53.マナポーター、災厄の竜を討伐する② ~伝説の領域に至りしマナポーター~

「ミーティア、リディル、アリア。僕に思いっきり攻撃魔法を撃って!」


 僕の声に3人がギョッとしたように目を見開いた。



「みー、あまりに危ない」

「そうッス。そんなことをしたら、さすがのイシュア様でも耐えられないッスよ」


 こちらを純粋に案じる声。

 それも当然だった。


 3人の攻撃は、災厄の竜こそ倒せなかったものの、大半のモンスターなら跡形も残らない破壊力を有するだろう。



「多少のリスクは覚悟の上だよ。3人の魔法を束ねて聖属性の魔法として撃ちだす。そのために必要なんだ――安全な方法で倒せるような相手じゃない」


 属性変転は非常に高度なスキルだ。

 僕が一番得意なのは、自分の周囲のマナ操作。

 多少のリスクがあっても、僕に魔法を撃ってもらうのが手っ取り早いのだ。



「先輩、ほんとうに大丈夫なんですね?」

「うん、やれるよ。リリアンたちが作ってくれてる大切な時間だもん。遠慮はいらない――全力でお願い!」


 リリアンとディアナは、今も必死に災厄の竜を引き止めているのだろう。

 その時間を無駄にしないため。

 僕たちも全力を尽くさねばならない。



「分かりました。ならこれ以上は確認しません」


 そう言うとアリアは杖を構えた。


「まじッスか!?」

「いくらイシュア様でも――」


「先輩が『やれる』って言ったんです。先輩は数々の不可能を可能にしてきました! その先輩がそう言うなら、私たちに出来るのは信じることだけです!」


 目に強い力を宿したアリア。

 覚悟を決めたようにミーティアたちも、自らの武器を手に取る。



『グリム・ランサー!』

『審判の雷』

『――ホーリー・ノヴァ!』


 闇・雷・聖。

 3つの魔法が放たれた。



(なんの容赦もない即死級の攻撃魔法――!)

(僕の役目はこれをコントロールして、聖属性の1つの魔法として打ち出すこと――!)


 まともに直撃したら即死しそうな3つの攻撃を前にしても、僕は冷静だった。



『マナ・ディストーション・フィールド!』


 少しでも魔法が自分に到達するまでの時間を稼ぐため。

 超高濃度のマナフィールドを周囲に放出することで時空を歪め、時の流れが1/100になる亜空間を展開。

 僕にしか効果がないため、これまで使う機会もなかった大道芸のようなスキルだ。


 ディストーション・フィールドに入り、魔法が亀のような速度で迫ってくる。

 それでも時間はそう多くはない。

 あれが僕のもとにたどり着いたらジエンドだ。


(ベースはアリアのホーリーノヴァ。まずはこれを掌握しないと――!)



 アリアの魔法はいつも見てきた。

 発動に使うマナを肩代わりすることも日常だった。

 だから彼女の魔法のクセは、よく知っている。


 ましてこの魔法に、僕を傷つける意思はないのだ。


(アリア、発動権を貰うよ!)


『ハッキング!』


 魔法の解析は一瞬で終わる。

 一部を書き換えて、魔法の所有者を自分のものに変更。

 これでこの魔法が僕を傷つける事は無い。


 誰もが目をむくような超速の芸術だった。

 それでもまだ遅い。



(急がないと!)


 マナ・ディストーションで稼げる時間は一瞬だ。

 こちらにはミーティアたちの魔法も向かってきている。


(所有権をのんきに貰ってたら、とてもじゃないけど間に合わない――!)

(ならやるべきことは――!)


 アリアの放ったホーリーノヴァで、他の魔法を吸い込む。

 威力が弱まってしまうため、間違っても打ち消し合ってはいけない。

 エネルギーだけを取り込むのだ。



(出来るかな……?)

(いいや、やるしかないんだ!)


 ミーティアたちの魔法のエネルギーだけを吸い上げる。

 属性という付与情報を捨てて、ただ純粋なエネルギーだけをアリアの魔法に転用していく。

 時間の問題で属性変転(属性を書き換えること)を諦めた僕がたどり着いたのは、非常に大雑把なやり方であったが――



(――できた!)


 うまく行くかも分からないぶっつけ本番。

 賭けにも等しい選択。

 それでも結果として、僕は2人分の威力を純粋に上乗せしたホーリーノヴァを掌握することに成功した。


(成功はしたけれど……)

(威力がこれで足りるかは、かなり怪しいところだよね)


 なおも向かってくる魔法は"残りカス"。

 無視しても問題はない。




◆◇◆◇◆


『アンチ・ディストーション・フィールド!』


 ディストーションフィールドを解除。

 ミーティアたちの魔法が、勢いだけはそのままに僕に飛んできてポフンと命中。

 当然のことながら無害だ。


 アリアの放ったホーリーノヴァは、純白のエネルギー体として僕の周囲をふよふよと漂っていた。



「え……は? 有り得ないッス! 今、何が起きたッスか!」

「みー、魔法が消された? 違う。威力だけが抜き取られた――起きた現象の想像も付かない。どういうこと?」


 目をまるくしてこちらを見る3人。

 今回は一か八かで随分な無茶もやった。

 安心させるべきだろう。



「先輩! あの一瞬の間に、いったい何を――!?」


「どうしても時間が足りなそうだったから。まずは時空を歪めてどうにか時間を作ってから……」

「あの、先輩? 聞き間違いかもしれないので、もう1回お願いしても良いですか?」


 時間が足りなかったのは、僕の実力不足に他ならない。

 何度も聞き返さないで欲しいところだけど……。


「あの一瞬で属性変転は無理そうだったから……つい。とりあえず時空を歪めれば時間を稼げるなあと――」

「時魔法の使い手なんて、ここ何百年かは見つかってないっていう伝説の存在ですよ!? とりあえずで時空を歪めないで下さい!?」


 何故だろう、怒られてしまった。


「みー、私も気になる。私たちの魔法はどうなったの?」

「属性変転は無理だった。諦めて――アリアの魔法を操って、無理やりエネルギーだけ吸い取ってみた。付け焼き刃だけど属性変転と同じような効果はあると思う」


「うみゅう、ちょっと何言ってるのか分からない。新理論として魔法理論の学会に出せば、最優秀賞間違いなし」

「リディルは面白い冗談を言うね……?」



「話は後にするッス! 災厄の竜が、こっちをすごい警戒してるッスよ」


 ミーティアが鋭い声を上げた。


「これが脅威になり得るって判断なんだね。さすが災厄の竜、ずいぶんと賢いみたいだね」


 見た目に反して高度な知能も持っているのだろう。

 目に映ったものをとりあえず攻撃するモンスターより、よほど厄介だ。



「ドリャアアアアア! おまえの相手は私だ!」

「イシュアさんたちには手を出させないの!」


 リリアンたちが行く手を阻むように立ちふさがるが、


(――これはチャンスだ! むしろ僕たちがオトリになった方が良い!)

(ホーリーノヴァをディアナさんの剣にエンチャントして、不意打ちを喰らわせる!)


 作戦変更だ。


 リリアンの生み出す幻想の剣でディアナが敵を倒す、というのがリリアンたちの元々の戦闘スタイルだ。

 それを補佐する形で魔法をエンチャントするのが、ベストな選択に思えた。





(リリアン、聞こえる?)


「え、イシュアの声!?」


 リリアンが驚いたように、一瞬だけこちらを振り返った。


(いきなりごめん。その気になれば、マナリンク・フィールドの中なら声を届けることも出来るんだ)

(作戦は変更、僕たちがオトリになろうと思う)


 リリアンは黙って声を聞いていた。


(リリアンたちは「気を引こうとして失敗した様子」を演出して欲しい)

(あいつがこっちに向かってきたと同時に、ディアナさんが持つ幻想の剣に「ホーリーノヴァ」をエンチャントする)

(ホーリーノヴァをそのままぶつけるよりも、その方が威力も上がると思うんだ)



 こくりと、リリアンがわずかに頷いた。

 こちらと意思疎通していることを、災厄の竜に気づかれないように。

 だけども僕にとっては、そんな何気ない仕草でも十分だった。




「みんな、災厄の竜がこっちに来る。気を付けて!」


 勝負は一瞬で付く。

 災厄の竜との戦いは、最終局面を迎えようとしていた。

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