありますか?」

「んもう! ほっといてちょうだい!」

「年下男子ものと言えば『おねショタ』系でありますな? 」

「ちょっと佳乃? 『おねショタ』の守備範囲は何歳差なの?」

「そうでありますね、大体女性が20代OLと仮定すると、対象男性は小・中学生かと」

「それ、間違ったら犯罪レベルじゃない! ……じゃあ、四歳差は?」

「その位では『おねショタ』とは呼べるかは微妙でありますね。シチュエーションにもよるでしょうが」

「よかった。ノーマル、健全って事よね?」

「そんなの、好きになってしまったら、どーでも良くなる事でありますよ」


 佳乃はカバンから一冊の薄っぺらい本を出した。


「丁度そんな感じのが手に入ったであります。コレであります!」



『静流クンに戦乙女の祝福を!』



「ち、ちょっと待った! 『静流クン』って?」

「ああ、最近のトレンドでありますよ。『静流様』は」


 澪は佳乃から薄い本をガシッと奪い、ページをめくる。


「イイでありましょう? この桃髪の少年が『静流様』であります!」

「ムフゥ……イイ。じゃなくて、何であの子がこんな本に?」

「詳細はわからないでありますが、ある時、彗星の如く現われましたね。って、もしかして実在するのでありますか?」

「うっ、しないしない、大体桃色の髪なんてレア中のレアでしょう? 二次元キャラよ」

「そうでありますか。こんな超絶美形少年なんて、いるワケないでありますよね」


 澪は心地よい春風に吹かれ、いつの間にか寝てしまった。



          ◆ ◆ ◆ ◆



 永井澪は夢を見ていた。

 黒いセーラー服を着た、長い紫の髪を三つ編みにした女生徒が、車道の脇を自転車で走っていた。


「今朝のHR当番、私だったな。少し急がないと」


 澪はペダルに力を込めた。交差点を過ぎようとしたその時、急に左折しようとした車にあわや接触しそうになり、自転車を倒してしまう。



「きゃあ!」ガッシャーン!



 車は気付いていないのか、そのまま行ってしまった。


「気を付けろ! バカァ!」


 澪はそう叫び、自転車を起こし、歩道まで押して具合を見た。


「少し傷がついちゃったな。ハンドルは曲がってないし、行けるか?」


 気を取り直して自転車に跨り、走り出そうとしたが、


 カラカラカラ


「あれ? どうしちゃったの?……コレ?」


 ペダルに手ごたえが無く、ただ空回りするだけだった。


「…………どうしよう」


 自転車の横にしゃがみ、途方に暮れている澪。そこに、


「どうしたの? お姉さん」


 瓶底メガネえを掛けている、桃色の髪をしたガクランの少年が声をかけてきた。


「自転車が……動かなくなっちゃったの」

「どれどれ? ああ、チェーンが外れただけだよ」


 桃髪の少年はペダルを手で回した後、ポケットから小さいドライバーセットを取り出した。


「これを外して、こうするでしょ? で、こうやると」カチカチカチ

「へえ。うまいもんね」

「コレで良し。はい、直ったよ?」

「すごいね、キミ、ありがとう!」

「こんなの朝飯前だし」ニパ


 少年はズレたメガネを直すと、頬にチェーンの油が少し着いた。


「三中の子? って、手が油まみれじゃない!」

「大丈夫だよ! こんなのすぐ洗えば」


 そうこうしていると、奥から女生徒が少年に声を掛けてきた。


「静流? 何やってんのアンタ、遅れるわよ?」

「わかったよ真琴。すぐ行くから、そんなに急かすなよ!」


 少年はドライバーセットをポケットにしまう。


「じゃあね! あ、お姉さん、チェーンが伸びてるかもだから、自転車屋に見てもらった方がイイよ」ニパァァァ

「あ、ありがとう」ポォォ


 赤い顔をした澪は静流の忠告を上の空で聞いていた。


「静流ったら急にいなくなって、もう!」

「だって、お姉さんが困ってたんだもん、ほっとけないでしょ?」

「静流……アンタってヤツはいつもいつも」

「何怒ってるの? そう言う年頃なの?」

「ば、ばかぁ!」バンッ


 静流と呼ばれた少年は女生徒の鞄をもろに受けた。


「痛っ! 何すんだよ!」

「知らない!」ズンズンズン


 女生徒は痛がっている少年を置いて、ずんずんと前を歩いている。

 澪はその光景をポカーンと見ていたが、


「いっけない! 行かなくちゃ」


 登校中だったことを思い出し、自転車を走らせた。


「直ってる! やるじゃない、あの子」


 澪はルンルン気分で自転車を走らせた。



 視界がホワイトアウトした。 

 


          ◆ ◆ ◆ ◆



 ある日の夕暮れ。

 澪は自転車で帰宅途中であった。

 ふと見ると、反対車線側の歩道を桃髪の少年が友達と歩いていた。


「おい、C組の鈴木さんがお前に何か渡したいってよ?」

「達也経由って事は十三小の子?知らないなぁ」

「俺も違うクラスだったし、わかんねえけどよ」

「そう言うの困るんだよね、見つかるとめっちゃ怒られるから」

「誰に? ああ、ミニモニちゃんかぁ。黙ってれば超絶カワイイんだけどな」

「美千瑠もだけど、母さんとか。あと真琴?」

「お前も苦労してるんだな。羨ましいぜ、くぅぅ」

「何だよ、達也だって、伊藤さんと仲イイじゃんか」

「アイツはお前にとっての仁科みたいなもんだし」

「とにかくそーゆー事だからさ、適当にやっといてよ。じゃーねっ」 

「おい、ちょっと……たくぅアイツって奴は」


 達也と別れ、一人になった静流に、澪は声を掛けた。


「おーい、ちょっと、キミィ!」

「はい、僕ですか?」


 振り向いた先に、自転車を押して来る女生徒が近づいて来た。


「ああ、自転車のお姉さん、ひょっとして、また壊れたの?」

「違うよぉ! この間のお礼、まだだったかな?って」

「そんなのイイのに」

「はい!、家庭科の授業で焼いたクッキー、あげるわ」

「へぇ。うまいもんだね。どれどれ」サクッ

「うん。おいしいよ」ニパァ

「うっ! よ、よかった。私は永井澪って言うの。高2よ」

「あ、五十嵐静流です。中1です」

「じゃあね? また今度作ったらあげるわ」

「うん。期待してるよ」


 澪は自転車に乗ると、静流とは反対の方向に走り去って行った。


「フフッ。五十嵐静流クン……か」ドキドキドキ


 さりげなく名前の交換が出来ただけで、澪には十分満足であった。



 視界がホワイトアウトした。 



          ◆ ◆ ◆ ◆



 またある日の光景

 分厚いコートを着た人たちが行き交う街角に、澪はいた。

 2月14日、そう。バレンタインデーである。

 澪はあの一件以来、たまにであはるが静流と交流があった。

 時には待ち伏せ、「何かのついで」を装い、会う度に自作のお菓子をあげたりしていた。 

 要するに『餌付け』作戦である。

 今日、澪は静流に渡すチョコを用意し、彼がいつも通るであろう通学路に足を運んだ。

 静流の中学の女生徒たちが、すれ違いざまにしゃべっている。


「五十嵐クンてチョコ受け取ってくれないみたいよ」

「全員に断ってるらしいって、ちょっとショック」

「何でも妹さんに怒られちゃうとか」

「シスコンとかなのかしらね?」

「妹さんがブラコンなのよ」


 女生徒たちの話を聞いた澪は、

(そうだったんだ。じゃあしょうがないね……)

 と引き返そうとした時、



「あ、お姉さん、こんにちは!」



「静流クン、こんにちは」

「三中に何か用でもあったの?」

「たまたま通りかかったのよ。今日ってバレンタインデーだよね?」

「ああ、そう言うの、僕には無縁なんで」

「え? さっき女の子たちが断られたって……」

「ん? ああ、それ多分上級生の仕業だよ」

「え? どういうこと?」

「何か僕のマネージャー気取りの人たちがいて、代わりに断ってくれてるみたい」

「は? キミはそれでイイの?」

「確かにくれるんだったらうれしいけど、見返りを期待されてもなぁって感じ。妹がキレるのも本当だし、1個もらったら全部もらわないと不公平でしょ?」

「そこまで悟ってるキミって、仙人?」

「プッ。面白い事言うね? ミオ姉」

「え? 今 『ミオ姉』って」

「あ、いやだったら『永井さん』でいいかな?」

「『ミオ姉』で、イイ……です」ポッ

「じゃあね、ミオ姉」

「あ、ちょっと待って、静流クン」

「え? どうしたの?」

「もらってくれないかな、コレ」

「コレって、まさか?」

「新作のお菓子を作ったの。試食、頼めるかしら?」

「そう言う事だったら、もらっとこうか……な?」


 静流は澪からブツを受け取った。



「試供品なら、プライスレス、だよね?」ニパァ



「ふぁう、も、もちろんよ。今度感想聞かせて?」

「じゃあ、ホワイトデーに何か考えとくよ」


「そ、そんな大袈裟にしなくてもイイのよ」

「ま、あまり期待しないで待ってて。じゃ」シュタッ


 澪はボーっと立ったまま、暫く走り去っていく彼の後ろ姿を眺めていた。




 視界がホワイトアウトした。 



          ◆ ◆ ◆ ◆



「……澪殿、起きるであります」

「ん? 佳乃か。ふぁぁぁ」にへらぁ

「うたた寝とは珍しいでありますな。にやけていた所を見ると、さては『静流様』の夢を見ていたのでありますね?」

「イイじゃない! どんな夢を見たって」

「確かにイイでありますな。静流様は」ヌフゥ

「そんなんじゃない! あの子は私にとって……」

「私にとって? 何でありますか?」ニタァ

「もう、知らない!」

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