第92話 別視点幕間:人間領の闇討ち、制圧完了だ。
ドラゴン族の咆哮とウェアウルフ族の遠吠えを合図に、人間領の船団へ向かって全速力で飛んでいく。
船の近くにブレスを発射して海水を噴き上げ、瀑布の如き水量を人間領の船に叩き込む。
闇討ちがバレた上にこの戦力差、船上に居た人間たちは狼狽を隠せず腰を抜かした者や船室に逃げ込む者など様々。
当然よな、自分たちが絶対勝利だと信じたこの戦いが一気に形勢逆転――その上ドラゴン族がこの数だ。
そこに船上に降り立ったウェアウルフ族も次々と人間を捕えておる、既に勝敗は明らかだ。
「人間領よ、この戦の勝敗は既に決した!
我らの長はキュウビの捕縛が望み、人間領への処罰は今のところ考えておらぬ!
大人しくキュウビを我らに差し出せば、これ以上の危害を加えるつもりはない!」
ローガー殿が混乱している人間たちに大声で呼びかける。
一瞬で勝敗は決したが、キュウビは姿を見せていない……もしや来ておらぬのか?
「キュウビなどという名前の者は人間領にはおらぬ……。」
船長と思われる服装をした人物が細々とした声でローガー殿の呼びかけに答える、キュウビという人物が居ないだと?
どういうことだ、と今度は我らが顔を見合わせていた矢先にミハエルから思念が飛んできた。
「船団の最後方にある船から何かが飛び出してきた、恐らく管狐だよ!
ドワーフ族から預かった箱とクズノハの札の準備だ!」
人間領め、嘘をついてまでキュウビを守るつもりだな!
ミハエルの思念はウェアウルフ族にも飛ばしていたのだろう、我の上に乗っていたウェアウルフ族が箱を構える。
あれは魔力の燃費が悪いはずだが――無茶をする。
箱を構えてしばらくすると、飛び出した何かが急遽方向転換をして箱の中に突っ込んできた……やはり管狐だな。
「72……73……74……75!
75匹の管狐が入ったのを確認、封印します!」
よし、これでキュウビに残されている手段はヤツの知略と妖術のみだ。
管狐を封じられた今何が出来るか見せてもらおう、そう思ったワシは管狐が飛び出してきた船へ向かっていく。
そして船の上で人間の姿に、ウェアウルフ族は箱を守る形で武器を構えている。
「さぁ、さっきこの管狐を飛ばした人物を出してもらおうか。
人間領ではキュウビと名乗ってないのかも知れぬな……人化けが得意とも聞いておるぞ。」
ワシを見て気絶したり逃げ出したりするものがほとんどだ、問いかけに応えれるものはおらんのか。
船を見渡していた矢先、ワシに向かって火・水・木……様々な塊が高速で向かってきた。
それを手刀の風圧で軽くいなす。
「この程度でワシをどうにか出来ると思ったか。
ワシはドラゴン族を束ねる長、全てのドラゴン族の始祖リムドブルムのオスカーであるぞ!」
震脚で船全体を揺らそうととしたが、甲板をぶち抜いてしまった……ちと本気でやりすぎたか。
「全軍退却!」
その言葉と共に船が次々と逃げ出そうと船体を翻していこうとする、逃がすと思うか?
「ウーテ、出番だ!
こやつらを逃がすな!」
ワシがそう言うと、船は人間領では無く魔族領の方向へどんどん流されていく。
ウーテが海を操り、潮の流れを魔族領側へ向けているのだ――自然の力ではなくドラゴンの力だ、船如きが逆らえるはずもなかろう。
意図しない方向へ船が流され、絶望の表情で膝から崩れ落ちる者や「何故だ!」と叫び泣き出す人間たち。
「言葉を変えようか、この闇討ちを企てたものをワシらに差し出せ。」
意識のある人間にそう問いかけた、この船にキュウビが居るのは分かっておる。
闇討ちを企てたのがキュウビだろう、それくらいワシにもわかるぞ。
「出来ぬ、御前様は人間領の要!
何がどうあっても御前様を生かすのが我々の使命である!」
ふむ、人間領では御前様と名乗っておるか。
長を守る気概は結構、ワシをドラゴン族とわかって向かってくるその意気や良し。
顎を軽くはたいて、向かってきたものを気絶させる……さて、御前様改めキュウビを探すか。
船の中を歩くと、明らかに警備が厳重な通路を見つけた……分かりやすいな。
「素直に通せ、攻撃してこなければこちらから危害を加えることはない。」
最初は武器を構え一歩も引かぬような姿勢を見せていたが、他の船の制圧が終わったのか次々と他のドラゴン族やウェアウルフ族がこの船に入ってきたのを見ると、顔色を真っ青に変え武器を下ろし両手を上げた。
最初からそのようにしておればよいものを、では通るぞ。
他の船室への扉より明らかに違う扉を見つけ、それを開けようとするも鍵を掛けているのだろうか……押しても引いても開かない。
「小癪な。」
力任せにドアノブを捻り壊して中へ入ると、クズノハ殿と同じような髪の色をした
「
ワシらの長は無益な殺戮を良しとしておらん、目的はキュウビの捕縛とこの闇討ちの阻止だけだ。」
「御前様……。」
不安がる付き人をよそに、キュウビの目は諦めておらんな――まだ何かしてくるつもりか。
その矢先、クズノハの影法師が放ってきたのと同じ黒い霧がワシにめがけて飛んできた。
闇堕としの術か、船が燃えぬよう軽く炎を吐いてそれをかき消す――甲板で妖術を放って通じなかったのに、無駄な足搔きなのが分からんのか。
「くっ……規格外の化け物め。」
「褒め言葉として受け取っておくぞ、さぁ大人しく捕縛されるがいい。」
「この闇討ちがバレるとはな……メアリーとやらの掌で踊らされておったというわけか。
ここは大人しく捕縛されてやるが……ただでは転んでやらんからな。」
キュウビが完全に観念したわけではないが、捕縛されてくれて一安心。
「御前様!」
「長い事騙しておってすまんかったな。
私はこのドラゴン族の言う通り真の名をキュウビという、人間ではなく妖狐一族なのだよ。」
そう言ってキュウビは人化けの術を解き、クズノハと同じ妖狐一族の姿に戻った。
付き人はそれを見て口をパクパクしながら固まってしまう、人間にはこのような芸当は出来んだろうからな。
「では、一度未開の地の村へ来てもらうぞ。」
「何処へなりと連れて行くがいい。」
そう言ってキュウビを外へ連れ出すと、シモーネが甲板で他の者に指示を出していた。
「シモーネ、キュウビを捕えたぞ。
後の人間たちは人間領に帰してやるといい。」
「お疲れ様でした。
……そちらがキュウビ?」
シモーネの表情が少し険しくなる、この見た目間違いなくそうだろう?
「もう少しこの船を調べさせてもらうわね。
あなた、まだ撤退はしないでここに居て。」
そう言ってシモーネは船の中へ走っていった、どうしたというのだろう……ワシが疑問に思っていると捕えたキュウビの表情も真っ青になっている。
まさか、ワシは幻を見せられておったか?
そう思って全身に活力を巡らせ、普段使わない自己回復をする――そうして捕えた人物を見るとキュウビではなく人間だった。
「くそっ、謀られたか!
人間、そなたに興味はない――安全な場所へ逃げておくがいい。」
ワシはそのままシモーネを追いかける、生命力と魔力の量を見て気づいたのだろうな。
妖術でも幻を見せる類のものだろう、だが見た目しか変えることが出来ないのでシモーネは気づけたわけか。
色々部屋を見て回っていると、シモーネと合流した……人間を捕えている。
「ようやく見つけたわ、他の人間より明らかに魔力量が違う……今捕えたこれがキュウビよ。」
「何故だ、何故全ての企てが失敗するのだ……!」
自身が捕えられ観念したのか、人化けの術が解かれ本当のキュウビの姿が露になる。
「ケンカを売る相手を間違えただけだ、とにかく村まで付いてきてもらうぞ。」
そう言ってドラゴンの姿に戻ったワシは、キュウビを掴み村に向かって空を翔けていく。
キュウビは怖がっているが、気にしない。
村長はこやつを裁くと言っていたが果たしてどうするのか、ミハエルとクズノハを見ておるから分からんな……少し楽しみだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます