ロボで神に挑む門番


 気づいた時、ミズハは力強い腕に抱えられていた。


 どこか無機的な、乾いた風がミズハの黒く長い髪を揺らし、血と泥にまみれた頬を撫でた。


 目を開けた先に広がるのは未だ赤く染まったままの空。


 動かなくてはと思うが、それこそ、もう指一本動かす力は残っていなかった。



「おう。起きたか!」


「ミズハさん! 良かった~! もう起きないんじゃないかって心配したんだよ~……」


「あ……私……」



 ミズハは激痛に耐えつつなんとか視線を動かす。


 すると、自身を抱え上げる血まみれの屈強な青年の姿が目に入った。うっすらとしか覚えていないが、それはあの巨人ギガンテスがルルトアの力で縮小した姿だった気がする。



「お前、小さいくせになかなかやるなぁ! あのキモイ蛇を斬った! すげぇ!」


「……私、ちゃんと斬れてましたか……?」


「ばっちりだよ~! もうさっきみたいに出てきてないよ! 私たちの勝ちー!」


「そうですか……斬れて、良かったです……」



 ミズハはほっと安堵の息をつくと、静かに瞼を閉じる。

 もう限界だった。おそらく、数日は動くこともままならないだろう。


 それほどまでに、神の力は想像を絶する強さだったのだ。



「しかしお前ら、すぐに俺様に声をかけるとはいい考えだったなぁ! 俺様の強さをよくわかってるじゃねぇか!」


「はははっ! そうだよー! この前はごめんね! いきなり門を通りたいっていうからさー!」


「あの門の向こうに食い切れないほどのご馳走があるってのは巨人族ならみんな知ってんだ! 俺はちいっとばかし食い過ぎちまっていけねぇ!」


「そうなのー? あの門の向こう、別にご馳走とか無いよ~? パイならリドルが作ってくれるけど!」


「な、なんだとぉ!?」



 ルルトアのその言葉に、心の底から絶望したという顔を見せるギガンテス。

 その体が揺れ、ミズハが再び思い出したように口を開く。



「そういえば……どうしてルルさんはギガンテスさんが私たちに力を貸してくれると思ったんですか……?」


「あはははっ! それはねー!」



 うっすらと目を開いて尋ねるミズハに、ルルトアは満面の笑みを浮かべると、ギガンテスの肩に飛び乗り、その頬に手を添えた。



「この人、とっても優しいんだよ。前闘った時は驚いて気付かなかったんだけど、あのときもこの人が私たちの目の前に来るまで足音一つしなかったの! 海も荒れてなかったし、地面も壊れてなかったんだよー! ねえねえ、これって凄いと思わない?」


「な……なんだぁ……? んなの当たり前だろぉ!? 俺が普通に歩いたら、みんなびっくりしてどっかいっちまうんだ! なぁ!」



 ギガンテスは自らの頬に手を添えて笑みを浮かべるルルトアの言葉に照れるように顔を赤くすると、目をそらして至極普通のことだと言わんばかりに素っ気なく答えた。



「ねーっ! この人、あんな大きいのに、ずっと誰も傷つけないように気をつけて生きてきたんだよ。こんな優しくて強い人なら、絶対に手伝ってくれるって思ってたんだー!」


「あはは……そうだったんですね……ありがとうございます、ギガンテスさん……」


「うっせえ! 俺はヴァーサスと闘いたいんだ! あんな蛇なんてヴァーサスと闘う前の準備運動にもならねぇ!」



 ギガンテスは更に顔を真っ赤にして照れまくると、その照れを隠すように上空へと顔を向けた。


 その視線の先には鮮血に塗り込められた赤い空。

 ギガンテスは忌々しげにその空を見つめ、舌打ちした。



「チッ! さっきの話だけどよ……ヴァーサスの野郎も、どっかで神とかいう変なのと闘ってるのかぁ?」


「はい……きっと、今も……」


「そうだと思うよー! 全部の門から凄い量の魔力が溢れてて、どこがどうなってるかまではわからないけど!」


「そうかよ……」



 ギガンテスはそのワイルドな顔に似合わぬ神妙な表情を浮かべ、再び赤く染まった空を見つめた。


 口ではああ言ったものの、神の力は闘ったギガンテスにも痛いほど理解できた。


 自分一人では手も足も出せずに負けていた。


 二人に助けられていなければ、きっと自分は今頃無数の肉塊になり果てていた。


 それがわかるからこそ、ギガンテスは今この時もどこかで闘っているであろう強敵ともの身を案じ、呟いた――。



「俺と闘う前に、負けるんじゃねぇぞ……ヴァーサス……」



 ●    ●    ●



 薄暗い闇の中、バチバチと弾ける火花。


 赤い光が明滅し、警報音と機体の異常を告げるアラートが鳴り止まない。



【重力断層障壁――稼働不可】


【次元転移障壁――稼働率――27%】


【メイン縮退炉――残存数――1】


【次元融合炉――損傷率64%】


【戦術予測――10分後の生存可能性――0.008%】



 闇の中に浮かび上がる絶望的な表示の羅列。


 それは、自らの終焉を予測する無慈悲な警告。



「だが……俺はまだ生きている。そうだろう、アブソリュート」



 ほんの一瞬――愛機アブソリュートのコックピットで意識を失っていたシオン・クロスレイジは、すでに自らの血でべったりと汚れた操縦桿を再び握り締めると、限界が近づき、悲鳴を上げる愛機に再び炎を入れる。


 既にその片腕を消し飛ばされ、持ち込んだ武装の大部分を使い果たした青い魔導甲冑――アブソリュートが、鈍色の粒子をスラスターから放出して赤く染まった天に駆ける。


 その先に座する、圧倒的高次元存在を討ち滅ぼすために。



『オモチャにしてはよく動くねぇ。やっぱりボクも一つ持って帰ろうかなぁ?』



 辺り一帯を震わせる音が響いた。


 どこか幼さを感じさせるその音の震央。


 それは、四つの小さな人間の姿が前後左右の方向に連結した王冠型の異形。


 浮遊する王冠は自らに迫る魔導甲冑を興味深げに眺めた後、鼻を鳴らすようにして笑った。



『うーん……やっぱりいらないや。どうせレゴスに頼めばなんでも作ってくれるし。それよりボクはボクの仕事をしようねぇ……! って名前の通りにさぁ……!』


「破壊されるのはお前だ……破壊神セロ……!」




 西の門番シオン・クロスレイジ VS 破壊神セロ――開戦。


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