エピソード15-4

航空基地 将校クラブ――  夜


 施術が終わり、詰所でゴロゴロしていると、佳乃が迎えに来た。 


「静流様、夕食の用意が出来たであります!」

「もうそんな時間だったんだ。今行きます」

「夕食は『将校クラブ』で摂るであります。ご馳走でありますよ!」


 佳乃は静流とムムちゃん先生を連れ、将校クラブへ行った。


「もう、いちいち驚くのも疲れましたよって、えー!」


 部屋に入ると、誰かの誕生日でもあったのかと言う程大袈裟なパーティー会場が出来上がっていた。

 誕生日席にあたる上座には、「歓迎 五十嵐静流殿御一行」と毛筆で書いたと思われる垂れ幕があった。

 静流を発見した者たちが合図を送ると、静流の進行方向が花道となり、両側に兵士がズラっと並んだ。


「五十嵐静流殿、ご到着」ザッ


 掛け声に反応し、兵士たちの靴を合わせる音が鳴る。

 中年将校が静流の前に出て、歓迎の意を表した。


「司令が不在である為、僭越ながらこの本官めがご挨拶させて頂きます」

「五十嵐静流殿、此度は当基地にお越し頂き、教悦至極に御座います!」


 パチパチパチパチ


 しんと静まり返った場に、静流は何をすればいいのかわからなかった。


「五十嵐君、挨拶でしょ?」


 たまりかねてムムちゃん先生が耳打ちした。


「えと、こんばんは、五十嵐静流です。この度はお招き頂き恐縮でございます」 ぺこり


 パチパチパチパチ


「では、どうぞごゆるりとご歓談をお楽しみ下さい」 


 緊張がほぐれ、兵士たちは思い思いの所へ散った。

 静流は次々に出される皿に盛られた料理に舌鼓を打った。


「うまっ。……スゴく美味しいです。」

「そんなにかしこまらなくてもイイんでありますよ。無礼講でありますから」

「いやぁ、こういう雰囲気ってあまり経験無いんで」


 ちょっと奥の方で、ムムちゃん先生に兵士たちが声をかけている。

 満更でもない様子でうっすら赤い顔をしてクネクネしている。


「先生、ガンバ」


 静流はウインクして親指を立てた。


「あ、そうでありました! ちょっとお待ち頂きたいであります」


 佳乃はタタタと小走りしたと思うと一人の女性兵士を連れて来た。


「以前合同ミッションの時に知り合った、レベッカ・フレンズ兵長であります!」

「静流様、レベッカ・フレンズ兵長です。お会い出来て光栄です!」

「どうも、こんばんは」

「静流様、こちらに来る際に、『あの方』の武勇伝を聞きたがっていたでありましょう?」

「あ、エスメラルダ先生の武勇伝、聞きたいです!」ニパァ


 ズイっと前に出たのでレベッカの顔が近くにあった。


「静流様、まぶしすぎます。ああっ」


 レベッカはたじろいだ。


「す、すいません、つい」

「だ、大丈夫です。えと、ローレンツ准将閣下のお話しですよね?」


「え? 寮長先生って准将だったんですか?」

「はい、歴代女性軍人では最上級将官であらせられますね」

「怪我が原因で退役されたと聞いたんですが」

「ええ。若かりし頃の閣下はそれはもう美しさと勇猛さを兼ね備えた、まさに『ワルキューレ』と呼ぶにふさわしいお方と聞いております」

「閣下の武器は『カイザー・ナックル』と呼ばれる籠手ですね。かぎ爪モードやガトリングモードなど、数種類のモードが確認されています」


「まるでサイボーグですね?」

「そうなんです! 閣下は同期入隊の『三船壱郎』大佐殿と常にお二人で行動されていて、あ、壱郎様は司令の兄上様に当たります」

「この頃のお二人はコードネーム『ギャラクティカ・ファントムズ』と呼ばれ、厄介事のほとんどを解決に導いてしまうので、勲章の数は元帥を超えてしまう程でした」


「それで早く昇進出来たんですね?」 

「ええ。数々の戦役のなかで伝説となっているのは、やはり『黒竜ブラム討伐ミッション』でしょうね!」

「ドラゴン討伐!?ですか? ってドラゴンて本当にいるんですか? 都市伝説だとてっきり」


「ええ、いますとも。60年前、アスガルド地区に出現したんです」

「種別は空竜ですね。強力なブレスと風魔法を使います。知能も優れ、人語を話したとか」

「す、凄いじゃないですか? それをあの【煉獄】で仕留めたんですか?」

「よくご存じですね? 正確には閣下の【煉獄】と大佐殿の【迅雷】を合わせたコラボ魔法と言うべき技です」


「それからも第一線で活躍されていたんでしょうか?」

「ええ。しかし30年前のある時、某国の内乱を鎮圧するミッションに参加された折、国王の護衛を依頼されたのですが、超長距離からの狙撃から国王を守ろうとした際に、大佐殿は殉職されました」


「先生は『ヘマをした』と言ってましたが」

「数発発射された銃弾に反応したのは閣下の方が早かったらしいですが、大佐殿の方が国王に近かったのでしょう。閣下を突き飛ばし、自らが銃弾を受けたと」

「その時に受けた傷だったのか……」

「その後、国王を守った閣下は准将に昇進され、その後も数々の武勲を立てられましたが、古傷による魔力不調で退役されました」


「大佐殿は二階級特進で中将となられるはずなのですが、軍に保管されていた遺言書に『くたばってから偉くなってもちっとも嬉しくないから拒否する』とあったため大佐殿のままらしいです」


「聞くだけで破天荒さが伝わりますね。壱郎さんてどんな方だったんですか?」

「飛び道具が主流の昨今ですが、このお方は剣を使います。日本刀で、名を『震電』と言います」

「日本刀ですか。じゃあアレはサイドアーム的なものなのかな?」 

「ベビーナンブの事ですか? そうですね、アレを使う時はかなりピンチの時でしょうね」


「何で銃を使わないんでしょうか?」

「あの方の『美学』なんでしょうね。ポリシー? と言いますか」

「武士道? てやつですかね?」


「まあ、そうなのでしょう。大体はアレがあれば事足りてしまいますから」

「そんなに高性能なんですか? ベビーナンブって」


「クセの強い銃で、使い手を選ぶらしいです。ある方が『神にも悪魔にもなれる』などと言わしめたとか」


「某巨大ロボットの開発者も同じ事言ってましたよ」


「静流様でしたら問題なく使いこなせるかと。何せ、閣下が託されたものですから」

「僕、まだ高校生なんですけどね? そんな危ないものは軍に預かってもらったほうがイイんじゃないかと」


「本来ならば肌身離さずが原則なのですが、どうでしょうね」

「そう言えば『震電』は今どこにあるんですか?」

「静流様は『英雄博物館』へは行かれましたか?」

「ええ、行きましたよ。あそこに展示されてたんですか? あったかなぁ?」


「もうありませんよ。あの刀は20年ほど前に消失しました」

「盗まれた、とか?」

「いえ、いきなり消えたらしいです。実際に見た人が大勢いますので」


「そんな事、あるんですね」

「異世界に召喚されたんでしょうかね? フフッ」

「兵長さん、貴重な情報をありがとうございました」ニパッ

「も、勿体なきお言葉。よろしければレベッカもしくはレヴィとお呼び下さいませ」


「じゃあ、レヴィさん」

「はうっ、ありがたき幸せ」

(どうやらこの人も「ヨシノさん寄り」の方みたいだな)


「ローレンツ閣下の輝かしい戦歴については、こちらの『ワルキューレ名鑑』に詳細がありますので是非お読みください」

「ありがとうございます」


「では、これにて失礼」ビシッ


 レヴィは深々と頭を下げたあと、スキップをしながら去っていった。


「静流様と対談出来た! うれしはずかしー!」


 レヴィとの話が終わり、飲み物を取ろうとした時、あの受付嬢と目が合った。

 受付嬢は静流の前に来て、深々と頭を下げた。


「静流様、その節は大変お世話になりました」

「そんな大袈裟な。僕は単なる回復魔法を放っただけですよ」


「いいえ、何人ものヒーラーやサイコドクターに診てもらいましたが、さっぱりでした。私はある意味『呪い』を受けていましたから」


「『呪い』ですか?」

「はい。以前、私は友人の彼を寝取りました」

「うぇ? ここでカミングアウトしてイイんですか?」

「構いません。その後、突然アノ症状が出て、彼に愛想をつかされ、結果、別れました」


「元カノの『呪い』ですか?」

「はい。その後何人もの殿方に抱かれても無反応の私は、女としての価値が無くなったも同然でした」

「それは辛かった、でしょうね?」


 静流は適当に相槌を打った。


「ですが今日、女神様の施術を受けた時、アノ感覚が戻って来たんです!」


 ズズズィと前に出る受付嬢。


「それは良かった。これに懲りたら、友人の彼を寝取る様な事はしないで、ご自分で幸せを勝ち取って下さいね。おキレイなんですから」

「はい。ありがたき幸せ」


 受付嬢は深々と頭を下げ、会場を後にした。


「ますます神格化に拍車がかかっているでありますな? 静流様」


 佳乃がひょこっと横から顔を出した。


「いやぁ、マズいっすよこの流れ、これじゃあ普通の生活に戻れないよぉ……」

「実際に見た感じはやはりただの回復魔法ではなさそうでありますな」

「検査ってやっぱりその辺りをやるんでしょうか?」

「さあ?上の考えている事は自分にはわかりかねるであります」


 この後偉い人の話があった後、夕食会はお開きになった。



航空基地 客員用詰所―― 夜


 夕食会の後、詰所に戻った静流は、ムムちゃん先生に訊いてみた。


「ムムちゃん先生、どうだった? イイ雰囲気だったと思ったけど?」

「うん、皆さん良くしてくれたわよ? でもお付き合いとかは……ダメみたい」


「ネックは、『お歳』ですか?」

「んもう! ストレート過ぎ! お母さんよりも歳上だって言われた……ショック」


「先生、数打ちゃ当たる戦法ですよ。当たって砕けちゃって下さい!」

「砕けちゃマズいでしょ!もう」


「でも先生? 何でも検査とかがあるらしくって、まだ帰れそうに無いみたいなんですよ」

「そうみたいね。あっちはどうなってるのかしら。授業とか気になるわね」


「何だったら先に帰ってもらっても。佳乃さんがいるから多分大丈夫ですよ」

「何言ってるの!? 私だってキミを無事にお家に送り届けるミッションがあるんだからね!」

(だって、このまま五十嵐君に付いていった方が、殿方とお知り合いになるチャンスがありそうなんだもん)


「ありがとうございます。頼りにしてますよ。先生?」


「悩むのはあとで。とりあえずもう寝なさいな」


 ムムちゃん先生は自分の部屋に帰って行った。

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