異世界転生補助担当の神様は絶賛デスマ中

アッシー

異世界転生補助担当の神様は絶賛デスマ中

 朝、ベットの上で神様は目を覚ました。天照大神、のような誰でも知っている高名な神様ではない。ガチャで言えば人気のないSRくらいの神様だ。


 そんなSR神様はベットから降りて、ふかふかの雲で出来た床に足を下す。辺り一面にわたあめの様な雲が広がる白銀の世界。それが神様の住居だ。


 ただ神の住む場所として、この場所は下の上くらいである。凄い神は黄金に輝く城や何本も虹のかかる空の上、更には人間の言葉では説明不可能なほど豪華な場所に暮らしている。


 が、自分にそれだけの場所に住むだけの格はない。神様はそれを自覚してはぁと一つ溜息をついた。


「いや、仕事前から落ち込んでちゃこの先持たないな。しっかりしないと」


 神様はそう言って両手で頬をたたき、仕事の支度を始めた。


 と言っても、老廃物が出ないので歯も磨かなくていいし服も着替えなくていい。神様にとっての仕事の支度とは、ただ心の準備に時間をかけることを言う。


 神様は深呼吸して気持ちを落ち着かせる。2度3度と体内の空気を入れ替えて、「よし、これで今日の仕事も・・・」と職場のことを思い出した瞬間、彼の口からさっきよりも大きなため息がこぼれ出た。


 彼の職場は異世界転生補助課。その名の通り、異世界転生を希望する人間をサポートする仕事だ。

 神様が入ったときは異世界行き志望の人間が少なく、その分仕事も少なくて楽な職場と言われていた。


 しかし近年、異世界希望の人間が急増した結果、このセクションは「悪魔の住む場所」と言われるほど忙しくなってしまった。週3回だった出勤は毎日になり、他の神が休みの日でも働かされ、その上手当てはこれっぽちしか出されない、どブラックな職場だ。


 ただ「らくそー」という理由でここに入った過去の自分を、いつも神様は呪っている。人間基準で言えば3秒で仕事が10倍になった感じなのだから、呪うなという方が無理な相談だろう。


 もちろん転職も考えた。が、新しく異世界補助担当になろうという神は今日日ほとんどいないので、なかなか上司が辞表を受け取ってくれない。

「あーいまーいそがしーからー」と右へ左へ受け流されてしまう。


 それに加え、神々の格付けのシステムも転職しない大きな理由だ。


 神様の格は信じている人間の量によって決まっている。そしてより多くの人間から信仰を集めるためには、同じ職種にとどまって同じ人間と会う機会を増やす方がいいのだ。


 ただ例外も存在する。町を1つ救ったり雨を降らしまくって一気に信仰を集めるケースだ。これが手っ取り早くて楽な格の上げ方だが、残念ながらそんな力は神様にはない。


「それが出来れば楽なのになぁ」


 神様はポツリとぼやいたが、ぼやいたところで状況は何も変わらない。どうせまた今日も死ぬほど働いて、チマチマと信仰を集めるしかないんだ・・・。


 と、いよいよ憂鬱になってきた神様の脳内に、テレパシーを通じて上司からの怒鳴り声が鳴り響いた。


「おい!いま何時だと思ってるんだ!?早く持ち場につけ!!」


 神様は慌てながら問い返した。


「何時って、まだ7時ですよ?出勤は9時のはずです!」

「7時に仕事が入ってるんだよ!!つべこべ言わずに早く来い!!」

「えー!?でもホントに仕事なんか入れてない・・・あ。」


 そこで神様は思い出した、というか思い出してしまった。

 昨日の仕事終わり、くたくたになった神様に先輩からテレパシーが届いたのだ。


「悪いんだけどさ、明日の朝の仕事替わってくんない?俺今日でこの仕事辞めるんだけど、引継ぎが終わってなくてさ。先輩からの最後の頼みだと思って、な?よろしく!」


 その時神様は「ああ、うん、はい・・」と生返事してしまったが、今思えばあれが7時から入っている仕事の正体なのだろう。職場を選んだ時もそうだが、つくづく自分のいい加減さに嫌気がさす。


「どうした?わかったらさっさと行け!!待たせてんだぞ!!」

「は、はい!すみません!!」


 怒ると怖い上司の怒声に、神様は慌てて次元断層を作り出し、空間移動を始めた。

 移動先は第1の仕事場、『椅子が一つ置いてある不思議な空間』だ。


《山田視点》

 その男、山田一は不思議な光に包まれた謎の空間でポツンと立っていた。


 覚えているのはトラックにひかれそうな女子高生を助けようと道路に飛び込んだこと、そしてそのトラックにはねられたことだけだ。とっさにつぶった目を開けたら、ここにいた。


 一般的な男子として16年生きてきた山田は当然異世界転生の知識を持っている。


 この後なんかすごい美人の神様が出てきて、凄い能力とか武器とかをくれたあと異世界に送ってくれるのだ。

 山田はワクワクしながら待っていた。


「にしても長いな~。神様来るの遅くね?」


 山田が心配になってきたその時。いきなり目の前の空間が歪み、輝く人影がパッと現れた。長く揺蕩う白い髪、すっきり整った目鼻立ち、新雪のように白い肌と吸い込まれそうなほど青く澄んだ瞳。


 山田はその姿を見た瞬間理解する。これが神様だ、と。


 神様は中性的なよく通る美声で「こんにちは」と挨拶したあと、どこからともなく現れた椅子に座った。


 その所作の神々しさに山田は今まで待った時間の長さ、「遅いよ」という不満、「今彼氏いますか?」と話しかけようかなという邪念、その他もろもろすべてが吹き飛んだ。


 口を開けてポカンとする山田に、神様は天使のような微笑を浮かべて話しかけた。


「さて、あなたは志半ばで死んでしまったわけですが、これからどうしたいですか?」


 その言葉は山田の意識を引き戻した。

 そうだ。俺はこれから異世界に行けるんだ。生前では特に何もせずにただただグータラ生きてきた。そんな自分を変えてもっといい人生を送るために、異世界で頑張らなくちゃいけないんだ。


「異世界に行きたいです!!!」


 山田は決意を胸にそう答えた。

 

その返事に神様はにこりと微笑んでから、スッと手を虚空にかざした。

 すると、まばゆい光が山田の上に降り注いだ。温かく包み込まれるような感覚と共に、山田の体が宙に浮いていく。


 戸惑う山田に、神様はにこやかに声をかけた。


「あなたにはなんか凄い能力が備わっています。すぐには発現しないでしょう。しかしたぶんいつかその身を何かしらの方法で助けてくれるはずです。その時を待つのです。」


 そして何万カラットもの輝きを放つ笑顔で山田に手を振った。


「いってらっしゃい」


 山田はポカンと見とれながら手を振り替えす。それを合図にしたように、光は急激に強くなって山田の体を白く塗りつぶした。


 なんとも言えない浮遊感の中、山田はふと思った。


「・・・能力の説明、雑じゃね?」


 そうして山田は異世界へと旅立った。


《神様視点》

 人間が転移したのを見届けた神様は営業スマイルをかなぐり捨て、内面丸出しの仏頂面へ変貌した。


「全く・・・お前が異世界行きたいとか言うから仕事が増えるんじゃボケぇ・・・」


 異世界転生補助の仕事は今やったように人間を異世界に送るだけではない。その後も旅先での危機を回避させたりちょうど良さげな仲間を手配したりと、色々手を入れなければならない。

 つまり、一人異世界に送るとその後の仕事量が一人分増えるのだ。仏頂面になるのも仕方ない。


 とはいえ、今日は割と楽に送り出した方だ。本来あるはずだった『能力を授ける』という大仕事が遅刻したおかげで無くなったからだ。

 

一見楽に見えるこの行程は、他の神がどの能力を与えたのかチェックしたり自分がどの能力を渡したかを申請したりと、意外に面倒くさい。なのでこれがあるのと無いのとでは異世界送りの時間に大きな差が出る。

 

が、人間が何も持たずに異世界で生き抜くのはほぼ不可能であり、後で能力は与えなければならない。なんならピンチの時を見計らって登場しなくちゃいけない分仕事は増えているのだが、神様はわざと考えないようにした。何はともあれ今日中の仕事は減ったのだから。


「っと、そんなこと考えてる暇ないな。次行こ次。」


 そういって神様はまた次元を越え、次なる職場へと向かった。


《田中視点》

 転生者、田中次郎はピンチだった。赤髪短髪ロリ盗人シーフのイセ、銀髪ロング清楚魔法使いウィザードのカイ、褐色巨乳戦士ウォーリアーのテンセと一緒に挑んだダンジョンでのバジリスクとのバトル。今までの旅で身に着けてきた技術や武器は一つも通用せず、味方も瀕死で、田中も剣を杖代わりに体を支えるのがやっとの状態だ。


「俺は・・・ここで死ぬのか・・・」


 襲い掛かってくるバジリスクの牙を見ながら、田中がぼんやりと死を覚悟したその時。


「タナカ・・・タナカよ・・・」


 天から響く声と共に、光り輝く人影が現れた。バジリスクと共にまぶしい光から顔をそらしつつも、田中は特徴的な白肌と青眼からそれが誰かを理解した。田中を異世界へと送ってくれた神様だ。


「タナカよ・・・これを使うのです・・・」


 声と共に一つの物体が落ちてきて田中の手にすっぽりと収まった。

 現代人ならだれでも見慣れた四角い機械。それはスマホだった。

 訳が分からず田中は神様の方を見たが、すでにその姿は虚空に消え、影も形もない。


「な、なによそれ!?」

「田中くん。なんですか?その四角い物体は・・」

「おいおい!そんなちっぽけなおもちゃで、何ができるってんだぁ?」


 仲間が驚きと戸惑いを浮かべる中、田中はとりあえず生前使っていたパスワードを打ち込んでみる。するとスマホのロックが解除され、ホーム画面にばっと様々なアプリが表示された。

『最大魔法使用アプリ』『敵能力解析』『最適化済みマップ』など、そこに書かれたアプリの名前を見て田中は確信した。これはチート武器だ、と。


 するとようやく光に慣れたのか、バジリスクが雄たけびを上げ、再度田中に向かって突っ込んできた。

 だがもう田中に恐怖は無い。


「これでも食らえ!!!」


 田中は『敵迎撃アプリ』を起動して、スマホをバジリスクに向かって掲げた。するとスマホから青い閃光が放たれ、バジリスクの目に直撃した。たまらずバジリスクは後ろにのけぞる。


「えぇ!?何それ!?」

「な、なんですかその武器は!?」

「おいおい田中!やるじゃねぇか!!」


 驚きながらも逆転を察して喜ぶ仲間たちに、田中はニカッと笑いかける。

 そうだ。俺はこんなところでやられるタマじゃない。俺はこの世界で最強になって、みんなから褒めたたえられる英雄になってやるんだ!!

 田中は様子をうかがうバジリスクを自信満々ににらみつけて言い放つ。


「ここからは俺のターンだ!!」


《神様視点》

「うわーさっむいわー」


 時空移動中の神様は田中のなりゆきを見守りながら身を縮めた。


「あれだろ?俺ツエーーとか思っちゃってんだろ?ないわー」


 少し酷い態度だと思うかもしれないが、これはただイキリオタクが嫌いだからという訳ではない。神様はこの後の旅路で出てくるバジリスクより強い敵や、なんなら別時空にいるもっともっと強いやつらを知っている。なので、あんな程度のバジリスク1体を倒しただけでイキってるのかよ、と白けてしまうのだ。野球初心者がボールをまっすぐ投げただけで「俺世界行けるわー」と言っているのを見る感覚に近い。

 もちろん他の神の中には「まだまだやなぁ、あはは」と温かく見守るものもいるが、デスマ真っ最中の神様にそんな心的余裕は無かった。


「はぁ、見てらんないわ。次行くかぁ。」


 神様はバジリスクを倒して味方にキスされて、デレデレになっている田中を見て即座に遠視を止める。

 次の職場へ向かおうとしたその時、神様の頭にテレパシーで上司の声が流れ込んできた。


「おい!神様に助けを求めてるやつがいるぞ!いってくれ!」


 いつもと変わらない高圧的な口調。少しイラついていた神様はいきなりの要請にムカッとして言い返した。


「はあ?そんなの突っぱねればいいでしょう?どうせ『まだ神様に頼るときじゃないんだな』とか言って勝手に納得しますよ!」

「いや。もうすでに3回も『神様タスケテ!』と祈っている。これ以上無視すると存在を疑われて君への信仰が薄まるぞ!!」


 上司の抗議に神様はウッと言葉に詰まる。『信仰が薄まる』ということは自分の格が今よりも下がることを意味する。早いとこ格を上げてもっといい職場に着こうとしている神様にとって、それは大いにマイナスな出来事だ。

 はぁ、とため息をついた神様は、せめてもの抵抗でわざと語気を強めて返事をした。


「はいはい分かりました分かりました!!」

「はいと分かりましたは一回!」

「はいわかりました!!!」


 上司の返しにさらにイラついた神様はそのままの勢いでテレパシーを切り、憤然としながら神様を呼ぶ奴がいる場所へ向かった。




 その夜。


「あ”~疲れた~。」


 ようやく家に帰ってきた神様は、疲れに身を任せてベットに倒れこんだ。

 奮発して買ったそこそこ高めの羽毛布団に包まれながら、神様は「全く勘弁してほしいよ・・・」と愚痴をこぼす。

 あの後、結局5回もヘルプに行かされ、その成果通常業務でもミスを連発し、明日の仕事を余計に増やしてしまった。

 間違いなくここ最近で一番忙しかった日・・・

「と思ったけど、よく考えりゃ昨日もこのくらい忙しかったな。」

 神様はポツリつぶやき、自嘲気味にヘッと笑った。


 ふと、神様は疑念に思う。いったいいつまでこんな生活が続くのだろう、と。

 だが考えれば分かること。神様はまだまだ人間に信仰されるだけの仕事が出来ていないのだ。遅刻したり能力を与えなかったりヘルプを拒んだり、自分でも熱心とは言えない仕事振り。そんなんで格を上げようと思っている自分自身が甘いのだ。

 でも、分かっててもそう行動しちゃうからしょうがないじゃないか、と神様は自分に反論する。さぼりたい、休みたい、楽をしたいと思っているのは他でもない自分自身で、それを押さえつけて働くのは自分を殺しているようなものじゃないか。そんなのはよくない。


「・・・って言ってる内は絶対に格は上がらないんだよな。」


 神様はとっさに出た言葉に自分で落ち込みながら、また深くため息をついた。

 沈み切った思考がしばらく続いた後、神様は自分のメンタルを元に戻そうと両の手でパンパンと頬をたたいた。


「あーやめやめ。もっと気分下げてどーすんだよ。」


 そういって神様は布団から顔を上げる。


 そしてこの小説を読んでいる読者あなたに向かってこう言った。


「これを見てる君も、異世界行きたいとか死んだときに願わないでくれよな。頼んだよ。」


 言うだけ言ったあと、神様はまたベットに入って、眠りについた。

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