診断を受ける門番


「ここですね!?」


「そうだ! 早くヴァーサスを運ぶのだ!」



 傷ついたヴァーサスを左右から抱え、二人のリドルがナーリッジの町中に出現する。そこは最近ナーリッジにやってきた腕利きのヒーラーが居るという診療所の前だ。聞くところによると、この診療所のヒーラーはどんな傷でもたちどころに治すと評判だった。



「急げ白姫! ヴァーサスの傷は一刻を争う!」


「わかってますっ!」



 二人は即座に診療所のドアを開け、受付の女性に話を通す。

 女性は担がれたヴァーサスの姿を見てすぐに重症患者と判断すると、優先的にそのヒーラーがいる部屋へと三人を案内してくれた。



「先生! お願いです、ヴァーサスを助けて下さいっ!」


「なんだか知らんが帰ってきたらヴァーサスが黒焦げになっていたのだ! どんな傷でも治すというのならさっさとその腕を――――」


『やれやれ……診療所では静かにと、学校で習わなかったのか?』



 勢いよくドアを開けた先、そこには窮屈そうにその身を屈め、その蛇のような白磁の体に白衣と黒縁の眼鏡をかけたヒーラー……否、神がいた。



「あ、あ、あ、貴方はーーーーー!?」


「貴様は創造神レゴスーーーーー!?」


『よくぞ私のクリニックにやって来た、門番ヴァーサスと次元の門の適合者よ……歓迎しよう……』



 ●    ●    ●



『……安心するが良い。肉体は完全に治癒させておいた。しかし、精神までは私の力では難しい。常人ならばともかく、ヴァーサスの強固な領域には私の力は及ばないのだ』


「そんな……じゃあ、師匠の記憶はもう戻らないんですかっ!?」



 あれから小一時間ほど後。


 対面したときと同様の窮屈そうな部屋の中で身を屈め、ヴァーサスの容態を説明する創造神レゴス。そんなレゴスに悲痛な表情で尋ねるのはミズハだ。


 街で傷だらけのヴァーサスを見たという話をどこからか聞きつけたミズハは、すぐに許可をとってこのクリニックにやってきた。今この部屋には3メートルの巨体を誇る創造神レゴスと二人のリドル。そしてミズハの四人が揃っている。


 

『ミズハよ……そのような悲しい顔を私に見せないでくれ。なに、案ずることはない。私が見たところ、ヴァーサスの脳は傷ついていない。おそらく、強烈な衝撃によって起こる一時的な記憶の混乱だろう。半日もすれば回復するはずだ』


「そうだったんですね……良かった……」


「いやはや……一時はどうなるかと思いましたが、まさかレゴスさんがこんなところでヒーラーやってるとは思いませんでした。今回ばかりは助かりましたよ。ありがとうございました」


「貴様……! ついこの間、『さらばだ……』などと言いながら意味深に宇宙の彼方に消えていったではないか!? なぜこんなところでせっせと商売に勤しんでいるのだ! もう干渉しないのではなかったのか!?」


『ボハハハ……干渉をするつもりはない。しかし手助けはする。それも、君たちをできる限り近くで見ていたい。ならばヒーラーは私にうってつけの仕事だと思ったのだよ。ミズハの配信も毎日見れるのでね……』


「あっ! もしかして昨日ものすごい額の応援コインをくれたさんって……!」


「私だ……ボハハハ」


「やっぱり……! いつもあんなに応援して頂いて……! 本当にありがとうございます!」



 そう言うと、レゴスはその巨体を小刻みに震わせて笑みを浮かべた。ミズハは深々と頭を下げて感謝の言葉を述べる。



「(っていうか、レゴスさんの笑い方ってボハハなんですね……)」


「(こういうところで個性を出してくるこの手腕。こやつ、なかなか侮れんぞ……)」



 当初は面食らったリドルと黒姫だったが、実際レゴスの治癒の力は凄まじく、傷ついたヴァーサスの怪我はその深い傷跡も含めて一瞬で完治してしまった。ここまで凄まじい力を見せられてはもはや感謝こそすれ、文句などあろうはずもない。



「ふむ……まあいい。とりあえずヴァーサスの記憶はすぐに元に戻るのだな?」


『うむ。このレゴスが保証しよう』



 腕を組み、なにやら思案げな表情を浮かべていた黒姫がレゴスに尋ねる。黒姫のその問いに、レゴスは長く伸びた首を深く垂れて頷いた。



「そういうことであれば……クククッ! おい二人とも、この黒姫、一つ面白い遊びを思い付いた。お前たちも共に乗らぬか?」


「ひえっ! 黒姫さん、外面だけじゃなくて本当に悪い顔してますよ! 邪悪なオーラ出てます!」


「な、なんでしょうか……? 私……その、あまり悪事とか、そういうのは……」


「なぁに……ただの余興よ。しかもヴァーサスはすぐにでも元通りになると言うではないか。ここは一つ、我らもこのまたとない機会を楽しまねばな! クククッ! クハハハハハッ!」



 ●    ●     ●



「う、ううむ……なにやらよくわからんが、途轍もない悪寒が止まらぬのだが……あの奇妙なヒーラーはもう大丈夫だと言っていたが……本当なのだろうか……」



 四人が話す診察部屋とは別の部屋で横になるヴァーサスが、何かを感じ取ったのかガタガタと震えていた。


 しかし無情にも今のヴァーサスは門番ですらないただのヴァーサスである。無力な一般ヴァーサスとなった彼に、迫り来る魔の手を回避する術は一つも無かったのである――――。






  

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