第2話 冒険者たち(2)

 船の中にある小さなラウンジに、6人の護衛士とリアの姿があった。

「じゃあ、軽く自己紹介からしていこうか」

 片腕の剣士が6人を見回す。

 腰には二本の刀を差し、穏やかながら剣士としての風格がにじみ出ていた。

 左手は肩口から少しいったところで、長袖を固く結んでいた。

 右手には、何枚かの羊皮紙を持っている。

 それが何なのか、レシーリアはすぐにわかった。

 表向きは書類審査のみだったが、おそらく盗賊ギルドで一人ひとりの情報も調べられているのだろう。

 情報の深さで値段が変わるので、彼がどこまでお金を払い調べているのかはわからないが、どちらにしろ飛び込み参加の自分にはあまり関係ない話だ。

 調べる時間は、なかったはずである。


「俺はリア・ランファースト。リアでいい。一応、護衛士長とか言われてるけど、まぁちょっと剣が得意なだけで、ただの冒険者だよ」

 レシーリアが思わず目をすぅっと細める。


 ……よく言うわ……謙遜だとしても「ただの~」は、ない。


「あら……あの有名な冒険者様が、どうしてこんな小さい仕事を?」

 レシーリアは腕を組みながら、壁にもたれかかる。

 言葉に少し棘があるが、これくらいはいいだろう。

「俺のパーティは、無期限休止中でね。当面は食いつなぎで色々やるしかないのさ。そういう君も、同じ境遇じゃないのかな? レシーリアさん」

 他の冒険者の視線が集まる。 

 どうやって自分のことを知ったのか解からないが、さらりとバラしてくれたことにいささか腹が立つ。


 ……まぁ、こっちが先に仕掛けたんだけど……


「ふん……まぁいいわ。私はレシーリア・ロームレア、ギルド所属の盗賊よ。いま言われた通り、パーティ解散で失業中……だから、これは食いつなぎ。ちょっと短剣が得意なだけの、ただの冒険者よ」

 小さな抵抗を含みつつも、さらりと答えてみせる。

「ありがとう。レシーリアさんは『碧の月亭』の冒険者さんだったね。何度か見かけたことがあるよ。中堅と呼べる数の冒険もこなしているし、頼りにしているよ」

 屈託のない笑顔を見せるリアに対し、そりゃどうもとわざと素っ気なく返し、手をひらひらとして次に行けと促す。


「じゃあ、次は……カーリャさん、いいかな?」

 カーリャと呼ばれた女性がハイ!と元気に答える。

「カーリャ・リューウェイ、剣士です。冒険は初めてだけど、父親の道場で剣術はしごかれていたので、それなりに戦えると思います!」

 少しクセのある栗色の髪のカーリャが、やはり元気に答える。

 腰に差しているのは刀か。

 そういえばリアも刀使いだが、ひとつのパーティに二人の剣士ソーズマンがいるのは珍しい。

 通常前衛で戦う者ほど、チェーンメイルやプレートメイルなどの中・重装備になる。

 理由は至極単純で、より「死」が近い最前列では、より「死」を遠ざけるために防御力重視の装備になるものだ。

 そういった戦士と違って剣士の類は総じて軽装備で、下手をすると盾すら装備しない。

 彼らは1対1の対人戦で無類の強さを見せるが、多勢には脆弱な存在だ。

 冒険ともなると群れをなすモンスターも多い。


 ……彼女とパーティを組むようなことがあれば前衛は不安要因となるだろう……


 他の冒険者に目を移すもやはり重装備者はいない。

 リアの人選にますます疑問が残るが、「スパイクス」のバランスの悪さを考えると、どこかその辺のネジが抜けてるのかもしれない。


「サイフォード・クロウ……得物は槍。精霊魔法も多少使える。冒険者として依頼を受けるのは、これで3度目だ」

 いつの間にか次の自己紹介が始まっていた。

 黒髪と青い目のハーフエルフ。

 偏見かもしれないが、第一印象は見るからに根暗そうだ。

 典型的な「迫害を受けてきたハーフエルフ」の印象がある。

 同じハーフエルフでも、持ち前の強さで迫害とは無縁だったレシーリアにとって、マイナス思考になりやすいこの手合は面倒くさく感じた。


「ルーフェス・アイラードです。月魔術学院所属の月魔術師です。外に出ての冒険……護衛などは初めてです。よろしくお願いします」

 ぺこりとお辞儀をして言う。

 金色の髪は肩口で少し癖を見せていて、くりんとした青い目がかわいい男の子。

 これまでの経験上、学院所属=金持ちと直結してしまうのは悪い癖だが、おそらくは金持ちのボンボンだろう。

 説明不要なほど、空気感だけでそれが読み取れる。

 おおよそ見聞を広めるため……とか、ありがちな理由だろうと決めつける。


「じゃあ……次は……ハーミアさん」

 ハーミアと呼ばれた女性は、目を合わせることなく黙ってうなずいた。

 銀色のストレートロングの髪と、透き通るような青い目。若いが素直に美人だと思える。

 腰にレイピアをぶら下げているが全く様になっていない。

 ……と言うか、使用感がない。おそらくは護身用の飾りだ。

「ハーミア・スティロワです。冒険は何度かしていますが、戦闘は期待しないでください。旅の薬師ですから……」

 あまりまわりと目を合わせることなく、しかしはっきりとした口調で言う。


 ……薬師……たしかに心強いけど……なんだろう……


 何となく空気感で、彼女は神官だと思っていたのだが……

 まぁ、神官ならばその宗派ごとにある聖印〈ホーリーシンボル〉を見えるところに持つはずで、彼女にはそれが見当たらない。

 しかし、レシーリアには何か違和感が残っていた。


「最後に、ユルネリアさん」

  名を呼ばれた女性は、こくりと頷く。

「ユルネリア・ライクォーツです。こういった仕事は初めてです。一応、精霊魔法を使えます」

 今にも消え去りそうな声だ。

 肩に少しかかるブラウンがかった髪が良く似合っている、多分この中で一番若い女性だ。

 おおよそ冒険をする理由が見当たらない、言ってしまえば、場違いなかわいい村娘といった印象だった。

 最も、精霊魔法を使える村娘など聞いたこともないが。


 リアは最後の挨拶に頷くと、レシーリアの方に目を向けた。

 レシーリアは何かを読み取って、目をそむけることなくそれを受け止める。

「護衛の組み合わせや、ローテーションはすぐに決めるよ。護衛以外の時間は、自由に過ごしてもらうつもりだけど、今はとりあえず、ここに居てくれ。それから……レシーリア、いいかな?」

「いきなり、呼び捨て?」

 なんとなく、何を頼むつもりかわかっているだけに、思わず言葉に棘がつく。

「護衛の任務では、できるだけ呼び名は短くしたい。何かあった時に長々と、さん付けでなんて呼べないだろう? なんなら、愛称でも決めておいてくれよ」

 笑いながら出ていくリアに、まっぴら御免よと小声で返しながらついて行った。



 リアは船首まで行くと、ようやく足を止めて振り向いた。

 背中まである黒色の長い髪が潮風になびいている。後ろで結んでまとめているが、この風では少し鬱陶しそうだ。

 こうしてみると見た目は思っていたより若い……自分とあまり変わらないかな。

 とはいえ、ハーフエルフは人間と比べて寿命が倍はあるのだから、年齢的には自分のほうがはるかに上だろう。

 これでも、こっちは46歳になりたてだ。


「……それで?」

 切り出しにくそうにしているリアに対し、少し視線を外しながら先に声をかける。

 視線の先では、船員たちが手際よく出港の準備を行っていた。

「意見を聞きたいんだ。さっき言った、ローテーションと組み合わせの……」

 なんとなくそうだろうとは思っていたけど……それなら、それを理由にある程度の質問も許されるだろう。

「まず、質問いいかしら?」

 今度はまっすぐに、リアの目を見る。

 深い黒の瞳が、無言で頷いている気がした。

「このメンバーの選考は、あなたがしたの? それとも依頼人のブラン卿?」

 リアが「俺だ」とだけ答える。

「……じゃあ……ほぼ新人の……それも、パーティを組んでいない冒険者ばかり選んだ理由は? 最近海賊が一掃されたって聞いてるけど、報酬の金額は決して悪くないわ。この金額なら、もう少しマシな人材……なんなら、傭兵でも雇えたんじゃない?」

「……たしかに海賊は一掃されているが、今回は訳あって、その海路は使わないつもりだよ。それに新人ばかりじゃなく、君みたいな手練や……まぁ、俺もいるしな」


 ……訳あって?

 ……いよいよ雲行きが怪しい……


「じゃあ、使う海路の危険性を知りたいわね。それなしで、組み合わせも何もないわ」

 リアは少し困ったような表情を浮かべる。

「……それは言えない……とか言ったら……怪しすぎるよな?」

 苦笑するリアに、当たり前よと返す。

「レシーリア……君ほどの経験を積んだ冒険者なら、この金額を見れば何となくわかるだろうが……何かあったらそれなりの危険度だし、何もないかもしれない。実際に行ってみないとわからないんだ。ただ、君たちの命は最優先で守るよ」


 ……最優先で、私達の命を守るですって?

 じゃあ、私達は「何」を護衛をしてるというの?


「……まぁ、今更文句は言わないわ。思ってたより危険だってことだけは、よくわかった」

 レシーリアが考えを巡らせる。

 冒険者としての経験値が高いのはリアと自分で、あとは駆け出し……

 わけるなら、二組までだろう。

「まず昼から夜中までが私、それから女剣士、女精霊使いね。夜中から昼間まではあなたと、槍の精霊使い、月魔法使い、薬師の女」

 危険度の少ない昼は自分を含めた3人、危険度の高い夜中はリアを含めた4人。

 戦力的にも、バランスよくばらつかせていると思う。

 ……そう、今気づいたが、重装備の戦士こそいないがバランスはそこまで悪くはないようだ……


「よかった。俺も同じ考えだったよ」

 じゃあ聞く意味あったの?と、意地悪な言葉が一瞬頭によぎったが、今回は大人しく飲み込んでおいた。

 かわりに、ひとつ棘でも投げてやろう。

「ひとつ気になってたんだけど……なんかさぁ、女……多くない? ……それってそういう意味?」

 今日初めて明らかに困惑したリアに、レシーリアは真意を探る。

「……そういうって、どういう意味だよ。いや、そんな深い意味はないけど……そうだな。無事依頼が終わったら、酒の肴にでもして君には話すよ」

 それは悪くない提案ねと、レシーリアも初めて表情を崩して笑顔を見せた。

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