第57話菊一文字

沖田は道場で自分の差料さしりょうの手入れをしていた。入院している間は近藤がしてくれていた。細身で反り腰高く、波紋が美しい。皆は菊一文字則宗きくいちもんじのりむねと言うが、沖田は


「これは贋作がんさく


と思っている。古刀の名作と名高い菊一文字がそうそう手に入るものではない。であるから近藤や土方のように売りに出す事も出来ない。しかし良く切れた。沖田にはそれで十分だった。銘などに価値を付けるのは沖田からしてみればおかしな話である。刀として切れればそれで十分なのである。沖田はそういう人間である。


「や、菊一文字の手入れかね」


永倉が声を掛けてきた。


「ええ、久しぶりですから」


沖田は答えた。


「局長や副長、斎藤君のように売りに出せば沖田君も気軽に遊べるだろう」


「いや、こんな名刀、そう簡単に売る物では無いですよ」


出していると永倉との話が長引きそうなので刀を仕舞う事にした。小野田家では刀は人目の付かない時に手入れをし、その後は必ず刀箪笥かたなたんすにしまう事に決まっていた。沖田は近藤が虎徹を手に入れた喜びようを見ていた。それほどの喜びであった自分の差料を隊士の為に売ったと言う事実が沖田の胸に去来するものが有る。沖田も含めて幹部は刀を複数所持した。刃こぼれなど修理を必要とする場合の予備にするためだ。


「土方さんも売るなんて‥」


土方は冷静に物事を考える人だ。冷静に考えて兼定かねさだを売ったのだろう。現に現代では刀など必要ない。襲われる事も襲う事も無いのである。まったく平和である。病も治り、一番隊隊長として活躍できる準備は整えつつある。未だ服薬をする身であるが、激務をこなせる自信はある。不治の病であった労咳を現代の医学で治療できたのである。道場に戻ると吉村が居たので声を掛けた。


「吉村さん、ちょっと一汗かきませんか?」


吉村は喜んで引き受け、沖田と吉村は道場中央で対峙した。沖田の快気かいきを何より喜んだのは近藤であった。離れた位置から沖田を見た近藤は


「良く戻ってきてくれた」


と心で思った。

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