門番と門番


「どうだろう? 今日は少し胡椒を足してみたのだが……」


「んっ……とっても美味しくなってます! 味にメリハリがつきましたね!」


 魔王の迷宮に潜る前日。


 迷宮踏破への準備をあらかた終え、ランプの明かりが灯る室内で夕食を取るヴァーサスとリドル。


 この二ヶ月と少しの間で、ヴァーサスは本人も言っていた通りあっという間に料理の腕を上げ、今では特になにも言わなくとも二人で夕食を作るのが日課になっていた。



「そういえば、今日商店で珍しいキノコを見つけたんですよ。干されていて日持ちも良さそうだったので買ってきたんです。お店の方に料理方法を聞いたので、今度早速試してみましょう!」


「おお! それは楽しみだ! こうして料理をするようになってから、世の中にはこんなにも多くの食材があるのかと驚いた。それぞれに違いがあり、味も違う! まだまだ俺の知らないことばかりだと改めて気づかされる。これもリドルのおかげだな!」


「そこまで言って貰えると私も教えた甲斐があったというものですよ。私も、ヴァーサスと一緒に居ると色々と新しい発見があって楽しいんです」



 最後に残ったスープを平らげ、食器をテーブルの上に置いたリドルが微笑む。

 


「発見? たとえばどんなことだ?」


「たはは……ちょっと面と向かって言うのは恥ずかしいんですけど……」



 興味深そうにリドルを見つめるヴァーサス。


 ともすれば鋭すぎるヴァーサスのまっすぐな瞳にじっと見つめられたリドルは頬を染め、照れた様子で視線を泳がせた。



「えっとですね……今まで気づいてなかったんですが、私って結構寂しがり屋だったんだなって……」


「寂しがり屋か……俺はずっと一人で旅をしていたせいかあまり実感がわかないのだが、リドルも少なくとも数年はここで一人だったのだろう? その間は平気だったのか?」


「平気……だと思ってたんですけどね。なんだか……今こうして思い出してみると、あんまり平気じゃなかったみたいです。ずっと……寂しいって思ってた気がします……」



 リドルはそう言うと、今度はしっかりとヴァーサスを見ながら柔らかく微笑んだ。

 なぜだかヴァーサスには、リドルのその笑みがなにか、ずっと彼女が探していたものが今ようやく手に入ったと伝えているように感じた。 


 普段のリドルとは雰囲気の違う、想いの込められた笑み。

 その微笑みを受け、今度は逆にヴァーサスが赤面して視線を逸らすことになる。



「そ、そうか……」


「今は……もう寂しくないです。できれば、ずっとこのままだといいなって、最近よく思うんですよ……誰のおかげだと思います?」


「む……むむ……」


「ふふっ……明日もよろしくおねがいしますね。私の、大切な門番様……」



●    ●    ●



「リドル……っ!」



 ギリと奥歯を食いしばり、ドレスが作り出した一切の逃げ場が存在しない滅殺領域へと飛び込むヴァーサス。限界まで力を解放した全反射の盾オールリフレクターが、圧倒的な殺意の渦を輝きと共にねじ伏せていく。


 全反射の盾オールリフレクターによって反射されたドレスの無数の斬撃が四方八方に拡散し、広大な地下迷宮に決して癒えることのない巨大な断層を次々と生み出していく。



「随分と余裕じゃないか! 僕との戦いの最中に他のことを考えていたのかい!?」


「ドレス……! お前たち帝国は門を封じることができると言ったな!? その積み重ねた研究とやらで、リドルを助けることはできないのか!?」


「どうかな!? もし出来るとしても、それを待ったりはできないよ! 僕は皇帝になってから知ったんだ! あの門がどれだけ恐ろしい災厄を世界にもたらしてきたかをね! 事実、もうすでにナーリッジの周りには次々と信じられないような事件が連続しているじゃないか! もう一刻の猶予もないんだよ!」


「ならば貴様の目的が果たされることはないな! リドルは俺が守るからだ! たとえ帝国の全軍が相手だろうと、貴様が強かろうと、俺は決して倒れない!」



 一瞬で剣すら振ることが難しい至近距離へと肉薄したヴァーサス。

 しかしドレスはそれを読んでいたかのように僅かだけ後方へとステップを踏むと、前のめりとなったヴァーサスめがけ全殺しの剣スレイゼムオールを振り下ろす。



「ぬうああああああっ!」



 だがヴァーサスはドレスの袈裟斬りの一撃を、その腕ごと盾で押し上げるようにして弾いた。そして無防備となったドレスの胸部甲冑めがけ、槍を握り締めたままの拳を叩き込む。



「な……っ!?」


 

 当然、ドレスの甲冑も世界最高の業物だ。

 並の剣や槍では傷一つつけることなどできない。


 だが恐るべきことに、渾身の力と憤怒を乗せて放たれたヴァーサスの拳は、まるでそれ自体が凄まじい雷撃を纏っているかのようにプラズマの炸裂現象を発生させ、そのままドレスの甲冑中央をのだ。



「見誤ったな……ドレス! 今の俺は貴様より強い!」


「ヴァーサス……っ! まさか、ここまで……!? 一体なにが君を……!?」



 ヴァーサスの拳で破壊された部分を押さえながら後方へと跳ばされていくドレス。

 ドレスの瞳は驚愕に見開かれ、その表情は苦悶に歪んだ。



「そうだ! かつて闘った時の俺はだった! しかし今は違う! 今の俺は――だ! リドルによって見いだされ、彼女と彼女の持つ門を守ることを一生の誓いとした! 門番となった今の俺が、そう易々と門の前で膝をつくと思うな!」


「門番ヴァーサスか……! そうだったね……でもそういうことなら、僕だってそう簡単に負けるわけにはいかない! 門番皇帝ドレスとして、膝をつくことは許されない!」



 互いの放つ無数の斬撃と刺突が閃光と火花を散らし、衝撃波とともに周囲の長方形の建物が次々となぎ倒されていく。


 同時に不気味な重苦しい震動が何度も大気を、次元を揺らし、その頻度は人体の鼓動のように早まっていった。



「門番皇帝ドレス! 貴様との因縁もこれで終いだ! 我が門番の魂にかけて命じる――全殺しの槍キルゼムオールよ! 今こそその力を俺の前に示せ!」


「僕は嬉しいよ! 君はいつも僕の想像のはるか上を行く! でもだからこそ――だからこそ僕も君に負けるわけにはいかない! 全殺しの剣スレイゼムオールよ! その身に宿す光を我が前に現わせ!」



 瞬間、世界が紅蓮と純白に染まった。


 空中で激突した因果地平の彼方まであらゆる全てを吹き飛ばす力と力の激突。


 それは、宇宙を、次元そのものを大きく震撼させ、後戻りすることのできない決定的な痕を残したのだった――。


 



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