誕生日にまつわる様々な確率(誕生日のパラドックス)
数学や物理、哲学では「パラドックス」とつく言葉が数多くある。無限ホテルのパラドックス、双子のパラドックス、シンプソンのパラドックス、自己言及のパラドックス等々……。
今挙げた4つはある程度の知識がないと理解するのは難しいが、少ない予備知識で理解できるものとしては誕生日のパラドックスが挙げられる。
「例えば、ある学校のクラスに30人の生徒がいるとする。クラスの中に同じ誕生日のペアがいる確率は何%だろうか。ただし閏年は考慮しない。愛華、大体でいい。何%だと思う?」
「そうだなぁ。30人だから同じ誕生月の生徒は最低でも3人はいるわけでしょ。でも、日も同じじゃないといけないから確率はそんなに高くなさそう」
なかなか面白い考え方だな。鳩ノ巣原理を使ってきたか。成宮は「へぇ」と小さく呟いた。
「20%ぐらいかな。正直自信ない。で、実際の確率は?」
「約70%。より正確には70.6%だ」
俺が答えを言うと愛華は目を丸くして「え」と素っ頓狂な声を出した。成宮は特に驚いた表情を見せない。まあ、こいつは答えを知っていただろうから当然と言えば当然か。
「そんなに高いんだ。たった30人で?」
「ああ。ちなみに同じ誕生日のペアができる確率が50%を超えるために必要な人数は23人。思ったより少ないだろ?」
「めっちゃ少ないじゃん。30人でも70%超えるんだったら50人集めたら90%超えるんじゃないの?」
「いや、50人も必要ない。41人だ」
直感では多くの人数を要しそうだが実際には23人で確率は50%を超える。これが誕生日のパラドックス。
確率を計算するには余事象を使う方法がメジャーだ。つまり、1からn人(nは自然数)の誕生日がすべて異なる確率を引けばいい。確率をP(n)として式で表すと
P(n)=1-(364/365)・(363/365)・(362/365)・……・((365-n+1)/365)
n=23でP(23)≒0.5073、n=50だとP(50)≒0.9704になる。
「多くの人は自分の誕生日と同じになる確率と混同してしまう。直感に反するように感じるのはそのせいだろうね」と成宮。
「自分の誕生日?」
成宮は頷いて続ける。
「誕生日のパラドックスは要約すると『集団からランダムに2人選んだとき同じ誕生日のペアができる確率が50%を超えるには何人必要か』というもの。『自分の誕生日と同じになる確率』となるとさっきよりだいぶ低いよ。具体的な数字はわからないけど。安藤は知ってるかい?」
「さすがにそこまでは知らない。今から計算する」
俺は言って鞄から計算用のスマホとノートを取り出した。筆算はまず無理だ。
自分の誕生日と同じになる確率は、1から自分の誕生日と異なる確率を引けばいい。その確率P(n)は1-(364/365
n=23でP(23)≒0.0586、n=50だとP(50)≒0.1258
「50%を超えるために必要な人数は254人らしい」
「誕生日のパラドックスが23人だから10倍ぐらいか」
「約11倍だね。あと一人少なかったらピッタリ11倍だったんだけど。なんにしてもかなり差があるね」
これも直感で当てるのは難しいな。思ったより値が大きい。と、成宮がふいに提案してきた。
「せっかくだからもう少し項目を増やして計算してみないかい? 『誕生日と血液型が両方一致する確率』とか」
「それ面白そう。でもどうやって計算するの? さっきと一緒?」
「同じだ。分母と分子の値だけ変えればいい。さっきは365だったけど血液型も考慮すると4倍で1460通りだ」
つまり、P(n)=1-(1459/1460)・(1458/1460)・(1457/1460)・……・((1460-n+1)/1460)
「小数第2位を四捨五入して、45人のときに約49.6%、46人で51.2%」
「人数はさっきの2倍だけど、それでも少ない」
「んで、60人で70.8%、69人で80.5%、82人で90.2%」
結果を伝えると、愛華が「ん?」と首を傾げた。
「どうした」
「人数が全部2倍になってない? 誕生日だけで計算したときは23人で50%、30人で70%、41人で90%を超えるんだよね」
「あ、ああ……」
誕生日のパラドックスでは35人でペアができる確率が80%を超える。およそだが確かに2倍だ。愛華は成宮の方を見た。成宮は慌てて首を振る。
「僕はなんとなく提案しただけだよ。こんな結果になるなんてまったく思わなかった」
「項目をもっと増やしたらどうなるんだろう。あ、でも毎回計算するのは面倒だね」
「50%を超える人数を求めるだけなら便利な式がある」
全ての組み合わせをn、人数をkとして
k=√log4・√n
「これは自然対数だからlog4の底はeだ。値は約1.1774」
「自然対数って何?」
愛華の問いに俺と成宮は顔を見合わせた。一から説明すると確実に話が脱線しそうだ。
「ネイピア数を底とした対数……って言ってもピンと来ないよね。まあ、今回の話とは関係ないから知らなくても問題ないよ」
「ふぅん。で、このnに数字を代入すればいいの?」
「そうだ。n=365を代入すると22.49、n=1460を代入すると44.99になる」
整数を繰り上げるとそれぞれ23人と45人。後者は誤差が出たけど許容範囲内だろう。ふと式を見て俺はあることに気付いた。
「さっきの結果だが人数がすべて2倍になったのは、nの値が4倍になったからだろうな」
「え、どういうこと?」
「4の平方根は2だ。これが血液型じゃなくて性別だったら2の平方根で約1.4倍になるはずだ」
「なるほどね。じゃあ、血液型を出身国に変更したらおよそ14倍か」
国際連盟加盟国が確か193。
「少し複雑になるがさらに正確な値を求める式がある」
(1/2)+√(1/4)+2n・log2
成宮は愛華を一瞥して俺に小声で訊いてきた。
「……これも自然対数?」
俺は小さく頷く。
「じゃあさ、この式使って世界中から人を集めたときに、誕生日と血液型と出身国が全部一致する確率が50%を超えるのに必要な人数求めてみようよ」
「いいね。全部の組み合わせは365・4・193=281780か。安藤の言葉通りなら約28倍だから……640人ぐらいかな」
(1/2)+√(1/4)+2・281780・log2≒625.50
「悪くないね。626人でいいのか」
「もっと項目増やして……」
「もういいだろ」
どんだけ計算する気だお前ら。
参考文献
イアン・スチュアート 水谷淳訳『魅惑と驚きの「数」たち』SBクリエイティブ 2016年
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