エピソード15-2

統合軍極東支部アスモニア航空基地――


 学園を出て一時間ほど車で走った所にある統合軍基地に着いた。

 警衛所で受付を済ませ、中に入ると一番目に付く建物が指令本部のようだ。


「中で司令がお待ちであります。さあ、こちらに」

「え? そんな偉い人に会うんですか? 何か緊張しちゃうなぁ」

「大丈夫であります。司令は優しいお方ですから」

「ムムちゃん先生、ちゃんと付いてきて下さいよ?」

「わかってますってば」


 エレベーターで最上階まで上がると、目の前に受付嬢が座っている。

 ヨシノが受付嬢と一言やり取りをしたあと、


「静流様、こちらに」


 静流は受付嬢の前に立った。


「五十嵐静流様でいらっしゃいますか?」

「はい、そうです」

「そちらは従者の方ですか?」

「いえ、私は五十嵐君の学校の担任で、日吉ムムであります!」


 ムムちゃん先生が「雑兵モード」になった。


「失礼しました。五十嵐様、例のものはお持ちで?」

「例のもの? って何?」


 首をかしげている静流を見かねてヨシノが、


「アレでありますよ、アレ」


 静流のカバンに入っているものを指した。


「え? あ、コレですか?」


 静流はカバンから樹脂製のケースを出し、受付嬢に渡した。

 ケースの中を確認した受付嬢は、


「確認しました。こちらは出室時にお返しします。どうぞ中へお入りください」

「ど、どうも」


 静流は若干緊張ぎみに中に入っていく。


「佳乃さん、アレって? 認識オブジェクトにもなるの?」

「肯定であります。軍人であれば認識証がありますが、客員等の場合は身分証明書の代わりとして使えるのであります。静流様はあの銃ですが、他の方は刀でしたり色々であります」

「寮長先生が『手続きは済ませてある』って言ってたのはこのことか」

「アレの凄い所は、国連加盟国であれば、フリ-パスで入れる事でありますな」

「うへぇ、何かヤバくないですかね、それって」

「ある意味、ヤバいでありますね」


 そうこうしているうちに、司令室に着いた。


 コンコン「村雨伍長、五十嵐静流様並びに日吉ムム様をお連れしたであります!」


「よし! 入りなさい!」

「失礼します!」


 司令は椅子に座り、窓の方を向いているので、静流たちは背中を見ていることになる。


「よく来たのう、少年。ワシはここの司令をしておる三船八郎である!」

「こ、こんにちは」

「キミか?あの『生ける伝説』のお気に入りという少年は」


 くるりと椅子を回転させて現われたのは、「初老の紳士」という表現がしっくり来る男性であった。


「そうらしいです。何でかはちょっと僕には……」

「何でも、【煉獄】を発動出来うる状態まで回復されたとか聞きましたであります」

「何ぃ!?【煉獄】とな?」

「僕もちょっと見せてもらいましたけど、そんなに凄い魔法なんですか?」

「……その気になれば、半径5kmは焦土と化す……じゃろうて」

「え? それって戦略級魔法じゃ……まさか、僕のした事って」

「寝た子を起こした……ようじゃな」

「すいません、一応伺いますが、エスメラルダ先生は、英雄ですか?」

「英雄……ね。英雄ちゅうもんは味方から見れば英雄じゃが、敵から見れば魔王と呼ばれることもある。何、心配せんでエエ。あの方は今、お前さんが考えとるような事はせんよ」

「そうですよね。学園では厳しさの中にも優しさが……あったかな?」

「ハハハ、あの方が気に入るのも道理であるな」

「司令、試しに受けてみたらいかがでありますか? 施術とやらを」

「佳乃さん、いきなり無茶ぶり過ぎませんか?」

「一瞬で腰の痛みを取ったとかいうアレじゃな?どれ、やってみい」


 司令は静流の前に腰を向けた。


「先生?どうしますか?」

「人助けです、やって差し上げて」

「わかりました。途中の過程は省きますよ」 シュン


 静流は腕の操作パネルを操作し、いきなりシズルカになった。

 

  パァァァァ! 桃色のオーラに包まれ、最終形態となる。シュゥゥゥゥ。


「これが戦女神モードか? 実にめんこいのう」ほへぇ


 先程までの初老の紳士風のたたずまいはどこへやら、単なるエロジジイ化している。


「では施術を始めます。……【弱キュア】ポッ」


 静流は、両手に淡い桃色の霧をまとい、司令のお尻に触れた。


「失礼します!」パシュ


 

「ぱっふぅぅぅぅん」シュゥゥゥ



 司令はエビぞりになって悶えたあと、前にうなだれた。桃色のオーラが体内に吸収されていく。


「いかがでありますか? 司令?」


 佳乃はちょっと心配になった。司令はうなだれたままこうつぶやいた。


「おお……素晴らしい。見事だ少年、いや女神様」


 司令は、いきなり直立不動になった。


「僥倖だ! こうしちゃおれん、わしぁもう帰るぞい。おい、車を回せ、家だ、家に帰る!」


 司令はそう言うと、いきなり帰り支度を始め、車の手配をした。


「すいません、何かマズい事でも?」

「お主、やるではないか!ハハハ、気に入った!」

「何があったんです?」


 静流は恐る恐る訊いてみた。


 司令は隅っこに静流を呼び、そりゃあもう嬉しそうに耳打ちをした。


「勃ったんじゃよ! かれこれ30年ぶりかのう!」

「はぁ、そうですか」

「いろんな薬を試した。夢魔も使ったが、ダメじゃった。それが、こんなに!」

「わ、わ、見せないでくださいよ!」


 子供の様にはしゃいでいる司令。威厳もへったくれもない。


「村雨伍長、彼を丁重に歓待するのじゃぞ? ではわしは帰る!」

「は、かしこまりました」

「キャサリンちゃぁん、今帰るからねぇー♡」


 司令は羽の様に軽やかに司令室を後にした。


「そんなに急いで帰らなくてもいいんじゃないかなぁ?」

「相当嬉しかったんでありましょうね」

「この後の仕事だってあったんでしょう? 悪いことしたかなぁ?」

「さあ。少なくとも、イイ事をした事には間違いなさそうでありますな」


 静流たちは空になった司令室を後にした。


「挨拶もすませましたし、私たちも失礼するでありますか」


 受付嬢の所まで来たときに、静流は変身を解くのを忘れていた事に気付いた。


「女神様……ですか?」

「へ? あ、いけね、解除するの忘れてた」 

「ああ、女神様、お願いします!」 ガバッ

「うわ、どうしたんですか?」

「不感症……なんです、私」

「いきなり何ですか!?」

「実は妹が学園の生徒で、女神様の『施術』の件を聞いてしまったんです。どうか私にご加護を」

「佳乃さん、まさか、ここで施術はマズいんじゃないですか?」

「確かにマズいでありますな。どうでしょう受付嬢さん、終業後に詰所に立ち寄られてはいかがでありますか?」

「わ、わかりました」

「あと、このことは、『他言無用』でお願いするでありますよ?」

「ええ、もちろん……です」

「では、失礼するであります」


 佳乃はあと一人くらいどうにでもなると楽観視していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る