弟子になる門番


 バダムとの戦いから二日後。


 今、日が暮れたナーリッジの大通り沿いには大勢の人々が集まっていた。



「それでは、我らが偉大なる門番ミズハ・スイレンの勝利を祝って! 乾杯!」



 そのかけ声と共に町中に響き渡る歓声。


 ナーリッジの至る所で花火が打ち上げられ、笑い声が響き、ミズハを称える歌が聞こえてくる。


 バダムの凶行によって混乱と絶望に陥っていたナーリッジも、今ではすっかり元の姿を取り戻していた。



「万事解決! うまく行って良かったですねぇ」


「そうだな! やはり街というのはこうでなくては!」



 すっかりお気に入りとなった馴染みのレストランからその様子を眺めるヴァーサスとリドル。


 二人の前には小さなエビに衣をつけてサクッと揚げられたシュリンプと、サラダが用意されていた。



「しかしレイランド卿も無事で良かった! あんなものを偶然拾ったというのは災難だったがな!」


「偶然……ですかね? 私が思うに、あれは多分レイランド卿とあの石像の波長が合ったんだと思いますよ。ああいういわく付きの品にはそういう話よく聞きますから」



 レイランド卿はバダム討伐から半日後に何事もなく目を覚ました。

 街の人々には配信が行われていた戦闘でバダムが倒されたことになっている。


 別の本体があり、しかもその本体がレイランド卿のコレクションの中にあったという事実は知られていない。


 事と次第によっては領主に報告することも考えていたリドルだったが、目を覚ましたレイランド卿はまるで憑きものが落ちたようにスッキリとした様子になっていた。



「あれは一ヶ月前に街の外で見つけたのだ……取引から帰る途中、何度も通ったはずの道に突然あらわれた……私は値打ち物ならば儲けものとあの石像を屋敷に運ばせたのだが……」



 レイランド卿が言うには、その石像を手に入れた後から不思議と商売はうまく行き、疲労も感じずに仕事にも以前より打ち込むことができたという。


 若い頃に感じていた万能感が蘇り、自分はなんでも出来るという思いが日増しに強くなったと。


 今から考えれば、それもあの石像がレイランド卿にもたらした力だったのかもしれない。



「だが一ヶ月前とはな……丁度俺がナーリッジに帰ってきたのと同じ頃にあんなものが一緒にやってきていたとは驚きだ」


「そこについては実は思い当たる節がありまして……多分あの石像、私の門がどっかから連れてきちゃったんじゃないかと……たはは」


「な、なんだと!? そういうものなのか!?」


「いやはや……私もずっとなんとか出来ないかと色々やっているんですけどね。実はヴァーサスの前の門番の方は、そのあたりも含めて門を外から見えなくしたり、力を弱めたりしてくれていたのですよ。でもその方がいなくなってしまったので……」


「そうだったのか……だから突然こんなことが……それは困ったな」


「ええ……まだ暫くかかりそうです。内緒ですよ? そんなことが知られたらせっかく私が必死こいて築き上げたこの町での好感度が台無しですから!」


「そうだな! ならば俺も周囲への警戒をより一層強めることにしよう!」



 心底困り果てたという顔で頬杖を突くリドルに、ヴァーサスは力強く頷いた。

 


「あ、いたいた! リドルさん、ヴァーサスさん!」


「ど……どうもです!」



 そんな二人のところへ、きっちりと正装を身につけたクレストと、フードを深々と被り、顔の半分をマスクで隠したミズハがやってくる。



「おお! クレスト殿とミズハ殿! よくき――」


「しーーっ! 静かに! ミズハさんがここにいるなんてバレたら一瞬で人混みに潰されちゃいますよ! ヴァーサスはただでさえ声がむちゃくちゃ大きいんですから」



 やってきた二人を視認したヴァーサスは勢いよく席から立ち上がり、大きく手を振って二人を出迎えようとする。


 だがそんなヴァーサスの行動を予測していたかのように、リドルは凄まじい速度でヴァーサスをがっしと抱き捉えて再び着席させると、その大きな口に手を当てて声を封じた。



「もごご……そうであった。すまん……」


「す、すみません……っ! 私のせいでご迷惑おかけします……」


「いえいえ! お二人もなにか頼みますか?」


「あ、僕は大丈夫です。もういっぱい食べてきたので」


「私もそうです。朝からずっとパーティーで……ようやく抜け出すことができたんですよ」


「あらら。さすが英雄様ともなると大変そうですねぇ」



 料理を勧めるリドルに、疲れ果てた表情を見せるクレストとミズハ。


 二人はバダムを倒したあとから延々と続く祝勝パーティーにすっかり辟易とした様子だった。



「今回の事……本当にありがとうございました。リドルさんとヴァーサスさんに助けて頂いていなかったら、今頃ナーリッジはどうなっていたか……」


「いいんですよ。おかげで私も初めて実況配信というのをやってみましたが、なかなか楽しいですね! すっかりハマってしまいました!」


「な、なに!? リドルはあれで初めてだったのか!? とてもそうは見えなかったが……」


「リドルさん凄いです! 後で見たら、配信中のメッセージでもリドルさんの実況大好評だったんですよ! 私よりずっと才能あります!」


「ふっふっふ……ついに世界が私という才能を見つけてしまいましたか……!」



 額に指を当て、瞳を閉じてなにやら意味がありそうなポーズで笑うリドル。

 そんなリドルをミズハは目を輝かせながら見ていた。



「あの……もしよかったら私のチャンネル、リドルさんが使いませんか? 私は暫くお休みしようと思っているので……」


「え? いいんですか?」


「なんと……今の門番にとって門番配信は必須だと言われて俺は試験に落ちた。そんな大事なものを休んで大丈夫なのか?」


「……私、わかったんです。配信で大勢の皆さんに応援してもらえるのも勿論嬉しいし、沢山の人の目に触れるのも門番としてとても大事なことです。でも、それは別に焦ってやることじゃないって……たとえ遠回りになったとしても、今の自分が本当にやりたいことをしようって、そう思ったんです」


「そうか……ミズハ殿は自分の道を見つけたのだな」



 ミズハはその透き通った銀色の瞳でまっすぐにヴァーサスを見つめた。


 もう彼女の表情にはかつてのような張り詰めた色はなく、ミズハ本来の幼さの残るやわらかな美しさが自信と共に湛えられていた。


 そんなミズハの様子に、安心したような笑みを浮かべるヴァーサス。

 だが、その次に発せられたミズハの言葉はヴァーサスの表情を一変させた。



「はい! 私決めました! ヴァーサスさん、私をあなたの弟子にしてください!」


「ぶふぉっ! で、弟子だと!?」


「私、ヴァーサスさんのように強く……! ううん……強さだけじゃなくて……心も、考え方も……全部ヴァーサスさんみたいになりたいんです! お願いします! なんでもしますから! 私を弟子にしてください!」


「ま、待て! ミズハ殿の気持ちは嬉しいが、俺はまだまだ未熟! 弟子を取るような腕では……」


「そんなわけあるかーい! ヴァーサスより強い門番とか世界中探してもいませんよ!」


「そうですよ! お願いします! 師匠っ!」


「し、師匠ではない! 俺は断じて弟子は取らんぞ! 取らんといったら取らん!」


「私は本気です! 弟子にしてくれるまで師匠の傍を離れませんからっ!」


「な、なんだと!?」


「師匠っ!」



 言いながらミズハはヴァーサスへと真剣な表情で縋り付く。


 困惑顔のヴァーサスはなんとかミズハを引きはがそうとするが、ミズハは巨大な竜すら一刀の元に切り伏せる天才門番である。なかなか引きはがすことは出来ない。 



「(ふむ……さっきは思わず突っ込んでしまいましたけど……見てたらなにやらムカムカしてきました。胃もたれでしょうか……ムカムカ……)」



 しがみつく勢いで迫るミズハに完全に押された様子のヴァーサス。

 そしてその横で難しい表情を浮かべるリドル。


 一人その様子を見ていたクレスト少年は、心の中で静かに涙を流していた。



「(あのときははぐらかされたけれど……こうして見てるとやっぱりリドルさんはヴァーサスさんのこと……悲しい……)」



 四者四様の心模様を描きながら、ナーリッジの夜は更けていく。


 絶望から解放された人々の喜びの声は夜が明けても続き、そのまま三日三晩の大宴会となった。


 そしてその宴会が終わる頃。


 結局ヴァーサスはミズハを弟子にしたのであった――。





『門番VS戦士バダム ○門番 ●戦士バダム 決まり手:終の太刀 月華睡蓮』 





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