同棲する門番


 解放されていた巨大な門が大きな音と共に閉じられていく。

 先ほどまでの強烈な日差しが消え、あたりに暗闇が戻る。



「いやはや、引き受けて頂きありがとうございます。実は先日欠員が出たので困っていたのですよ」


「礼を言うのは俺の方だ。リドル殿、これから宜しく頼む」


「リドルでいいですよ。私もヴァーサスって呼んで良いですか?」


「好きに呼んでくれ! リドルは俺の雇用主でもあるのだからな」



 笑顔で視線を交わし、固く握手をするリドルとヴァーサス。

 ぶんぶんと握った手を上下に振ってから離すと、二人は揃って上を見上げた。



「しかし――」


「――ちょっとこれは困りましたね」


『GYAAAAAAAAAA!』



 なんとそこには、先ほどまではいなかった巨大な存在が立ち塞がっていた。


 赤く分厚い体表を持ち、その場にいるだけで周囲に熱気をもたらす邪悪な竜。

 その全長は三百メートルはあるだろうか。

 

 俗にレッドドラゴンと呼ばれるそれは、数多の竜族の中でも上位の種。

 討伐するには一国の軍隊が必要とも言われるソレが、二人の前で大気を震わせる雄叫びを上げたのだ。



「困りましたねぇ……以前はこのような方は来なかったのですが……」


「なるほど。ならば君はこの竜に門の通行は許可していないということだな?」


「え? あ、はい。そうなりますね」


「わかった。少し下がっていてくれ」



 槍と盾を構えたヴァーサスは、リドルを庇うようにしてレッドドラゴンの前に進み出る。


「俺の名はヴァーサス、この門を守る門番だ。貴殿にこの門の通行は許可されていない。大人しく立ち去られよ!」


『GYEEEEEEEE!』


「な、何やってるんですか!? そんなこと言っても聞いてくれませんって!」


「どうやら立ち去る気はないようだな――!」



 その瞳をらんらんと輝かせ、満面の笑みで声を張り上げるヴァーサス。

 目の前のレッドドラゴンにも全く気圧される様子は見えない。



「あのー……もしかして……やっちゃうつもりですか?」


「リドルはそこで見ていてくれ。俺を門番として選んだ君の目が間違っていなかったこと、今ここで証明してみせよう!」


『GYAAAAAOOOOO!』



 瞬間、血走った瞳をギロリと向け、レッドドラゴンが灼熱のブレスを撃ち放つ。


 レッドドラゴンの炎の温度は数万度にも達する。

 炎を浴びた地面が一瞬で蒸発するほどの凄まじい熱量。

 人間など一瞬で消し炭にされてしまうはず、だが――。



「いい炎だ! しかし!」



 レッドドラゴンの目が驚愕に見開かれる。

 ヴァーサスは灼熱の炎を容易く砕き、一瞬で遙か上空の竜の目の前に現れたのだ。


 だがレッドドラゴンの力は灼熱のブレスだけではない。

 強靱な防御力を持つ皮膚もまた、レッドドラゴンの強力な武器である。


 この人間の持つ貧弱な槍が皮膚を貫けず砕けたところを、一飲みにしてやろう。


 レッドドラゴンはそう考え、笑った。



「はぁあああああああ!」



 瞬間、銀閃が奔った。


 レッドドラゴンの視界が、ゆっくりと斜めにズレていく。



 今だ、食え、食ってやるぞ!



 レッドドラゴンはそう思い、その大きな口をぱくぱくと開け閉めする。

 だが、その口の距離は徐々に離れていき、最後には上下にぱっくりと割れた。



 レッドドラゴンは死んだ。



 巨体がぐらりと揺れ、凄まじい轟音と共に倒れた。

 森の木々がなぎ倒され、その衝撃でリドルは軽く腰の高さまでふわりと浮かんだ。



「大人しく立ち去ればよかったものを……警告はしたぞ」


「はわわ……お強いとは思っていましたが、まさかこれほどとは……いやはや、驚きました……」


「この十年、門番になるためだけに修行を重ねてきた。たとえどんなことがあろうとも、俺は門番として立派に働いてみせる!」



 ヴァーサスはそう言うと、レッドドラゴンの死骸の上で拳を握り締めた――。



●    ●    ●

 


「――くぅうう! これが門番として働く気持ちか! 最高だ! 最高すぎる!」


「本当に元気な人ですね。門番になれたのがそんなに嬉しいんですか?」


「嬉しい! 門番は俺の夢だった! 嬉しくないはずがない!」


「そ、そうですか! 喜んで貰えたようで私も嬉しいですよ。たはは……」



 レッドドラゴン撃破から暫くして――。


 リドルはそのままヴァーサスを連れ、門のすぐ傍の小さな小屋へと案内していた。


 小屋の中には壁際に寝台が二つと大きな書棚が一つ。

 中央には食器や調理器具を入れる大きな籠と二人がけのテーブル。

 奥には調理用のかまどや器具が置かれた空間が。

 そして部屋の手前には物書き用のしっかりとした机が一つ用意されていた。



「普段はここで寝泊まりして頂きます。水はすぐ傍に井戸がありますのでそこで。必要な食料なんかは私とあなたの二人で交替で取りに行く感じですね」


「む? 二人でとは?」


「あ、言い忘れてましたが、ここ私の家でもあるんですよ。他に寝泊まりできる場所はないので、ヴァーサスもここに住んでくださいね。少し狭いですけど……まあなんとかなるでしょう!」


「ば、馬鹿な! 男と女が一つ屋根の下で寝るなど、それではまるで婚姻関係ではないか!」



 リドルの説明に顔面どころか全身を真っ赤にしてヴァーサスが叫ぶ。


 ヴァーサスのその慌て振りにリドルは驚いたような表情を浮かべたが、すぐに何かに思い至ったのかニヤニヤと笑いながら距離を詰めてくる。



「あらら? もしかしてヴァーサスってそういうの全然未経験な感じですかね?」


「……恥ずかしながらその通りだ」


「ほっほーう。それは興味深いことを聞きました。あんなにお強いのにそっちの経験はなし、と……」



 リドルはにやついた笑みのまま、まるで品定めするようにヴァーサスを眺めた後、耳元に唇を寄せてそっと呟いた。



「同じベッドで寝ます?」


「ぐぬぬ! 馬鹿にするな! こんな部屋にいられるか! 俺は外で寝る!」


「あははは! ごめんなさい、冗談ですよ! 外は寒いですから、ちゃんとベッド使ってください!」



 美しく輝く月明かりの下。

 オレンジ色の暖かい光が漏れる小屋に二人の影が浮かぶ。


 これが、これから始まるヴァーサスの長い長い戦いの日々の始まりだった――。




『門番VS就職 ○門番 ●就職 決まり手:就職成功』 

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