伝説の武器を求めて

天星とんぼ

第1話 冒険者見習いの頼み事

 ミグランス城が復興中とはいえ、王都ユニガンは今日も平和だ。活気に溢れた酒場、元気に駆け回る子供たち、穏やかに日向ぼっこに興じる猫たち。そして、鍛冶屋の露店前で座り込む少年と、眉を顰める店主。

「……ん?」

 その違和感をアルドは無視できなかった。二人のもとに歩み寄り、明らかに困った様子の店主に声をかける。

「どうした、何かあったのか?」

「え? ああ、実はな……」

 店主が座り込む少年の顔に視線を向けたので、アルドもそれに倣う。少年は口を真一文字に結んだ険しい顔つきで、店主を睨みつけていた。

「俺が要求に応えられないものだから、もうずっとこの調子でな。これじゃあ客も近寄れないし、商売あがったりで参ってるんだ。かといって、子供の遊びにムキになるのもなあ」

「それは大変だな……要求って?」

「それがな……」

「伝説の武器だよ、兄ちゃん」

 視線を逸らさぬまま、瞬きもせずに少年は言った。声変わり前の高く子供らしい声色だが、真剣さに満ちていて迫力すらある。それは、この一件が彼にとって非常に重要であるとアルドに知らしめるのに、十分な効果があった。だからアルドは、伝説の武器という言葉を笑い飛ばそうとはしなかった。しゃがみこんで彼と視線を合わせ、優しく声をかける。

「なあ、別の場所で俺と話さないか? お前が真剣だっていうことは分かったけど、だからって人に迷惑かけちゃいけない。俺にできることなら、力になるからさ」

「……」

 少年は無言のまま、品定めをするようにアルドの全身を観察した。すると、ある一点で視線が固定されたのをアルドは感じた。視線の先は彼が腰に履く大剣、オーガベイン。少年の丸い瞳が見る見るうちに輝き出す。

「えっと、これが気になるのか?」

 アルドが問うと、少年は勢い良く立ち上がった。

「うん! 兄ちゃん、伝説の勇者なんだね!?」

「…………え? 勇者?」

 アルドは困惑した。少年の言葉が質問への答えではなかったことと、内容があまりに突飛であったからだ。

「え、えっと……」

 アルドが言い淀んでも、少年の瞳の輝きは収まらない。それどころか、アルドの返答を期待して体がどんどん前のめりになっている。

 助けを求めるように店主のほうに視線を向けると、彼は小声で、しかしはっきりとアルドに訴えた。

(頼む兄ちゃん、話を合わせてくれ! ようやく解放されそうなんだ!)

(いや、でも……)

(飯でも武器でも、なんでも奢るからよ!)

(そういう問題じゃ……)

 八方塞がり、改めて少年に視線を戻す。彼はまだアルドの返答を心待ちにしていた。

(……仕方ない。この場は話を合わせて、後でちゃんと謝ろう)

 心に決めて、アルドは口を開いた。

「……そうだ! 俺が伝説の勇者だ!」

「やっぱり! 伝説の武器持ってるもんね!」

 アルドはあえて大仰に頷き、少年に手を差し伸べる。

「相談なら俺が乗ってやるから、別のところで話をしよう」

「うん! それならいい場所があるんだ、付いて来て!」

 満面の笑みを浮かべて、少年は走り出した。子供らしい、躊躇も加減もない全力疾走だ。

「あ、おい! 急に走ると危ないぞ!」

 見失わないよう、慌ててアルドも追いかける。店主は安堵の笑みを浮かべて、大きく手を振りながら二人を見送った。


 少年が案内してくれたのは、ユニガン内の酒場だった。二人並んでカウンター席について、ジュースをあおる。

「意外だな。子供にここを紹介されるとは思ってなかったよ」

「情報収集といえば酒場だよ。それより、兄ちゃんがお酒飲めないことの方が意外だよ。伝説の勇者なのに」

「そこは人それぞれというか……そもそも、お前の勇者のイメージってどんななんだ?」

「うーん、そうだなあ。岩みたいに大きな筋肉質の体で、上半身裸で、強面で、大酒飲みの大飯喰らいって感じかな」

(……盗賊とか山賊のほうが近そうだな、それ)

 出かかった言葉を、アルドはなんとか飲み込んだ。いたいけな少年の夢に水を差すことはない。代わりに、謝罪の言葉を口にする。

「……なあ、申し訳ないんだけど、実は俺が勇者ってのは嘘なんだ」

「え!?」

 少年は驚いて体を大きくのけぞらせた。心苦しいが、きちんと説明しなくてはならない。

「本当にごめんな。鍛冶屋の親父さんを助けると思って、ついあんな嘘を……俺は本当は、普通の冒険者なんだ」

 アルドは頭を下げる。実際には時空を超えたり異なる時層を訪れたり、世界を混沌に陥れようとする敵と戦ったりしているので、ただの冒険者などでは断じてないのだが、混乱を避けるためにその辺りは隠すことにした。

 だというのに、驚いて落ち込んでいたはずの少年はすぐに元気を取り戻した。

「冒険者!? スゲー!」

「え? いいのか?」

「もちろん! 兄ちゃんの旅の話、聞かせてよ!」

「まあ、それくらいなら」

 アルドは話し始めた。もっとも、時空を超えた話はできないので、現代での冒険や戦い、仲間たちの話が主だった。それでも少年は、終始目を輝かせて聞いていた。話がひと段落着く頃には、二人とも四杯目のコップを空にしていた。

「はー、兄ちゃんすげーや。大勢の仲間がいて、魔獣たちとも戦って、海を越えて東の方にも行ってたなんて」

「冒険に興味があるのか?」

「うん! でも俺、まだ子供だから。今は冒険に出る日のために勉強してるんだ!」

「なるほど……それで伝説の武器か」

「そうなんだよ。兄ちゃんの大剣もそうだよね?」

「うーん、伝説かどうかは……特別なものであることは間違いないけど。どうしてそう思ったんだ?」

 少年はもう一度、アルドの全身を観察する。それでようやく気付いた。彼が見ていたのはアルドではない。

「ああ、防具を見てたのか!」

「うん。兄ちゃんの防具、その大剣をメインで使う人のものとは思えないんだよね。それに、腰の大剣より小振りな剣がもう一本があるみたいだし。だから、普段はそっちの剣を使ってて、大剣はいざという時の切り札。それってつまり、その剣が伝説の武器ってことだよね!」

「なるほど……」

 論理の飛躍は見られるものの、分析自体は的外れではない。アルドは感心した。

「勉強中ってのは伊達じゃないな。よく見てるよ」

「へへーん、でしょ?」

「あとは、人に迷惑かけないように気を付けられるようになれば完璧だぞ」

「う……反省してるよ。実は今日誕生日でさ、冒険まで一歩前進したかと思うと、じっとしてられなくて」

「気持ちは分からないでもないな……まあ、反省できるなら大丈夫だろ。あとで謝りに行くんだぞ?」

 少年は神妙な面持ちでうなずいた。反省が口先だけでないことは、その仕草から明らかだった。

「じゃあ、そろそろ行くか」

「……ねえ、兄ちゃん。お願いがあるんだ」

「ん? 一緒に謝りに行くか?」

「ううん、それはいいよ。確かに緊張するし、怖いけど……俺は将来伝説の勇者になるんだ、それくらい独りでできなくちゃね」

 少年は全身を強張らせている。言葉の通り明らかに緊張している様子だが、彼の決意に水を差すのはアルドの本意ではなかった。

「そうか、分かった。じゃあ、お願いっていうのは?」

「……伝説の武器はさ、俺が将来旅に出るようになったら自力で探すよ。でもその前に、兄ちゃんから話を聞いてみたいんだ。たくさんの仲間と色んなところを冒険した、先輩冒険者の兄ちゃんにさ」

 無茶な頼みではなかった。何よりアルドは、今新たに一歩踏み出そうとしているこの少年に、何らかの形で報いたいという気持ちを抱いていた。だから、僅かな逡巡の後、頷いた。

「分かった。仲間たちに話を聞いてくるから、お前はその間にしっかり謝ってくるんだぞ」

「うん、分かった! 待ち合わせはこの酒場だよ、待ってるからね!」

 少年はアルドを置いて駆け出した。その背中が見えなくなってから、アルドも立ち上がる。

「さて……武器のことなら、まずはあいつらに聞いてみるか」


 王都ユニガンからほど近く、カレク湿原を抜けた先がアルドの故郷、バルオキーだ。アルドは伝説の武器の情報を集めるべく、鍛冶屋に向かった。

「メイ、いるか?」

「おーっす、アルド! わざわざ訪ねてくるなんて、どうかした?」

「アルド先輩、こんにちは!」

「ノマルもいるのか、丁度よかった。二人に聞きたいことがあるんだ」

 アルドはここに来るまでの顛末を二人に説明した。武器の情報を求めているということで、二人は最初こそ乗り気だったが、話が進むにつれて段々と難しい表情になっていった。

「伝説の武器、か……心当たりはないなあ、少なくともうちでは売ってないし」

「僕も聞いたことないですね……そもそも僕たちに聞くのは少し違う気がしますよ。ねえ、メイさん?」

「あー、確かに」

「……どういうことだ?」

 アルドが問うと、メイが考え込むように顎に手を当てて答えた。

「いつだったか爺ちゃんが言ってたんだけどさ、歴史に名を遺す武器……アルドが探してる『伝説の武器』ってのもここに含まれると思うんだけど」

「そうだな、確かに伝説の武器が具体的にどういう武器なのかは聞いてないけど……歴史に刻まれてるようなものは、確かに伝説だと思うぞ」

「うん、そうだよね。で、爺ちゃんの話だけど……歴史に名を遺す武器には、四つの条件があるんだって」

「四つの条件……?」

 首をかしげるアルド。ノマルも、自警団の武器類を管理している身であるからか、興味深そうにメイの言葉に耳を傾けている。

「そう。武器の性能がいいこと、使い手が凄腕であること、武器と使い手の間に強い繋がりがあること、作り手の想いが籠っていること……って言ってた。一生に一回でも、そういう武器を扱ってみたいともね」

「なるほど……それは難しそうだな」

「でも、先輩は武器そのものじゃなくて情報を探してるんですよね?」

「そうなんだけど……どうせなら実物を手に入れた方が、あいつの期待に応えられるかなって」

「まったく、アルドのお人よしは相変わらずだなあ」

 メイが呆れたように、あるいは安心したように笑う。ノマルもつられて微笑んでいる。

「とにかく、先輩。この件では僕たちよりも適任者がいるはずですよ」

「悪いね、力になれなくてさ」

「そんなことないさ。二人のおかげで、誰に聞くべきなのか分かったし」

 メイとノマルは顔を見合わせた。アルドの自信ありげな表情に、一抹の不安を感じながら。

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