女王陛下、出番です。
紺堂 カヤ
2021年のお正月
新しい年が来た。
「来たわッ!! わたくしの時代がッ!!」
女王陛下は年が明けるや否や立ち上がってそうお叫びになった。いいえ陛下やって来たのは時代ではなく新年でございます、と言い返せる者は、我々の中にはいなかった。ただただ、おとなしく首を垂れるだけである。
「この日を待って、十二年!! なんと長い年月だったことでしょう。皆、よく耐え忍んでくれました」
陛下はつぶらな瞳をうるませ、白と黒のモノクロで統一された新品のドレスの裾を優雅に揺らした。
「本来であれば、いついかなるときも、わたくしがこの土地を統治すべきですのに、古代からの言い伝えに縛られてそれができぬ状態……、いいえ、それは言っても詮無き事。まずは今年という素晴らしき幕があけたことを喜ばねばなりません」
我々は朗々と始まった陛下の演説に、じっと耳を傾けた。
「この世の人々を支えているのはわたくしたちなのだと、改めて知らしめることのできる、素晴らしい時代がやってきたのです。人間は皆、わたくしたちのおかげで命を育んできたというのに、それを簡単に意識の外に追いやります。よく考えてみるべきなのです。オギャアと泣いて生まれてから、人間はまず母乳を口にしますが、それはせいぜい一、二年のこと。そこから長く続く人生の間に、何を飲んで骨をつくりますか。牛乳でしょう。一生のうちに飲む牛乳の量は、母乳とは比べるべくもないではありませんか。そうでしょう!?」
はい、陛下。と、我々は声をそろえて申し上げた。その後も女王陛下は乳製品の栄養価の高さ、高級肉として貴ばれるのはいつも牛肉であること等を滔々と述べられ、豊満な胸の内をすべて語りつくしてから、満足げなため息をおつきになった。
「ああ、そうでした」
最後に、陛下はひときわ明るい笑顔で我々にこうおっしゃった。
「あけましておめでとう、皆さん」
「あけましておめでとうございます、陛下」
我々は大きな声で挨拶を返し、陛下の御前を辞した。
「いやあ、名調子だったなあ」
「やれやれ、ただ干支が巡ってきただけだというのに、こうも張り切れるとは、陛下もまだまだお若い」
「まあ、この勢いもせいぜい一、二か月の間のことさ」
「そうだな、今年の干支が何か、なんて正月以外には一瞬たりとも思い出したりしないもんな」
頭を下げ続けていたために凝り固まってしまった首をほぐし、背伸びをし、我々は軽口をたたき合った。陛下は「わたくしの時代が来た」とおっしゃったが、実のところ「丑年」になっただけで何が変わるということもないのだ。
「……いいんだ、そんなことは。我々の時代だとかなんだとか、そんなことはどうでもいいさ」
誰かが、静かに呟いた。
「そうさな。元気でいられれば、それでいいさ」
「うん、そうだ、それがいちばんだ」
我々はうなずいた。
「元気でいような、皆」
我々は、うなずいた。
元気、という言葉を思い浮かべたとき、真っ先に、陛下のあの勢いのある姿が目に浮かんだ。やはり陛下は皆を先導する存在なのだ、と我々は思った。それは、陛下が意図していらっしゃるところとは違うのかもしれないが。
「まあたぶん、それでもかまわないだろう」
陛下は頼られることを、きっとお喜びになるだろうから。
女王陛下、今年はあなたの出番です。
女王陛下、出番です。 紺堂 カヤ @kaya-kon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます