第2話
初めてお会いしますね。聞いてるわよね。わたしはエラ。
夜明け前の魔法のエラ。……これ? ふふ、これに意味なんてないわ。ちょっとロマンチックじゃない?
貴方のことは、彼から聞いてるわ。……なんて、表現がおかしいかしら。
まさか、煙草ケースにお手紙を入れるなんて。変な人。わたしのことなんて知っても面白くないのに。
普通に高校まで行って、花屋でアルバイトしてたわ。そう、花束を作るんです。わたし、自惚れやではないけど、花屋はよく似合ってたと思うの。ふふ、彼だってそうずっと思ってたもの。
今のお仕事? そうね……言いたくないわ。
彼のこと……頼りないし、しょうもない。誰かが守らないと生きていけない。でも……いえ、だから彼には強くなってもらわないと。
わたしもそう。弱い存在だから。彼がいないと生きていけない寄生木。共依存みたいって思わない? ……そうでしょう? ……ああ、でも医学的には違うのかしら。
ふふ。花なんて興味ないの。花は見た目と香りだけ。女の人みたいに、愛情という栄養がなければすぐに醜くなる。栄養があってもいずれ枯れ果てるの。だから花は嫌いよ。……アルバイトはお仕事だもの、関係ないわ。それに、そんなわたしの過去なんて、わたしに関係ないでしょう?
たまたま目についたからよ。あの部屋にも映えるし、ね? 逆に裏目に出てしまったのは否めないけども。……だって、まさか彼がわたしにそんな感情を持つなんて思いもよらないじゃない。だけど、でも……困ってしまったけど、いい傾向かもしれない。
当然よ。彼、仕事の日数増えたじゃない? お洒落もするようになったし。恋は人を変えるのね。まあ、センスはわたし好みじゃないけど。
……印刷所のアルバイト? 探ってるのね、わたしがどこまで知っているのか。隠さないわ。全て知ってるもの。貴方のことも、セルシーナ学院のお子さんは元気かしら。あそこの生徒は彼の初恋の人……可愛い子よ。花屋でアルバイトしてたわ。花束を抱えた姿が可愛くて、長いこと見惚れていたのよ。いつのまにか見なくなってしまったのだけど。あそこの学校は労働は禁止だものね。見つかってしまったんだと思うわ。
貴方が言ったことは一字一句、全てここに残ってるの。ついうっかり言ってしまったのよね。……ふふ、焦らなくても大丈夫よ。だからって別にどうもしないわ。娘さんの名前も容姿も知らないもの。貴方の苗字はどこにでもあるのだし。
そもそもわたしは夜しか動けない。ああ、でもあの学院最近脱走者が出たり、行方不明者が出たりっておかしいのよね。呪われてる。
結局その記事は銀行強盗の記事に変えられてしまったのだけどね。……だから気をつけることね。次の呪いの対象は貴方の娘さんかもしれない。
でも、若い子が消えてしまうのも、夢が潰えてしまうのも心苦しいわ。……何その顔。そんなに意外かしら? わたしだって、考えは普通よ。誰か死ねばいいとか、苦しめばいいとか、そんなことこれっぽっちも思ってないわよ。困ってる人は助けてあげたいし、病気の人は治ってほしい。従軍する人は無事に帰ってきてほしいし、妊婦さんの赤ちゃんが無事に生まれてこればいいなって思う。貴方には奥さんと娘さんと一緒に素敵な休暇を過ごしてほしい。そう思うわ。
ええ、そう。つまりは早く帰してほしいの。こんな風にわたしと話して家族と過ごす時間を犠牲にしてほしくないもの。
あら、検査データなんて持ってたの? どうして彼に教えてあげなかったの?
ああ、なるほど。わたしを出し抜いたのね。
バレるのも時間の問題だったかしら。
……先月。クビになるかもしれないって宣言されたんだ。家賃を払うのにも精一杯で、食事もままならない。詩も思いつかなくて、貴方がくれたコーヒーだけが生きがいだった。その時だよ、ヒステリーを起こしたんだ。わけもわからないままに浮浪者からなけなしのお金でそれを買って使ったんだ。煙草よりも甘くてツンとした香り。ふわっとして意識が遠のく……生温い泥の中に落ちるような感覚。優しくて、僕に生きても良いんだよって彼女は教えてくれた。
だけど、いい方向に向かったと思わない? 仕事に直向きになって、そのおかげでクビも取り消し。それどころか、仕事は増えたのよ。友人関係も広がったし、詩もずいぶん増えた。路上でこの前3人の人が詩集を買ってくれたの。品の良い老人と、カップルと、ティーンエイジャーの女の子。
恋は人を狂わせるの。彼の場合、普段が狂ってたから、正常になったのね。……違う。これの影響はわたしの存在。彼が変わったのは恋が影響してのことなのよ。
もちろんよ。こんな良いもの止めるなんて、つまらないわ。それに、これはわたしを保つための心臓。彼の体には猛毒なのだけど。
猛毒で彼は命を削り、わたしを生み出す。それを支えに生きていける。いい気持ちよ、彼もわたしも。
ああ……やっぱりそうなるのね。わたしは逮捕? それとも強制入院かしら?
どちらにせよ、そんな乱暴はやめてちょうだい。抵抗も自傷もしないわ。
でも、残念だったわ。もう少しで彼の人生、乗っ取れたかもしれない。見届けたかったわ。彼の人生という詩がどう紡がれ、誰がその詩集を綴じるのか。
あら……それ……。
そうか、わたしはその薬を最後に目覚めないのかしらね。彼がきっと目覚めたらパニックを起こすわよ。左手首の傷が増えてしまうかもしれない。首を吊るかもしれない……。だって僕を認めてくれるエラは消えてしまうもの。
身に覚えのない違法薬物で、格子の中に入れられてしまって……長い戦いになるわね。
でもね、先生。考えてみて。依存して、身をボロボロにして長くは生きられないかもしれない。それでもその短くなった人生が充実して素晴らしいものなら、それは正解の代物よ。
惨めに長ったらしく生きるなんて、僕は嫌だからね。
まあ、でも社会的には仕方ないのね。ふふふ。
それじゃあ、さよなら。僕の人生を奪った先生、ご機嫌よう。
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