うんがつよくなる!

ヘッドホン侍

第1話

 神様のミスのお詫びにスキルをひとつもらえることになった。


「え、俺死んだの!?」


 神様からの一通りの説明を黙って聞いていた俺は思わず声を上げた。


「死んでないよ。でもちょっと申し訳ないかなぁと思ってね、粗品のようなものをプレゼントしようと思って」

「え、じゃあここが天国で異世界に転生とかじゃなくて、普通に地球の現代に戻るだけってことですか?」

「うん、ここ僕がつくった仮の異空間だから。地球に戻ったらちょっとしたスキルが増えてるってだけだね」


 え!?この現代社会でも普通にスキルって使えるの!?


「普通に使えるよ。さて、これから選んでね」


 ナチュラルに俺の心を読んでそう言った神様に、スキル一覧と書かれた冊子を渡された。俺はワクワクしながら、喜び勇んで冊子に目を通す。


 数分後、俺は絶望していた。



 ○《モテモテか》……「か・にすかれるにおいになるよ! 虫さされバンザーイ!」


 ○《さいきょう》……「さいきょうやきがうまくできるよ! うーんボーノ!」


 ○《マメデキーズ》……「手にマメができなくなるよ! さかあがりのれんしゅうにどうぞ!」


 ○《ハナミズタレズ》……「はな水が固まるのが早くなるよ! もうこれではな水はたれてこない!」



 これだけ上げただけでもお分かりいただけるだろう。

 ……スキルがすべてしょぼい!


「はぁ……」


 俺は小さくため息をついた。

 それも当たり前か……なんたって神様のミスとは俺の右後頭部の十円ハゲなのだから……! そんな大層なスキルがもらえるはずもない。神様も粗品って言ってたしなぁ。


 しかし、そんな中に《うん》というものを見つけた。

 説明文を見てみれば、「強うんになれるよ! うんに恵まれるよ!」……というこれまでのスキル群に比べるとマシな文面。ちょっと運がひらがな表記されているのが気にならないでもないが……これは使えるんじゃないか?

 人は元来生まれ持った運を変えることなどできないし、それが良くなるというのなら十二分に使えるスキルだろう。


「これにします」

「本当にこれでいいのファイナルアンサー?」

「もちろんオフコース!」



 □□□□□





 そんなこんなで神がつくったとかいう異空間から部屋に帰ってきたのは深夜。

 それから俺はこれから運が良くなるのかとワクワクしながら起床したのだが。


 ――朝からトイレに篭っていた。


「ふざけんなよ! 強うんって、運じゃねえのかよぉ!? 」


 まんまと便秘になっているのである。

 つまり、俺はケツの穴……もとい臀部についている出口を『強うん』さんによって塞がれていた。うんって運じゃないんですね。


 糞のほうだったんですね、神様。


 可笑しいと思ったよ!

 だってあんなクズスキルだらけのなかにこんな使えるスキルが紛れ込んでいるなんてな。


「切れた……絶対切れた……」


 日本が生んだ、文明の力ウォシュレッ○様のお力を借りて何とか危機を乗り切ることができた俺であった。

 しかし、これまでの人生で便秘になったことのなかった快腸の星に生まれたはずの俺のお尻は鍛えられていなかった。

 つまり、すっかりダメージを受けてしまった。

 うんこが強くなって何になるというのだろう……。神様、クーリングオフ制度はないのでしょうか? 心の中で祈っても返答はこない。詐欺だ。詐欺に遭った。


 俺はこれからの人生に絶望した。




 しかしながらいつまでも沈んでいるわけにも行かない。なんたって俺はいたって普通の大学生。便秘だからって学校を休めないのである。

 すでに遅刻の時間になってしまったが。しかたなしに家を出て、歩き出したときであった。


 ペッ


 何やら肩に何かが落ちてきたような音が聞こえた。

 とてつもなく嫌な予感がする。とても自分の肩を見たくないが、予感が当たっていた場合、それをしないと余計最悪な事態しか招かない為、俺は恐る恐る肩を見た。


「うわぁ! うんに恵まれてるね!!」


 思わず叫んだ。

 そこには白い、鳩の落し物がついていた。しかもそんな風に完全に肩に気を盗られながら歩いていたから、なのだろうか。


 グチュリ


 と、靴の裏からいやぁーな感覚が伝わってくる。俺は青い顔で、また恐る恐る足を上げた。

 靴の裏には、茶色い犬の落し物がべったりと、こびりついていた。


「もういやぁ……おうち帰るぅ……」


 俺は涙目で家に走り帰った。

 靴の裏を庭のホースで流してからブラシで洗って。糞がついた服をもう着たくはないので、申し訳ないが捨てることにした。洗いたくもないし……。

 げんなりしながら、ゴミ袋を取り出して中に封印した。

 その旨を母に書き残しておこうとメモ帳を取り出すと、友人と電話をしながら俺が適当に描いたヘタックソな犬の落書きがあった。


 犬……。


 無性にイラっとして、それを破り取ったがそこで突然突風が吹く。メモはペラリと窓から飛んでいってしまった……。


「……見なかったことにしよう……」


 俺は町の小さなゴミになってしまうであろう俺のメモに罪悪感をほんのちょっとだけ抱きながらも、そんなことはすぐに忘れて、家を出た。

 なにはともあれ学校に行こう。



 □□□□□



 帰路でも様々なに四苦八苦しながらようやく帰宅すると、家の前で怪しげな男がフラフラとさまよっていた。


 超関わり合いになりたくない。


 しかし、何故かうちの門の前を左右にフラフラしているので、どうやら無視することはできなさそうだ。


「あ、あのー……」


 恐る恐る男に話しかけると、男はびくりと肩を跳ねさせた後、振り返って俺の姿を確認するとその顔を一気に喜色に染めた。


「もしや! 貴方様はこちらの御宅のお方でしょうか!」

「え、いや、その……」

「あ、失礼いたしました。わたくしこういう者でして……」


 男から手渡されたのは名刺だった。

 反射的に受け取ってしまった名刺に視線を落とす。……美術商。


「……壺はいらないですよ」


 俺は男から距離をとった。男は慌てて両手を振る。


「違います違います! 詐欺の人じゃありません! 第一、わたくし本日何も売りつけにきておりませんから!」

「は、はぁ……」


 あまりにも必死な様子につい俺は頷く。しかし、ならば何用だと言うのだろう。

 うちはごくごく一般的な庶民の家庭であるため、美術品なぞ所有していない。俺の疑問が顔に出ていたのだろう。美術商を名乗る男はずいと身を近づけてきて叫んだ。



「あの! これ、売ってくださいませんか!」


 そう言って目の前に差し出されたのは。


「……本当にこれをですか?」


 俺が飛ばした犬の落書きのメモであった。


「ええ、ええ、わたくし、この道を散歩していたのですがね、貴方の家の窓からこの素晴らしい芸術品が飛んできたのを見たのですよ! 慌ててキャッチしましたが、本当こちらの作品は素晴らしく前衛的でエキセントリックな抽象画であります!」

「は、はぁ……」

「まろやかな世界の中に、柱が走っている……まさに鬱鬱としていてそれでいて何だか支える確かで不確かな何かを覚える現代社会を見事に風刺したような……いや、それとも……」


 美術商が訳のわからない品評をし始めた。

 どうやら俺の落書きを前衛的な抽象画だと思っているらしい。

 いや、これ、犬なんですけど……。

 これは大変だ、そんな誤解で買い物をされてしまっては俺が詐欺師のようではないか。


「いや、それ俺のくだらない落書きなんですけど……」

「貴方様が作者様でしたか!! なんと素晴らしい! ぜひ、ぜひわたくしにこちらの作品をお譲りくださいまし! いくらでも出しますから!」

「いや、そんな売るほどのモンじゃないし……」

「まだこれでも未完成と!? これよりまだ上を目指されるとは誠素晴らしき芸術家なのですね……!」


 説得を試みたが、美術商は全力で妙な方向に突っ走り、誤解は解けないまま、俺を尊敬の眼差しで見てくるまでになった。

 ……何これ、超めんどくさい。


「う、売りますよ」


 たぶん売ったらこの男から解放されるのだろう。

 そう気楽に返事をしたのだが、美術商の男は目の色を変えた。飛び上がらんばかりの勢いで俺に迫った。


「では、契約書を作成して参りますね!!」

「は、はあ」

「契約の際には御両親か保護者同席の方がよろしいでしょうね? 見るところまだ未成年のご様子ですし」

「あ、はい」

「では御両親揃われましてご都合がよろしい時間になれば、お手数ですがそちらの電話番号にご連絡ください」


 そちらの電話番号とは、思わず受け取った名刺に書かれていた店の電話番号だろう。

 無言で頷くと男は目を輝かせながら、挨拶をし、さっさと去って行った。




 □□□□□




 その後帰ってきた両親に困惑の極みのまま、美術商からもらった名刺を見せると、父親が飛び上がって驚いた。

 その世界では知る人ぞ知る有名な美術商なのだという。

 この名を使って詐欺など働こうものなら、世界中の美術を愛する人々に恨まれて、裏社会ですら生きていけないほどなのだとか。


 いや、なんでそんなことを知っているの父さん。


 突っ込んではいけない気がしたので、頑張って気にしないことにした。


「じゃあ売っていいの?」

「詐欺などではないから、売りたくないのであれば売りなさい。うちの息子が彼かの方に認められる芸術家となるとは!」


 感動した父が、両手を顔の前で合わせて震えている。

 売ることにした。


 ちなみに、売ったらものすごい金額だった。

 しかもあれよあれよと言う間に、俺は専属契約とやらを交わされていた。

 また落書きを描いたら売ってくださいだとか。

 わけがわからないよ!


 買い取り価格で両親の家のローンを払って、車を買ってあげたがまだ余っていたので、税金の分は残して俺は都内のマンション一棟と広々としたど田舎の土地を購入した。


 貯金もいいけど、こう、なんかあまりにもトントン拍子というか、調子が良すぎて、手元にお金の形で残すのが嫌だったのである。


 ……ちょっと地主になるの、夢だったし。

 都内のマンションはあっというまに部屋が埋まって、いい収入になった。

 ど田舎の土地は、何やら近くで大規模な開発計画が興ったらしく、地価がどんどん上がっていっている……。


「わけがわからないよ!」


 ど田舎の土地を歩きながら、俺は吠えた。

 ここ数ヶ月間、降って沸いた出来事たちに俺には喜びではなく困惑しかなかった。

 頭の上にペチンと鳩の落とし物が付着した。

 そう、ここ数ヶ月間、この糞たちからも解放されずにいた。


 しかし、この瞬間、やっと気が付いた。


「うんスキルのせいか!」


 ……どうやら、俺は神様からもらったスキルで、こと運に恵まれるようになったようです。

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