霊能庁捜査官 辰巳昭寿の都市伝説ファイル
甘味亭太丸
第1話 霊能庁の男
ナニャド ナサレテ ナニャドヤラ
ナニャドヤレ ナサレデ ノーオ ナニャドヤレ
ナニャドヤラヨー ナニャド ナサレテ サーエ ナニャド ヤラヨー
ナニャド ナサレテ ナニャドヤラ ナニャド
──東北地方に伝わる盆踊りの歌。恋の歌とも。
***
1954年 11月某日
東京。渋谷。
その日、東京は大いに賑わっていた。この日公開された映画が記録的なヒットをたたき出し、その待ち時間は二時間を超すともいわれ、ほぼ全国からその映画を一度でも見ようとする観客であふれかえっていた。
辰巳昭寿もそのうちの一人であった。コネを使って手に入れた席に座りながら、最先端の特撮技術と大迫力の映像に度肝を抜かれつつ、その映画に浸り、楽しんでいた。
「すごい映画じゃないか」
ぽつりとつぶやく。
それは誰に対していったわけでもなかった。そもそもそんなつぶやきは映画の大音量にかき消されていく。
怪獣映画というものだった。大画面の向こう側では怪獣が雄たけびを上げ、口から熱線を吐き出している。
今の世に、このような大迫力を再現できる手腕はすさまじいと昭寿は感心し、そして感動した。
この映画は歴史の名前が残るだろうと確信する。
「面白いよ、この映画」
またつぶやく。当然、その声もかき消される。
「面白いのに、あんたらが隣にいると本当に憂鬱だ」
昭寿の両隣には、およそプライベートではありえないような黒服の男が一人。
無表情で映画を見ている。
「ま、映画が終わるまではつきあえや。あんたも得してるだろ?」
昭寿の問いかけに、男は答えない。
***
戦後日本の内閣府に霊能庁などという部署は表向きには存在しない。そのようなものが存在するという噂は流れたことがあっても多くの人々は鼻で笑うような内容だった。
曰く古来より日本を霊的に守ってきた超常の集団。祈祷師、陰陽師、霊能力者、超能力者……市井の人々が好みそうなオカルティズムな話がそこには存在していた。
かつては……千里眼の持主たちが世間をにぎわせたという。明治の頃の話である。高橋貞子、御船千鶴子、長尾郁子……彼女らは明治から大正という時代において日本の千里眼というものを広く知らしめた女性たちであった。
しかしながら彼女らの力は全くのでたらめであると結論付けられ、千里眼の話題は終焉を迎えた。
だが……霊能庁は存在した。存在しているのである。国の奥深く。人の目に触れられない深い深い闇の中で、それらは確かに存在していたのである。
「アメリカ人……ねぇ?」
霊能庁は永田町にあるわけではない。元は朝廷に仕えていた集団である。その本拠地は京都は都府庁の最奥に配置されていた。この事実を知るものは京都府庁内部においても一握りであり、霊能庁の構成員たちはそのほとんどが府庁職員という表向きの顔を持っていた。
しかしながらガランとした霊能庁本部。多くの所属構成員たちはかつての世界大戦の折に『名誉の戦死』を遂げた。ここに残るのは若い、新人たちであり数も少ない。
さらに、そのトップに立つのも二十六歳という若造であった。
名を辰巳昭寿。かの大戦において唯一生き残った霊能庁の人間であった。
それゆえの苦労もあってか、二十六という若輩ながらもその顔には細かい皺のようなものが刻まれており、難しい顔をしている。また一応は組織の上に立つというプライドと気負いがあるのか、無精ひげを生やしている程だった。
ひげがあれば年よりも老けてみる。そんな安易な考えの下の行為である。
「そうです。それと、イタリアからも一人」
昭寿が対面するのはわざわざ東京からついてきた政府の連絡員である。昭寿よりも二十は年上の男だった。
結果的に、映画を一緒に見る形となってしまったわけだが。
季節は冬。十一月。京都の冬は寒いが、男は無表情で、スーツ姿のまま直立不動。いかにも仕事人といった風体と空気を醸し出し、必要以上のことはしゃべらないであろう雰囲気だった。
彼はそれぞれ三枚構成の冊子を二つ用意していた。そこにはアメリカ人の男とイタリア人の女の詳細が記されており、写真も添付されていた。
「ジャスティ・サエキ・ドーソン」
ふとその名を読み上げ、写真を見た昭寿は違和感を覚えた。
アメリカにはミドルネームがあることは知っていた。違和感はそこだ。
さらに、写真の男はどことなく、日本人を思わせる顔立ちであった。黒髪にすらりとした鼻立ち、目は若干細く、鋭い印象を受ける。また細面で、どこか中性的な印象すら受けた。
「サエキ……?」
「日系です。二世だとか」
日本人のアメリカへの移住は1860年代から見る事ができる。主にはハワイへの移住及び仕事を求めてものであった。その後も続き1880年代ではアメリカ大陸の西側へと移住する日本人も見られた。
が、しかし歴史の悲劇ともいうべきか。第二次世界大戦の勃発により多くの日系アメリカ人たちは差別と偏見にさらされたという。
中には忠誠を尽くすべく軍へと入隊したものもいた。それらのこと踏まえれば、このジャスティという男も相応の苦労をしてきたのだろうと昭寿は推察した。
「あぁ……なるほど。それじゃあサエキは佐で伯の方で?」
「さぁ。そこまでは。資料に目を通してもらえばわかりますが、ドーソンというのは彼を引き取った神父の名前だとか」
「キリスト教徒……ですか」
戦争終結後の1946年。日本国憲法において宗教の自由が認められたことに端を発したキリスト教の布教活動は活発化を見せ、今年1954年においては日本語訳された聖書の発行も始まっている。
この年、日本国内で確認できるキリスト教徒は約20万人だったという資料も残っていた。
とにかくとして、今この日本においてキリスト教はさほど珍しいものではないという事である。宣教師がやってくるというのもよくある話の一つだった。
「それで、こっちの女性は?」
ついで、昭寿はもう片方の資料に目を通す。こちらはまるっきり外国人の女の顔で、鼻が高く、目の周りの化粧が濃い印象を受ける。白黒の写真故にどれほどのものかわからないが、髪の色は明るそうであった。資料には赤みがかっていると記載されていた。
「メリー・ネルス。イタリア人。シスターであると」
「こちらもキリスト教徒?」
「そうです。同じ組織に属しているとのことです」
男の言い回しには何か含みがあった。
といっても、こんな場所に用事を持ってくる時点で裏に何かがあるのはわかりきっていた話だが。
「組織。それは同じ宗教を信じているという意味以上のもので?」
「はい。カトリックの、総本山の方です」
「えぇと確か……ローマの方で?」
「はい」
昭寿はそのあたりはとんと詳しくないが、ある程度のことはわかっている。
キリスト教徒にもいろいろと宗派があるらしいが、中でも一番だと言われるのがカトリックであり、その総本山というのがローマ教皇という人物だとか。
そして件のローマ教皇がいるのは曰く世界一、小さな国であるとか。
「それで、そのカトリックがなぜ、うちに? 宗教改革の話なら断りますよ。宗教は自由ですが、うちはうちですので」
「協力して欲しいとのことです」
「協力。どんな」
「ナチ狩りです」
昭寿は思わず苦笑した。
ナチス。それはかつて、日本の同盟国だったドイツで起こった組織だ。
確かに今なお残党は存在して、世界各地に散らばっているとは噂で聞いたこともあるが、よもやそれがこの極東の地にまでいるとは。
かつては同盟国であったにせよ、今はアメリカの監視下にあるこの国で、よくもそのようなことが出来るものだと。
「それはまた……いろいろと問題が大きそうですが、うちの管轄じゃあないですね。予備軍でも駐在軍でもご案内しましょうか?」
「いえ、霊能庁だからこそです。これは霊能の事件ですので」
「……どんな?」
「さぁ。それは私の方ではあずかり知らぬところです。詳しくはこのお二人から聞くとよろしいでしょう。すでに、待たせています」
最初から断らせるつもりはないという事である。
昭寿もそのことは理解しているので、うなずくだけである。
それを見て、男もすっと軽い身のこなしで、出入り口のドアを開く。その向こう側には、写真の男女がいた。
いかにも宗教家といった服装をしている。
「ようこそ、内閣霊能庁本部へ。私が、ここの責任者。辰巳昭寿です」
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