100年後の幻想楽園《ファンタジア》~異世界最強のアラフォー戦士、全ステータスをポンコツ少女に持っていかれレベル1の最弱アンデッドになるけど実は無双レベルで強い説が有効のようです~

多部栄次(エージ)

序章 最強の敗北、そして最弱の復活

第1話 Level100 ―人類最強の男が望むこと―

「この俺に敵うわけがないだろう」


 吐き捨てた一言はひどく冷たいものだったに違いない。それをあたためるかのように、目の前に誰かの赤い体温が飛び散った。


 命を奪うことに何のためらいもない俺は、それを汚いものでも見るように目をひそめる。もう慣れてしまった耳は悲痛の声や断末魔すら聞き流してしまう。


 蔓延はびこる戦火も。

 死体の数々も。

 火薬の臭いも。


 すべて慣れ親しんで尚、ひどい有様だ、とは思う。人間的なところはいまだ残っているようだ。


「ひっ、ひるむな! たったの一人ぐらいすぐに打ち倒せ!」

 その声がすでにひるんでいるのだが、懲りることなく次々と黒い魔導装束を羽織った男どもがとびかかってくる。影のような黒装束の下にはひどく硬い武装で身を守っており、繰り出される武器と魔術、戦法は多岐にわたるだろう。


 剣か、拳か、魔弾か。しかしいずれも繰り出しが遅い。視界の中に、ぼんやりとした光で半透明に映る人数分のとある数値。すべての攻撃をよけ切った俺は。


「これで”レベル80”とは残念極まりない」

 そうつぶやき落とし、ガィン……と大剣を割れた石畳に響かせた。それを合図に、襲い掛かってくる者すべての肉体が赤く花開き、二つに裂けては耳障りな音を立てていく。斬られたことすら気付かない程度では相手にならない。


 これ以上の戦いは無駄だ。

 手を空へかざすと、魔法光によって一枚の巨大な半透パネルが生じ、浮かび上がる。そこには、俺の人生の履歴すべてといっても過言ではない――"ステータス"が表示されていた。


【STATUS】

・Name:Lattice Leagueman (ラティス・リーグマン)

・Level:100

・Age:42


【PARAMETER】

・HP(ライフ):99034/99999

・MP(マナ):98942/99999

・AP(攻撃総数):99989

・DP(防御総数):99953

・SP(速度総数):99975

・PP(体力総数):99117/99999

・LR(運勢階級):A

・RANK:S


【SKILL】

・特性

《総合回復魔法:S》《聖域加護:S》《生命超越:S》《自己治癒:S》《能力可視:A》《感知:A》《万視:A》…etc.

・耐性

《物理耐性:S》《魔法耐性:S》《呪術耐性:S》《病原耐性:A》…etc.

・通常

《斬撃:S》《打撃:S》《精神:A》《魔法:A》…etc.

・称号

《軍神畏る天災》《人類最強》《大罪人》《英雄殺し》…etc.


【TITLE】

・英雄(戦士)


「な、なんだあのステータスは……!?」

「うそだろ、”レベル100”!?」

世界最強生物ドラゴン・ゼウスでさえ95だというのに」

「伝説じゃなかったのか……っ」

「人間じゃねェ、化け物だァ!」

 

 瓦礫の小山のふもとから見上げている蟻のような集団は、一斉にどよめき始めた。

 努力の結晶。開花した才能の数々。そして、ラティス・リーグマンという男の最終到達点。

 これが、今現在の俺の強さを数値化したものだ。こいつらの反応を窺えば、相当お目にかかれない数値であると、ある種の達成感と優越感を覚える。


「これでも尚、俺に挑む気のある愚勇やつはかかってこい!」

 大剣を掲げ、戦渦の中心で叫ぶ。

 ひるみ、後退した者もいないわけではない。だが、なにかしらの大きな使命でもあるかのように、恐れても男たちは俺に立ち向かってきた。


 襲撃が日常と化したのはレベルが90に達した時からだ。

 強さを求める挑戦者、恨みを買った組織や軍、そして貴族。称賛を浴びてきたことも皆無ではなかったが、脅威の対象として見られることのほうが多く、好き好んで寄ってくる物好きは敵以外でほとんど見かけなかった。今回の一軍も、脅威として排除すべき存在として俺を討ち取りに来たのだろう。結果はいつもと同じ、返り討ちに合わせただけだが。


 とはいえ、いくらレベルが80だろうと90だろうと、虫のように群がられてしまえばさすがの俺も苦戦を強いられる。静かに切れる息を大きく吸い込み、深く吐いた。


 召喚された神獣と邪竜共の死骸、数多の人工合成巨獣の四肢に臓物、どこから仕入れてきたのか、技術大国の魔導軍兵器とかいう鋼鉄と魔鉱石の塊に、深々と刻まれ、穿たれた大地……死屍累々を弔う戦火をかき分けながら、ある場所へ歩を進めた。掲げた手より発動した水魔法は空昇る雲となり、やがて雨を降らせた。


 直ちに炎が静まり返り、あたりは雨でより閑散とした景色へと変わる。わずらわしい音を聞き流し、濡れた瓦礫の中を漁ると、半透明の魔法壁が顔を出した。最大限の防護魔法をかけて守り抜いてきたものがそこにある。


「マヤ、無事か!」

 魔法を一部解除し、中からマヤが顔を寄せてきてくれた。乱暴に扱えば簡単に折れそうな、しかしクリサンセマムのような強さと高潔さをコタルディで纏う、華奢な姿は幾年経てど一度も褪せて見えたことはない。新雪のような真白の髪から覗かせる宝石のようなルべウスの瞳はうら若き頃から何一つ変わっていない。

 俺が唯一心を許せる、かけがえのない大切な愛人だ。周囲の静けさに耳を傾けたマヤは、


「ええ、なんとか……終わったの?」

「まだわからない。……すまない、俺のせいで町が」

 元といえば、俺がいたからこの町は襲われた。マヤとふたりで暮らしていた平和な街。だがその安寧も長くは続かなかった。

 自責に苛まれる俺の頬に、そっと白い手が触れる。血や火とは違う、ひやりとするもあたたかみがあるそれは、優しさを感じさせた。思わず緩みそうな気を、再び引き締めた。


「あなたのせいじゃないわ。あなたがいなかったら、この国や私たちはとっくに滅んでいたのよ……?」

 彼女はやさしい。奇襲とはいえ、平穏な町、そして町の人々を守り切れなかったことにも、今は責め立てないでくれている。強く握れば崩れそうなそのか弱い手に、そっと手を当て、壊れないように優しく握った。


「なかなかお目にかかれない光景だ」

「!?」

 背後からの声に不意を突かれ、マヤを背にかばうように、振り返る。

 まだ残りがいやがったか。


「いやはや、血も涙もない人面獣心にも愛というものは存在していたか」

 そう露骨な皮肉を言ってきたのは神父服スータンを装った銀髪頭のモノクル男。浮かべる不敵な笑みは、余裕という挑発を俺に与えてきていた。さっきの図体だけが取り柄のような奴らよりかはややスレンダーな優男。

 声も若々しすぎず、骨格だけでは年齢を推定しにくい。風貌も振る舞いも落ち着いており、ただ者じゃないアピールを振るってはいるが、さて実力はどうなのか――。


「レベル100……並大抵の生涯では到達できない域にたどり着いてしまったようだが、一体どれほどの魔獣けもの喰ってきた・・・・・

 この銀髪男の言う通り、レベルというものはただの修行や戦闘訓練で飛躍的に上がるものではない。経験則から、戦闘的数値をあげることができる方法は魔物ビーストの討伐、戦争などの実戦経験、過酷極まりない環境での生存等がそれにあたる。あとは禁術法や規制違反魔道具でレベルを無理やり引き上げるくらいか。


「さぁな。おまえは食った肉の数でも覚えているのか?」

「生憎、菜食主義なもので」とつまらない皮肉を返しやがった。

 で、おまえは誰なんだ。そう睨みつける。


「さきほどの集団の統率者エンプロイヤとでも思えばいい。少しは腕の立つ奴らかと思ったが、やはり蟻がいくら集まろうと所詮は蟻というわけか」

「……狙うなら俺だけで十分だろう。なぜ町を襲った」

 しかしその男はかわいそうなことに性根からひねくれているのだろう、こちらの問いかけに一切応じなかった。


「ラティス・リーグマン。あなたは強い。しかし99の壁を打ち砕き、100の域に踏み入れてしまった以上、”神”より裁きを受けなければならない。私はその代理としてあなたを迎えにきた」

「裁きだと……? ふざけるのも大概にしろ。神の教えで人の町荒らしてもいいと思っているのか!」

 地を砕き割らんばかりに蹴り、雷鳴よりも速く駆けた俺は、いけ好かない銀髪男の心臓めがけて、破壊魔法を修飾した大剣を突き刺そうとした。

 だが、それが叶わないと気付いた時には、俺の体が走っていた逆方向へ吹き飛んでいた時だった。


「ッ!!?」

「――っ、あなた!」

 マヤの声が聞こえたような気がした――時には背中と後頭部に強い衝撃が走る。半壊していた民家の壁が粉砕したのだろう。だがそれ以上に、前身が、腹部が痛い。まったくあいつの攻撃が見えなかった。何をしたのかさえとらえることができなかった。


 だが、驚いたのはそこではない。

「がはっ、ぅく……なんだこいつぁ……!?」

 回避率も十分にあった。防御力だって……なにより加護のスキルや防衛スキルが適用されるはずだ。なぜいずれも通用しない。

 そもそも疑問に思っていた。こいつのステータスが読み取れない。いや、ウィンドウはこの目に映されている。


 ――”Level:-”ってなんだ? なぜ数字が表示されない。


「神の宣告は絶対だ。人類は、いや、この世の万物はあるべき枠に収まっていなければならないのだ」

 何事もなかったかのように悠々と歩いてくる男が、距離があろうがこちらを見下してくる。いちいち偉そうで気に食わない。拳を地面へ殴り、腕を立て、がたつく体を起こす。


「わけのわからないことを言いやがる。なんの異能チートを使った」

卑怯チートとは失礼なことを。しかし、あながち間違いではないな」

 スキル無効だとか、武装破壊だとか、防御無視の貫通技はスキルとして決して存在しないわけではない。しかし、それらの対策を施していないほど、俺も落ちぶれてはいない。


 HP:45022/99999――視界内に映った生命維持数値の大幅な減少。ここまで俺にダメージを与えたのは奴がはじめてだ。


 皮肉にも戦の神とうたわれた竜の鱗でできた鎧は砕け、高い防御力も意味をなさなかったかのように、肉体に深い傷を負っている。……意味をなさない? いや、違う。

 ステータスは絶対だ。スキルが通じなくとも、このパラメータに数値の変動がないならば勝算はある。


 レベル100が負けることは絶対に――。

「うぉおおおおぉおおあッ!!」


―――……。


 玉砕、という言葉が最もふさわしいと、こんなときに何を考えているのだろうか。

 笑えてしまう。そのぐらい、今の俺は滑稽なほどまでに――濡れた砂に、血に塗れたぼろ雑巾と化し、地面にキスをしている。

 剣は……どこだ。あぁ、壊れたのか。

 MPマナも枯渇していればHPライフも残り一桁。全身が熱く、そして冷たい感覚は頭をおぼろげにさせる。

 マヤが必死にこちらに呼びかけている。遠く聞こえるが、彼女の肌は感じていた。


「全く、手をわずらわせる」

 男の冷たい声。遠くから聞こえる地面の振動は、おそらく増援。なぜかスキルが発動せず、道具も壊れたとなれば、さすがに厳しい状況だ。


「哀れな男だ。レベル上げにとらわれ続け、いつのまにか禁忌を犯していたことすら、気が付かないのだからな」

 声が近づいてくる。それとは別に、か弱くも、力強い足音がザッと砂埃を散らした。


「来ないで! これ以上ラティスに手を出すなら……っ、私を殺してからにしなさい!」

「……強い女だ。惚れ惚れするよ」

 微塵にも思っていない言葉を吐いたが最後、男の足音がやむ。駄目だ。ここで倒れたままというわけにはいかない。

 その差し伸べた汚い手をマヤに向けるんじゃねぇよ……!

「まだ動けるか」憎たらしそうに男は眉を顰める。


 たぶらかしやがった男の腕を掴んだ。骨の髄ごと握り潰さんばかりに響いた音は、奴の腕ではなく、俺の腕から聞こえてきた。


「ッ!? ぁぎ、がッ……!」

 俺の手から奴の腕どころか、姿さえも消えたと同時。

 枯れた枝のように、右腕が勝手にひしゃげ、腐り、はじけ飛んだ。

 くそったれが、またも何をしやがった。腹立たしい、悲鳴などあげてたまるか。うなり声だと思えてしまう息遣いで、蒸気のごとく大きく息を吐いた。


「マヤ……さがっていろ!」

「あなた! だめ、動いたら血が」

 思わず手を伸ばし駆け寄ろうとした彼女を、左手を出して止めた。大丈夫だと、口を動かさずともその意思は伝わったようだ。


 まだまだだった。迂闊だった。レベル100だからと浮かれていてはならなかった。彼女を不安にさせてしまった俺は、男失格だ。


「心配、するな……俺はレベル100の男だぞ……ハァ……、一瞬で片づけてきてやるから、俺の背中うしろにいろ」

 ヘタに格好つけたことを吐き捨てる。これが精いっぱいだと思うと情けなくなってくる。


 もっと、俺に守れる力があったなら。レベル100を超える実力があったなら。

 せめて、死ななければ。ずっと守れたはずだ。


 死ぬことのない屈強な肉体ならば、ずっと……そばにいてやれた。


「審判のときだ。最期に我らがしゅに懺悔することは」

「クソ食らえだ」


 牙をむき出し、血に汚れた唾を男の前に吐き捨てた。視線だけを落とし、再び俺をにらんだとき。


「愚かな。――やれ」

 男が始末を命じ、無数の殺気立つ足音が迫ってくる。奥歯が砕けんばかりに立ち上がった。故障したマシンとパイプのように、体の節々や口から血が噴き出てきやがった。

 軋む骨に震えて裂ける体。失った右腕から流れ出る血。

 ほとばしる痛みを、自らを鼓舞するような雄叫びでかき消した。その時に生じた魔力は暴れ狂う竜の如く、衝撃波として。先陣切った虫ケラどもを散り散りに消し飛ばした。


 瞳孔をかっ開く。奥歯を砕かんばかりに食いしばる。背中に感じる唯一のやすらぎ。懲りることなく前から押し寄せてくる蟻共はさながら死神のようだ。こんなにお迎えがくるとは、ぜいたくなものだ。


「マヤ、言わせてくれ」

「ラティス……?」


 お前がいなければ、今の俺はいなかった。

 俺に心を教えてくれた。

 信じることを教えてくれた。

 愛することを、教えてくれた。

 おまえとなら一からやり直せると思えたんだ。


「愛してる。だから絶対――」

 彼女を置いていくわけにはいかない。俺がいなくなれば、次はマヤを……そんなこと、絶対にさせ……っ。


 畜生。意識が遠、く……――。

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