第103話同伴者

ある日の夕暮れ時、小川洋子は永倉にお願いをした。


「お願い?なんだ?」


洋子の左腕は永倉のたくましい腕に回している。


「毎月、視覚障碍者の集まりがあるのです。何時も母親が同伴してくれるのですが、母の負担になっていますし、できるなら永倉さんのような方に同伴してくれると助かるのですが」


「何の事は無い、付き添い、誘導すればいいのだろう」


洋子の声が明るくなった。


「じゃあ、お願いしても良いんですか」


「良いぞ」


洋子の喜びようは永倉も驚くほどであった。


「このような理由で夜間の外出を許可して頂きたくお願い申します」


永倉は近藤に許可を得ようとした。


「良いのではないか?斉藤君など夜毎よごと出掛けるしな」


近藤は土方に話を向けた。


「そのような理由であれば許可しない理由は無い」


一から十まで必ず局長、副長に律儀に報告をする永倉は二人の信頼が厚い。

土方が言った。


「して永倉君、電車の乗り方は知っているのか」


「はい、承知しております」


「人の命を預かるのだ。油断せぬように」


当日。


いつもの待ち合わせ場所から二人は駅へ向かう。永倉は洋子の歩幅に合わせるように歩く。


「永倉さんは視覚障害の介護の経験は有るのですか?」


「無いが私の身のたけと君では歩幅が違う。君に合わせて歩いているだけだ」


洋子は驚いた。


「永倉さんは介助者に向いているのかも知れません」


「ふうん、なれるものかね」


洋子の母親が書いてくれた地図を見つつ、目的地まで無事に着けた。市の文化ホールの会議室を借りて行われる集まりは、視覚障碍者の貴重な集まりであり、近況報告をする場でもあった。


会場の後ろに下がり、永倉は洋子を見つめている。洋子は楽しそうに喋っている。静かに永倉はそれを見ていた。集まりが終わり、帰途きとに着いた。


「どうだった」


「みんな元気そうで良かったです」


そうか、と言って洋子の家まで見送った。小野田家に戻り、居間にて夕食を一人食べているとテレビのニュースで報道された内容を見て永倉は愕然とした。視覚障碍者が駅のホームから落下して死亡したとアナウンサーが言った。


「一体、駅のホームに居た人間は何をしていたのだ」


永倉は洋子の顔を思いつつ夕食を食べ終えた。洋子が駅のホームに立つのを想像すると自分には何も出来まいと沈んだ気分になった。

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