19.【勇者SIDE】戻ってきても良いんだぞ? と誘うもアッサリと断られる

 イシュアの決闘騒ぎから3日後。


「くそっ。ようやく着いたか……」


 俺――アランは、どうにか新人の街『ノービッシュ』にたどり着いた。

 光り輝いていた鎧はすっかりボロボロ、散々モンスターに苦戦しての到着である。


(くそっ。この辺のモンスターは、いつからこんなに凶暴化しやがったんだ……)


 それは聖剣を使わないアランの実力は、そこいらの新人冒険者と大差ないという事なのだが――本人は幸か不幸か知ることはなかった。



(さて。イシュアの野郎を探すか)

(アリアも一緒にいる筈だよな)


 勇者パーティを追放されてライセンスを失い、惨めにFランク冒険からスタートすることになるイシュア。

 戻ってきても良いと告げれば、どれだけ喜ぶだろう。

 奴さえ戻れば去っていった仲間たちも帰ってくるだろう――俺は輝かしい未来を信じて疑わなかった。




◆◇◆◇◆


 ノービッシュの街は、あるひとりの新人冒険者の噂で持ちきりだった。


「なあなあ! この間のイシュアさんの戦いを見たか?」

「見た見た! あのダミアンが手も足も出ないなんてな。魔力操作だけでノックアウト。あれは――ヤバいぜ!」


「あれだけの腕を持ってるのに! 安くて割に合わない雑用みたいな依頼でも、嫌な顔ひとつせず受けてるらしいぜ?」

「く〜! カッコよすぎるぜ、イシュアさん!!」


(くっくっく。同姓同名の奴が活躍している街か)

(ますます肩身が狭いんじゃないか? 落ちこぼれの方のイシュアさんよう!)


 落ちこぼれの惨めな姿を想像して、俺は上機嫌で街を歩く。

 まさかあいつが街で噂されている「イシュアさん」な筈がない――無意識にそう判断していた。



(まずは冒険者ギルドに行くか)

(この街を拠点にしているなら、必ず立ち寄るはずだ)


 パーティ・ディスカバリのスキルは、何故かノービッシュに来る途中で反応が無くなった。

 勇者パーティの一員だと判断される物(ライセンスなど)を、アリアが手放したのかもしれない。


「冒険者のこと聞くならギルドだよな?」


 そうつぶやき、俺は冒険者ギルドに向かう。




◆◇◆◇◆


(ふむ、良くも悪くも新人の街だな)


 周りを見渡して俺は内心でため息。

 イシュアとの事が無ければ、訪れることも無かったであろう小さなギルドだ。


「このギルドにイシュアという冒険者は在席しているか?」

「……失礼ですが、あなたは誰ですか? 個人のプライバシーなので、お答えすることは出来ません」


 俺の急な質問に、受付嬢は露骨に嫌な顔をしながら極めて事務的な口調で返す。



「俺は勇者だ。イシュアという冒険者に用がある。……パッとしない方だ」

「へえ。では、あなたがイシュアさんを追放したっていう。ふうん……?」


 なんだろう。

 たっぷりと含みを持たせた言葉。

 視線はどこまでも冷たかった。



「お引き取りください、勇者様。当ギルドではあなたにとって力不足。お役に立てることは何ひとつ無いでしょう」

「はあ? 俺はイシュアの野郎の情報を寄越せって言ってるだけだ!」


「くどいですね、あなたも。話すことなどない、と言っているんです。どうかお引き取りを」


(クソっ。明らかに知ってる反応じゃねえか!)

(なんだって言うんだ!)



「俺は勇者だぞ! 勇者の力が借りたいとは思わねえのか!!」

「節穴勇者に頼るほど、我がギルドは落ちぶれていませんので」


 まるで相手にされず、ギリリと歯噛みしていると――




「あれ、アラン。こんなところで何しているの?」


(ハッハッハ! 俺に運が向いてきやがったぜ!!)

(まさか探し人が、向こうからやってくるとはな!)


 俺は思わず笑い出しそうになった。

 隣に聖女のアリアも居る。

 優しい彼女は先輩を見捨てられなかったようだが、聖女の隣に相応しいのは勇者だろう。



「喜べイシュア、今日は貴様に良い知らせを持ってきてやったぞ!」

「はあ、良い知らせですか……」


「貴様を再び勇者パーティのメンバーに迎え入れてやろう!」


 胸を張り告げる。

 直面したであろうFランクスタートの冒険者生活。

 誰しもが勇者パーティに戻れるなら戻りたいと思う筈だ。


 俺が予想したのは、泣いて喜ぶイシュアの姿。

 しかし結果は――想像したものとはまるで違った。



「ええ……?」


 イシュアが浮かべたのは困惑の表情。

 それから心の底から迷惑そうな顔で、こう言い放ったのだ。


「そんなことを今さら言われても困るよ。心機一転、ここで楽しく冒険者してるし」

「な!? イシュア、落ちこぼれの分際で、俺に逆らうのか!?」


 まさか断られるなんて。

 ぽかんとする俺を、アリアがいつも通りの凍りつきそうな目線で貫く。


「呆れました。まだそんなことを言っているんですか。……元・パーティメンバーとして恥ずかしいです」

「だって……こんなの。おかしいだろうよ!?」


(そうだ。イシュアの野郎が調子に乗ってるのが悪いんだ!)



 なおも口をパクパクさせる俺をあざ笑うように、イシュアは受付嬢と親しげに会話を始めた。


「イシュアさんもタイミングが悪いというか、なんというか……」

「ごめんなさい。取り込み中でしたか?」


「いいえ、何も問題ありませんよ」


(ま、まさか……!)

(あり得ないだろう、そんなの!?)


 俺は悟ってしまう。

 街でウワサの冒険者イシュアとは、目の前にいる俺のよく知ってるマナポーターだということを。


 


 俺が怒鳴り散らしているからか。

 気がつけば、わらわらと冒険者が集まっていた。

 そして――


「あれがイシュアさんを追放した愚かな勇者かい。ノコノコと再び顔を見せるなんて――恥を知れ!」

「魔力SSSの超新星。イシュアさんは、今やこの街で知らない人はいない有名人だよ!」

「アリアちゃんから話は聞いてる。おおかた魔力が持たなくて困ってるんだろう! 今さら戻ってこいなんて、都合が良すぎるんだよ!!」


 口々に俺に言葉をぶつけてくる。



(くそがっ! なんで俺が責められないといけないんだ!)


「アラン、もう用は済んだよね? まだ報告しないといけないクエストが残ってるんだ。用が無いならそこをどいて貰えると嬉しいんだけど……」

「な――!」


 俺のことなど、まるで眼中にないと言わんばかりの態度。

 カッとして武器に手を伸ばした俺に、



「ギルドの建物内での揉め事はご法度だよ。それを抜くってんなら容赦しないけど――どうする?」


 抜身の刀のような声がかけられた。

 剣を手にした美しい女性だったが、まとう空気は一流のそれ。



(……な、なんだ。この威圧感!?)


 この女はやばい。

 本能が警鐘を鳴らす。

 まるで凶悪なモンスターを前にしたときのような威圧感だった。


「く、くそっ。覚えてろよ!」


 俺に出来たのは、そんな捨て台詞を吐きながら、ギルドの外に逃げ延びることだけだった。




◆◇◆◇◆


「ふう、他愛のない。あんなんで勇者が勤まるのかねえ……」


 人にらみでアランを追い払った女性――ディアナは、やれやれと肩をすくめるのだった。

 ギルドの建物内での刃傷沙汰はご法度。

 その程度の最低限のマナーすら、あの勇者は持っていないのだ。



「あれがイシュアさんの元・パーティのリーダーか。なるほど。勇者って言葉にろくな思い出がないってのも頷ける――リリアン、前途は多難かもねえ……」


 そう呟きながらディアナは冒険者ギルドを後にする。

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