暖かな陽射し、温かい手

マドカ

暖かな陽射し、温かい手

「ねぇねぇお母さん、今日おんなじクラスの林さんがね、可愛いワンピース着てきてたんだ! あたしも同じの欲しくなっちゃった」



いつものように、お母さんに話しかける。



「……そう。 今度買いに行かなくちゃね。 でもほら、その前にね。」



あたしはここ最近の日課が嫌だった。

駄々をこねてみたくなる。



「もーいいよ。 それに外寒いし。 ほっといたら勝手に治るよお母さん心配しすぎなんだよ」



「………」



あぁ、お母さんが黙った。

お母さんが黙る時は怒られる寸前。

あたしは嫌がりながら、仕方なく厚着をする。



「……ほら、行くわよ?」

「わかったよ、もう。。」



少し前から足が悪くなった。

走ったり歩いたりすると痛い。

大好きなドッジボールや縄跳びも出来ない。



車椅子。

お母さんとの散歩。

冬だからとても寒い。



少しずつ歩けば治ると思うのに。

お母さんは心配性すぎる。

お医者さんにも週に2回は通ってるのに。



車椅子にただ座っているのもつまらない。

あたしは運動するのが大好きなのに。



退屈。

お母さんに話しかける。




「ねぇねぇお母さん、今日おんなじクラスの林さんがね、可愛いワンピース着てきてたんだ! あたしも同じの欲しくなっちゃった」



「……そう。 よっぽど綺麗な色だったのね。」



「うん!! 刺繍もいっぱい入っててね! 服屋さんで買って貰ったんだって!!」



「……」



無言だ。

マズイ怒られる。



「あ、えっと、えっと、、、、い、いいよ、買わなくても! お、怒ってるの??」



「……」





お母さんがしくしく泣いている。

うちにそんなにもお金に余裕がないのかな。。。



「ご、ごめんなさい。泣かないでお母さん。」



するとお母さんが小さく呟いた。


「……ごめんね、あの日私がお家にちゃんと行ってあげたらこんなことにならなかったのに。。」



お母さんがシクシクと泣いている。



「お母さん?どうして泣いてるの?? お母さんもどこか痛いの? 泣かないで泣かないで、、お母さん」




********



母を車椅子で散歩に連れていく。

私の最近の日課だ。

ワンピースの話はこれで何回目だろう。



あの日。



私が母の家に行った時。

母は台所で倒れていた。

母の得意なブリの煮物が散乱していた。



「お母さん!? お母さん!!!」



救急車を呼び、緊急手術をした。

くも膜下出血。



意識を取り戻したのは二週間後だった。



私に母がこう言った。



「ねぇねぇ、お母さんお母さん。今日学校でね………」



*********




「命は大丈夫です。 唯、下半身不随と痴ほう症が後遺症として残ります。。」



「……さっき娘の私に「お母さん」と言ったのは、、、」



「あなたのことを母親だと思っているんでしょう。 子ども返りというのですが、恐らくお母様、、、佐々木美穂さんの話しぶりでは小学生の頃に戻ったのだと思われます。」



「……いつか治るんですか?」



「ある日治るかもしれませんが一生治らないかもしれません。

車椅子でのお散歩をオススメします。

外の景色を見たり空気を吸うだけでも症状が緩和される例は多くあります。」




*********


季節は変わり、春の穏やかな季節になった。



今日も母を車椅子に乗せて散歩する。



今日は珍しく車椅子で寝ている。

春の温かな温度で眠ってしまったのだろうか。



いつもならワンピースの話が始まるのに。



「寝てるの? ほら、桜が綺麗だよ?」



母が目を覚ます。



「桜? 本当だ!」



とても嬉しそうだ。

いつもなら車椅子の散歩を嫌がるのに。

ワンピースの話がまた始まるのだろうか。



母が話し出す。



「ねぇねぇお母さん。恥ずかしいけど、あたしお嫁さんになって子どもが出来たらね、毎年お花見しようって決めてるの!

カッコいい旦那さんとあたし、子どもで桜を見て、、。

でね! 必ずあたしはお母さんの得意な卵焼きを教わってそれをお弁当箱に入れていくの!

楽しいだろうなぁ。。。

でもまだまだ先の話だよね!!

カッコいい旦那さんまず見つけなきゃだね!」



クスクスと陽気に母が話す。



私は涙が止まらなかった。

涙が涙が止まらなかった。

父は3年前に亡くなっている。



お母さん、私が二十歳になるまで毎年ずっと家族で花見してたね。

そんなに昔から決めてたんだ。



小さい頃は楽しかったけど中高生になった頃は嫌だった。

桜を見てはしゃぐお母さんが恥ずかしかった。

二十歳になってからはずっと断ってたね。

お母さんが悲しそうな顔してたけど無視したね。




こんな娘でごめんね、お母さん。

お母さんの楽しみだったんだね。

お母さん。。。




気がつくと私は痩せ細った母を抱き締めて「ごめんね」と繰り返した。



母は



「お母さん、なんで泣いてるの? お父さんとケンカしたの? 泣かないでお母さん」



と言って私の頭を撫でた。



小さい頃から覚えている母の温かい手だ。

しわくちゃの苦労が滲み出ている、それでも温かい温かい母の手だ。



桜が咲いている。

花びらがきれいに舞っている。

服に付いた花びらを嬉しそうに母が眺めている。



お母さん、今日も桜が綺麗だね。大好きなお母さん。

今度は私がお母さんに習った卵焼きを持ってこようね。

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