ショートショートのごった煮

窓際の部屋

 パラパラと雨が屋根を打っていた。午後も暮れ始め、薄暗くなった室内は輪郭がおぼろげだ。なんとなく青色で少しセンチメンタルな雰囲気。雨音以外に音はなくとても静かな景色だった。

 わたしはそこで1人たたずんでいる。

 ところどころが剥がれた土壁の安アパートの一室。

 私はそこで壁に背を預けて座っていた。

 なにをするでもなく宙空を見つめている。

 ただ雨音だけが響く室内で。薄暗い室内で。

 なにもしていないのはなにもする気が起きないからというよりは、本当になにも出来ないからだった。

 私はボロボロで疲れ果てていた。

 心も体もくたびれ切っていた。

 私は貧乏だった。10代で身寄りもなく、毎日安い工場のアルバイトで凌いでいた。

 朝は食パン一枚、昼は我慢。夜はなんとか簡単な料理。

 もっといい仕事が欲しかったが、身寄りもなく、中卒の若い女の私を雇う場所など限られていた。

 なので基本いつも腹が減っていて、そして疲れていた。

 私はいわゆる社会の底辺に居るのだと思う。

 底辺の私はどうすることも出来ず、バイトが休みの平日はこうしてぼーっとしている。

 今の自分にこれといって感情は無かった。

 親が死んで、親戚の家に行って、そこから出て、ずっとこんな感じだった。

 不幸だと思ったことはない。もちろん幸福だと思ったこともない。

 ただただ毎日が過ぎていくだけだ。

 明日も明後日もずーっとこんな感じなのだろう。

 そしてそんなことにも感慨はなかった。

 雨が降っている。室内は暗い。何日も洗っていない髪がベタついている。洗濯していない服も匂っていた。

 私はそうして佇んでいた。

 その時だった。

 表で、窓の向こうで轟音が響いたのだ。

 しかし、だからといって私が動くということはない。なんの感情も浮かばない。大きな音がしたなぁ、という程度でしかない。

 表ではなにかが吹っ飛んだり、砕けたりする音が響いている。悲鳴もいくつか。

 私には関係のない話だが、なにかが起きているらしい。

 と、突如として私の部屋の窓が割れた。

 ガチャンと音を立てて、破片が私の部屋に撒き散らされる。

 私はようやく顔を窓に向けた。

 そこにいたのは男だった。なんてことはない服装の若い男。男の後ろには巨大な白い球体が浮いていた。あれで窓を割ったらしい。

 男は窓枠に足をかけ、室内に入ってきた。

 私はそれを黙って眺めた。

「ちょうど良いのがいるじゃないか。さすがに警察相手にしながら30人も殺してちゃ、こいつも燃料切れだからな。ここらでゆっくり燃料補給といこう」

 男は私を見るとにんまり笑って言った。

 それと同時に球体がガバッと大きく開いた。

 まるでタコかクラゲをさらにおぞましくしたかのようだ。

 どうやらこの球体は生き物みたいなもので、私を食おうとしているらしい。

 つまり、私を殺そうとしているらしい。

 このままでは私は死ぬのだそうだ。

「あ....あ.....?」

 しかし、次の瞬間男は倒れた。同時に球体も消失した。

 男は気絶していた。

 他ならぬ私の手によって。

 私の足元から伸びた黒い紐の一撃によって。

 紐はそのまま男を掴み、そのまま窓の外へと投げ捨てた。

 いつのまにか現れるようになったこの紐。

 勝手に私を守ってくれる。

 どうやら、私を命の危機から救ってくれたらしい。

 しかし、それにさえなんの感慨もありはしなかった。

 割れた窓から風と雨が吹き込んでいる。パラパラと雨が屋根を打ち、遠くでパトカーのサイレンが鳴っていた。

 薄暗い部屋の中は再び静かになった。

 ただ何もかもが呆然と過ぎ去っていた。

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