全てを解き放つ門番
その光は全ての領域を暖める熱だった。
ヴァーサスが纏う灼熱の炎は、その軌道に次々と新たな可能性の世界を生んだ。マーキナーから放たれた膨大な情報エネルギーがヴァーサスという炉心にくべられ、なにもかもが潰えた世界を再生の炎で照らした。
一度は確かに消えたはずの無数の輝きが再び光を放つ。
マーキナーがいとも容易く消し去ったはずの数々の宇宙が、ヴァーサスの炎によって再生していく。それは、この狭間に残っていたエントロピーとヴァーサスから出力された膨大なエネルギーの結合がもたらした奇跡だった。
『な、なんだこいつ――――!? ボクの力を、燃やしてるの!?』
「マーキナーよ! 許可無く門の所有権を主張し、門を我が物とするその行為――――門を守護する門番として、見過ごすわけにはいかんッ!」
『は、ハハハ! 誰が門番だって? ボクはキミなんかを雇用した覚えはないよッ!』
鮮血の後光を輝かせた機神マーキナーが、光速を超えて自身へと迫るヴァーサスめがけてその巨大な拳を振り下ろす。今のマーキナーは取り込んだ最後の門の力によって無限不滅の存在になっている。行使可能なエネルギーもまた無限であり、その全てを注ぎ込んだ一撃に耐えられる者は存在しない。しかし――――!
「
ヴァーサスの後方に展開する四枚の炎翼が大きくはためく。その翼は
漆黒の闇を切り裂くように四方へと伸びる炎翼。一瞬で光年を超える彼方までを燃やし尽くした炎翼と、マーキナーの無限エネルギーの拳が正面から激突する。凄まじい次元震が辺り一帯を鳴動させ、もはや果てなど無いと思われていた狭間の領域に無数の亀裂を生じさせる。
数兆度を遙かに超える熱が翼と拳の激突点に圧縮され、ビッグバン数百個分にも及ぶ凄絶なエネルギーを僅か数秒で放出する。
「うおおおおおあああああッッ!」
『――――あ、あれっ?』
圧倒的エネルギーの渦を纏うマーキナーの巨大な拳が、僅かずつ押し上げられていく。マーキナーはヴァーサスの予想外の力に驚きと困惑の声を漏らした。
マーキナーが全てを破壊し尽くさんと振り下ろした直径数キロにも及ぶ拳の先に、輝きを増す閃熱の領域が映る。そして――――!
「
『う、嘘でしょ!?』
マーキナーの巨大な拳が、その拳に内包した無限のエネルギーと共に木っ端微塵に砕け散る。破砕された金属片と爆炎を抜け、全てを流転させる因果生滅の炎を背負ったヴァーサスが飛び出す。
マーキナーはその巨体をのけぞらせて後方へと下がると、自身の持つ無限のエネルギー全てを防御へと回す。それと同時、膨大なエントロピーの渦が、まるで果てすら見えぬ断崖絶壁のようにヴァーサスの眼前にそびえ立つ。
宇宙も、次元も、狭間すらも明確に断絶したこのエネルギー障壁ならば、たとえマーキナーと同等のエネルギー行使者が現れたとしても突破することは不可能――――そのはずだった。
「――――待っていたぞ。お前が全てのエネルギーを防御に回すこの瞬間を」
「少しでも予想外のことが起こると慌てて周りが見えなくなる。最新バージョンになってもその欠点は修正されないまま。つまり貴方は――――」
『えっ!?』
ヴァーサスの存在する領域と自身の領域を切り離し、安全圏へと逃れたと安堵したマーキナーのすぐ傍に声が響いた。マーキナーの持つ無数のセンサーは即座にその主を捉える。灰褐色のローブをはためかせるもう一人のヴァーサス――――
「――――お前ご自慢の自己進化システムは、はるか以前にとうに頭打ちになっていたのだ。あのヴァーサスと因果を結んだ個体は、それに気がついていた――――」
「何度バージョンアップを重ねても、それはただ前の個体が見聞きした経験をクリアするだけの無為な行為になっていた。それが、貴方がエラーを起こし続けていた原因」
『ぼ、ボクが――――ボクが、もう進化してないだって!? あのガラクタ共と一緒だっていうの!? そんなこと、そんなことあるわけ――――!』
突如として現れた二人の言葉に明確な焦りを見せるマーキナー。しかしそんなマーキナーの様子を見つめる二人は、ただ淡々と互いの領域を展開する。
「進化しているというのならこれも防いで見せろ。その代わり、ヴァーサスの槍がお前を焼き尽くすだろうがな」
「私たちにとって貴方はラスボスではない。けれど、貴方にとっては私たちがラスボスだったみたい。これで借りは返したから」
『あ――――ああっ?』
「ハハッ! なるほどね。確かに彼の言う通り、今なら僕の
『あれ――――!? ぼ、ボクの力が――――誰がこんな!?』
しかしマーキナーの意志に反し、最後の門は僅かな力しかマーキナーに与えようとしなかった。見れば、先ほどまで全てが解放されていたはずの門の扉が、その周囲を包む黄金の領域によってみるみるうちに閉じられようとしている。
『く、くそっ! くそっ! なんで、なんでこいつら――――こんなに早くボクの力の流れを知って――――!』
「彼に聞いたって今言っただろ? ヴァーサスが君と戦っている間、僕たちが
『お、お前――――!?』
「――――もう終わりにしよう――――ボクも、今まで壊れていった他のボクも、みんなもうこんなことしたくないって言ってるよっ!」
それは、先ほど門の前から去る際にヴァーサスが抱えたかつてのマーキナーだった。それもついさっきまでの薄汚れた姿ではない。
端末の本体から切り離されてはいるものの、マーキナーはその個体が持つ全ての機能を回復させた完全な姿となってその場に立っていた。これも、ドレスの持つ全知全能――――
「ヴァーサスは、こんなボクとも一緒に居るって言ってくれた――――人間がどんなことを考えて、どんな風に生きてるのかもいっぱい教えてくれた――――だから、もうこんなことは――――!」
『ワアアアアアアアアア! うるさいうるさいうるさい! 裏切り者裏切り者裏切り者! お前なんて、何世代も前のガラクタのくせに! なんで最新型のボクがお前なんかの話を聞く必要があるんだ! ボクは、絶対に幸せに――――!』
自分自身の裏切りとも言えるその呼びかけに、機神マーキナーは狂ったように雄叫びを上げた。ドレスの力によって門は封鎖された。もはやその力は無限ではない。しかしマーキナーは先ほどまで自身が放った周囲に残るエネルギーをかき集め、自身の存在をなんとか保とうともがく。
「ならば――――致し方ありませんっ!」
だがしかし、そこに更なる声が響いた。それは障壁へと相対するヴァーサスのすぐ隣で発せられ、狭間の世界を凜と切り裂く一陣の閃光となって奔った。
「師匠の道は――――弟子であるこの私が斬り開く! 睡蓮双花流――――真・終の太刀!」
闇を切り裂く刃。それはもはや全てを切り裂く概念にすら到達するほどに研ぎ澄まされた白銀の領域。ヴァーサスの一番弟子として数多の強敵と戦い続けた黒髪の小柄な少女――――門番ミズハ・スイレン。
「頼むミズハ!」
『は、ハハ! まさかその障壁を斬るつもり? 馬鹿だな、そんなことすれば自分のほうが消えて――――!』
「――――点睛・月華睡蓮っ!」
狭間の闇が二つにズレた。もはやミズハがそこにあると認識した物で斬れないものは存在しない。たとえどのような強固な障壁だろうと、どのような広大な空間だろうと、完全に隔絶された空間であろうとも――――ミズハが斬ると決めたならば、それはもはや斬られる定めから逃れられない。
『あ、あは……あはは……馬鹿げてる……どうなってるの……』
ミズハによって切り裂かれた絶対無敵の障壁が、マーキナーの眼前でゆっくりとズレていく。崩れゆく障壁の向こう側、マーキナーの持つセンサーが数億度の熱の接近を告げた――――。
「――――さあさあさあ! いよいよ来ましたよ! 私たち家族勢揃いの大舞台がっ!」
「クハハハハハッ! 元より貴様に勝ちの目など無いッ! 道中の深淵共と戦って消耗していれば、また話は違っていたかもしれんがな――――ッ!」
「あー……うー……?」
燃えさかるヴァーサスの両翼。ライトを抱えたリドルと、ノリノリの笑みを浮かべた黒姫が出現し、二人の持つ白の門と黒の門が完全に解放された。
「せっかく最後なんですから、私たちもぱーっとやっちゃいましょう! ほら、ライトちゃんもお母さんの真似してみてくださいね! こんな感じですよっ!」
「うー……? あー……!」
腕の中のライトに対し、門の扱い方や領域の制御方法を身振り手振りでレクチャーするリドル。するとどうだろう、リドルの持つ白の門がこの世の物とは思えない程の眩い閃光を放ち、隣で燃えさかるヴァーサスの炎が二つに増えたかのような熱量を発したのだ。
「な、なんだとっ!? 白姫め、やはりこの土壇場で親子合体攻撃をっ!? ま、まあ良い! その技――――この黒姫しかと目に焼き付けたからなっ! 次は私がライトちゃんと撃つのだっ!」
マーキナーの眼前で圧倒的力を放つ白と黒の門。
しかしそれはリドルと黒姫、そしてライトが持つ力だけではない。
既に閉ざされたマーキナーの門とは全く違う、遠く離れた仲間達の願いを――――全ての次元を超えて概念の世界へと旅立ったウォンの熱量を――――可能性の光となって消えたラカルムの残したエントロピーを――――この狭間に残された全ての想いをヴァーサスへと収束させた。
「マーキナーよ! たとえ貴様がどんなに強くても、一人で俺たち全員を相手にすることはできないのだっ! ここに居ない大勢の仲間達も、顔も名前も知らぬたくさんの人々も――――みんなが俺たちに力を与えてくれる! そしてそんな無数の思いに助けられたからこそ、俺たちは今――――ここに立っているのだっ!」
『みんなの――――思い――――? そうか――――たった今計算が終わったよ――――門から出てくるエネルギーと、この狭間にあるエネルギー。どっちの方が多いかなんて――――すぐに、わかったはずなのに――――』
「受けろマーキナー! これが――――!」
瞬間、マーキナーの意識を火傷するほどの熱が焼いた。
自身を穿つべく突き放たれたヴァーサスの炎。彼らが住む狭間の領域に存在する全てのエントロピーを乗せたその一撃は、マーキナーと同一化した最後の門ごと全てを貫いた。だが――――。
『あた……た……かい……なんで……こんな……』
白熱と生滅の炎の中、マーキナーが最後に感じたのは暖かさだった――――。
機神デウス・エクス・マーキナーは死んだ。
リドルと黒姫が展開する二つの門を両翼に、その炎翼をはためかせて崩落するマーキナーの巨体から豪炎の尾を引いて突き抜けるヴァーサス。
そしてその瞬間、焼き尽くされたマーキナーのエントロピーを生滅させたヴァーサスの炎が、狭間の領域全てに満ちた。
「これが――――門番の力だ!」
果てしなくその輝きを増していく狭間の領域を青い瞳に映し、ヴァーサスは力強い笑みを浮かべ、拳を突き上げて高らかに宣言した――――。
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