55.マナポーター、主犯の男を捕まえ領主の屋敷に向かう

 どれぐらいアリアと抱き合っていただろう。

 気が付くとリリアンが、目の前でむむ〜っとふくれっ面をしていた。


「あの。リリアン?」

「何でもないの。仕方ないから、今日だけはアリアに譲るの!」


 不思議に思って僕が声をかけると、リリアンは慌てて目を逸らす。 



「それにしてもイシュアさんのエンチャント魔法。凄まじい威力だった! リリアンの咄嗟の判断もすごくて、奇跡の勝利って感じだよね!」


 普段は冷静なディアナだったが、今だけは興奮冷めやらぬ様子。


(とっさの判断が合わさった奇跡の勝利か……)

(どうしよう。実は作戦どおりだったなんて言えな――)


「ごめん。ディアナは演技が苦手だと思って伝えなかったけど――私はイシュアから全部聞いてたの」


「ええ!? じゃあ必死になって災厄の竜を止めようとしたのも――」

「うん、ほんとうは動けなくなるまで戦う必要なんて無かったの」


 話を聞いてがくりと脱力するディアナ。


 災厄の竜を引き留めようとして見せた鬼気迫った演技。

 あれは何も演技ではなく、ディアナはあそこで喰いとめないと終わりだと思っていたのだ。



「ごめんなさい、ディアナさん。まさか声が届いていないなんて……」

「イシュアさんのせいじゃない。声を届ける魔法って、要するに一種の幻聴だからね。状態異常無効のパッシブスキルに引っかかったんだと思う」


(サラッと言ったけど、状態異常無効ってめちゃくちゃ便利――!)



「それより――リリアン?」


 ディアナの恨みがましい視線を受けて、リリアンはそっと目を逸らす。

 言い訳がましく言い返した言葉が、


「ディアナ、知ってたらほんとうに演技出来た? 棒読みにならない?」

「それは……。自信ない」


「――なら正解だったの!」

「そんな訳が――いや、そうなのかな?」


「そうなの。結果良ければすべて良し、なの!」


 そうして話を強引にまとめにかかるリリアン。

 ディアナは呆れたようにため息を付き、くしゃくしゃっとリリアンの髪を撫でた。

 文句を言いつつも、最終的にリリアンの判断を信じているのだろう。



「みー、さっきはどうやってブレスを避けたの?」


 そう興味津々に問いかけるのはリディル。

 残りのメンバーも続々と僕たちの元に集まってきた。


「そうだ。リディルも見てたよね!? 出来たよ、瞬間移動!!」


「瞬間移動。……瞬間移動!?」


 リディルは言葉を失った。


「みー。今の魔法理論じゃ不可能なはず。どうやったの?」

「無我夢中で分からないんだ。とりあえず覚えてるのは、点と点を魔力で強引に繋いだこと。――後はリディルが理論として完成させてくれるのを待ってるよ!」


「ひ、ひどい無茶ぶりを聞いたッス」

「うみゅう、まずイシュア様にしか出来ない。イシュア様のためのイシュア様による超理論にしかならない……」


 リディルとミーティアが顔を見合わせた。


「みー。あの魔法を解析して魔法理論の学会で発表すればと思ったけど――人類には早すぎる」


 結局、あまりにも理解不能だとリディルは首を横に振った。




 少し時間が経ち、冷静になったのだろう。

 泣き止んだアリアが、思わずといったようにパッと僕から離れた。


 パーティメンバーの視線を一心に集めて、あわあわと顔を赤くする。


「アリア、そろそろ大丈夫?」

「は、はい。先輩、その……取り乱して申し訳ありませんでした」


「ううん。無茶をした僕が悪い。気にしないで」

 

 アリアは恐縮したようにペコペコ頭を下げた。



「む~、そろそろ戻るの! 『幻想世界、解除』」


 そんなやり取りを見て、リリアンが幻想世界の魔法を解除する。

 魔法で作られた空間が消滅し、僕たちは元いた場所に転送された。




◆◇◆◇◆


「ば、バカな!? 災厄の竜がたった5人の人間に負けただと?」


 ギョっとした顔で僕たちを迎えたのはカオス神導会の男。

 どうやら自らの勝利を疑いもせず、のんきにここで待っていたらしい。



「戦闘員はもう残ってない。頼みの綱の災厄の竜も倒したの!」

「覚悟するッス!」


 ミーティアはいつになく鋭い目で、男に魔剣を向けた。

 禍々しい刃を前に、男は我に返ったように地面に頭と手を付く。

 見事なまでの土下座であった。



「頼むうううう! どうか、命だけは助けてくれええ!」

「……あんたたちの教義では、死ぬことが救いなんじゃないッスか?」


「嫌だあああああ。俺はまだ死にたくない!」


 こんな男が災厄の竜を蘇らせたのかと思うと、怒りがこみ上げてくる。

 それでもここで手を下してしまうのは、ただの私刑だ。



「イシュア、どうする?」

「今回の件の首謀者だからね。領主に突き出そう」


「みー、賛成! ミーティア、少し冷静になって」

「こんな奴ら。ほんとうはここで斬り捨てたいぐらいッスけど――了解ッス」


 ミーティアが鋭い視線を男に向けながらも、魔剣をしまう。


 殺気混じりの視線を受けて、すっかり怯える男。

 命運が僕たちに委ねられていることを悟ったのだろう。

 何も抵抗せず、黙って拘束されることを受け入れた。


 そうして僕たちはカオス神導会の男を連れて、領主の屋敷に移動する。

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