第一部 門番と門

第一戦 門番VS 就職

就職できない男


 世は大門番時代――!



 伝説の門番クルセイダスが魔王の軍勢を討ち滅ぼしてから三十年。


 今や世界中の権力者たちはこぞって優秀な人材を門番に立たせ、自らの財力と人望を誇示することに躍起になっていた。


 戦士も、魔法使いも、神官も、盗賊も、格闘家も、あらゆる職業全てが門番になるための通過点に過ぎず、勇者という存在はいつしか門番にその立場を奪われ死語となった。


 権力者たちは門番を求め、門番を頼った。

 民衆もまた門番を求め、門番を頼った。


 門番という存在は、あらゆる人々にとって英雄そのものとなっていたのだ。


 そして、そんな時代のとある街で――。



「懐かしいな。ここに戻るのも十年ぶりか!」


 大陸の西端に位置する貿易都市、ナーリッジの中央通り。

 多くの人々で賑わうその光景を前に、不敵な笑みを浮かべる青年がいた。


 彼の名はヴァーサス。姓はない。二七歳。人間。性別は男。


 このナーリッジで生まれ、最強の門番となるべく十年もの修行を積んでたった今帰ってきた男である。


 サビと泥で汚れた銀色のプレートメイルに身を包み、兜から覗く顔はぱっと見端正で眼光こそ鋭いものの、鎧と同じく泥まみれでみすぼらしい。


 背中には大きな盾と槍が背負われているが、どちらも傷だらけで一見するとゴミを背負っているようにすら見える。


 彼の今の姿は、端的に言うと鎧を着た浮浪者であった。


「早速この俺を門番として雇ってくれる者を探すとしよう! 俺ほどの強さとなれば、きっと引く手あまたであろうがな! ハーッハッハ!」


 ヴァーサスはそう言うと、手に持った麻袋を抱え直して意気揚々と歩き出していった――。



●    ●    ●

 


 ――そして半日後。



「ば、馬鹿な……っ!」


 日が暮れたナーリッジの街。遠くでカラスの鳴き声が聞こえてくる。

 街の広場にある噴水の横に腰掛け、ヴァーサスはがっくりと肩を落としていた。


「なぜ門番に歌やダンスが求められるのだ!? 俺が修行していた十年で何が……」


 この日、ヴァーサスは数多くの屋敷を訪ねて門番としての就職活動に勤しんだ。 

 だがその結果は見るも無惨なものだった。


「――では、まずは自己紹介と今までの職歴を」


「よく聞いてくれた! 十年ほど各地を旅して修行をしていた。どんな相手が来ようとも門を守り抜く自信があるぞ!」


「修行? それって十年間も無職だったってことですか? どうぞお帰りください」


 また別の屋敷では――。


「今から門番としての適正テストを始めます。まず最初は歌の試験です」


「歌? それが門を守ることと何の関係がある?」


「今の時代、ただ強いだけの門番など腐るほどいます。この屋敷の門番には、歌って踊れる華やかなカリスマ性が必要です。自己プロデュース力も重要ですね」


「むう……歌はともかく、踊りの心得はないのだが……」


「そうですか。ではお引き取りください」


 ヴァーサスは全ての屋敷でこのように断わられ続け、たった一日でナーリッジ中の有力者への就職活動は終了してしまった。


 年齢、容姿、職歴、家柄、尊敬される人柄に、プラスアルファとなるオンリーワンのスキル――。


 全てを守り抜く強さだけを追い求めてきたヴァーサスにとって、この過酷な大門番時代で求められる多岐にわたるスキルの水準は、あまりにも高すぎる壁だった。


「まさか、俺は門番になれないのか……?」


 立ち塞がる無情な現実に、ヴァーサスは肩をふるわせて悔しがった。

 だが、その時である。


「きゃー! 泥棒、泥棒です! 誰か!」


 広場に大きな叫び声が響き渡った。


 見れば、武装した男が少女から大きな荷物を奪って走り去ろうとしている。

 おそらく傭兵崩れか何かだろう。


 男はしてやったりとニヤついた笑みを浮かべてその場から走り去ろうとする。

 しかし、その目論見は一瞬で失敗に終わった。


「お嬢さん! 君の荷物はこれでいいかな?」


「え? あ、はい――そ、そうです――」

 

 一瞬。本当に瞬きした次の瞬間だった。

 少女の前には、自分へと荷物を差し出しながら笑みを浮かべるヴァーサスがいた。


 おそるおそる少女がヴァーサスの背後へと目を向けると、そこには先ほどの暴漢が噴水に逆立ちの姿勢で突き刺さっていた。

 

「近頃のナーリッジは治安が良いと聞いていたが、どのような街でもああいう悪漢はいるものだ。もう日も暮れる。気をつけて帰るといい!」


「あ、ありがとうございました! あの、もしよければお名前を――」


「俺の名はヴァーサス! 最強の門番を目指している者だ!」 


 笑顔でお礼を言い、何度も手を振って夕暮れに小さくなっていく少女の姿を見送りながら、ヴァーサスは再び自分の心が沈んでいくのを感じていた。


「最強の門番、か……いまだ門番にすらなれないというのに。情けないことだ……」


 自嘲気味に笑うヴァーサス。


 この十年、立派な門番になるためにあらゆる苦難を乗り越えてきた。

 何度も生死の境を彷徨い、訪れた先で人々を襲う様々な邪悪と戦ってきた。


 それらは全て、門番になるためだった。


 だが、この熾烈な門番への就職競争は、ヴァーサスが今まで倒してきたどんな邪悪よりも手強く、為す術がないようにすら思えた。


 ようやく守れる。

 門番として、意味のある存在を命を賭けて守り抜ける。


 そんな希望に満ち溢れていたヴァーサスの心は、今のこの夕暮れの日差しのように沈もうとしていた。だが――。


「ふむふむ……なかなかの身のこなし。あなたならもしかすると……」


 いつからそこにいたのだろうか。

 

 振り向いたヴァーサスの目の前に、青を基調とした平服に赤いネクタイが印象的な、短い髪の少女が笑顔で立っていた。


「――? 君は誰だ?」


「これは失礼しました! 私はリドル・パーペチュアルカレンダー。実は今門番を探しておりまして……どうでしょう、貴方さえ良ければ私の門を守ってくれませんか?」


 赤い夕日に照らされた広場の中。


 リドルと名乗ったその少女は、挑発的な紅い瞳をヴァーサスへと向け、品定めするようにそう言った――。

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