第385話 藤井名人

 とある休日、三橋と共に俺は近場のゲーセンへと足を運んだ。収入が全然なかった時期はゲーセンは貴族の遊び場だと思っていた。それくらい金が溶ける場所なのだ。不安定ながらも高校生の小遣い以上の金を稼げる今でも思う。ここは貴族の遊び場だ。やろうと思えば無限に金が溶けてしまう。だからこそ、節度を持って遊ばなければならないのだ。


「お、マサカー空いてるな。琥珀一緒に……いや、やめておこう」


「なんだよ。それ。誘おうとしてキャンセルすな」


「いや、だって。お前、俺にレースゲームで勝ったことねえじゃん」


 言われてみれば確かに三橋にはレースゲームに勝ったことがない。じゃあ、誰になら勝ったことがあるんだろうか。それを考えると存在しない記憶を手繰り寄せないといけないハメになりそうだから深く考えないでおこう。


「じゃあ、サッカーゲームでもやるか?」


「お? サッカー部の俺に挑戦か? サッカーゲームで俺に勝とうだなんて舐められたものだな」


「いや、言っても俺たちの勝率5割だろ」


 サッカー部所属の三橋だけれど、サッカーゲームが特に上手いというわけでもない。まあ、現実でもベンチウォーマーとして活躍しているみたいだから、しょうがない。


「ん? おい、琥珀。あそこ見てみろよ」


 三橋が指さした方向は格ゲーのコーナーだ。そこには藤井の姿があった。向かいの席に座っているのは、どこかで見た顔だな。確か、前に教育実習生として来ていた松風先生だっけ。まだ関係が続いていたのか。


「っしゃあ! オラァ! 見たか! これがアタシの実力じゃい!」


 え? あの先生ってあんな口調だっけ。それにこの感じ、なんか既視感がある。でも、デジャヴは脳の錯覚とも言うし、多分気のせいだろう。


「あー……やっぱり先生には勝てませんね」


「ふふん。藤井君はまだまだ甘いなー」


 得意げな顔をしている松風先生。まあ、藤井が楽しんでいるみたいだし、ここは声をかけるのはやめるべきだな。2人きりの対決デートを邪魔する程、俺たちは野暮ではない。三橋と顔を見合わせて頷いた後、俺たちはそこから黙って去ろうとした。


「あ、そろそろ時間だ。ごめんね藤井君。これから用事があるから今日は解散でいいかな?


「あ、はい。今日はお忙しい中付き合ってくれてありがとうございました」


「ううん、こちらこそありがとう。それじゃあ、またね」


 松風先生はその場から立ち去った。去り際に微笑む先生と、それをだらしない緩み切った顔で見送る藤井。俺たちは松風先生の姿が見えなくなってから、藤井に声をかけることにした。


「よお。藤井。先生とは上手くいってるみたいだな」


 三橋が藤井の背後から肩に手を乗せる。


「三橋君? それに賀藤君まで」


 急に俺たちが現れたことで驚きの表情を浮かべる藤井。別に学校の近場にあるゲーセンだから不思議なことではないが、藤井視点ではタイミング的に気まずいものがあるのかもしれない。


「見てたの?」


「ああ。ところで藤井。あの先生とはどこまで行ったんだ? 各ゲーで対戦以上のことはしたのか?」


 三橋がずかずかと藤井のプライベートな部分に踏み込んでいく。第三者視点だとこういう時、こいつの絶妙な無遠慮な空気の読めなさってありがたいんだよな。俺もなんだかんだ言いつつ気になっていたし。


「あ、いやその……デートに誘いはしたんだよ」


「マジで?」


「うん。一緒に食事をしませんか? って誘ったら……『いいよー。格ゲーで私に勝ったらねー。そうしたら、奢ってあげるよー』って言われて、そこで止まってるんだ」


「へ?」


 三橋が固まった。そこで俺は三橋が作ってくれた流れに便乗するべく、口を挟むことにした。


「それで、今まで全敗中なのか」


「そうなんだよ。いくらやっても松風先生が強くて勝てないんだ」


 まあ、それはご愁傷様としか言いようがない。俺も師匠より良い作品を作らなければデートできないって言われたら、デートできる気がしない。


「ああ……僕はこのまま一生松風先生とデートできないのかなって」


「ふっふっふ」


 固まっていた三橋がいきなり不敵に笑い始めた。こういう時、こいつはあまりロクなアイディアを出さないことはデータとして出ている。俺の感想ではない。


「なんだよ。藤井。それなら早く言えよ。言ったら、いくらでも俺と琥珀が特訓に付き合ってやるのによ」


「え? 本当?」


 いや、三橋。お前……! なぜ俺を巻き込む。とは言え、ここで拒否したら友人を見捨てるやつだというレッテルを張られてしまう。言葉を飲み込んでここは状況を静観しよう。


「なあ? 琥珀?」


「え、ああ。そ、そうだな」


 というわけで、流れで俺と三橋が藤井の特訓に付き合うことになった。しかもゲーセンの筐体でやるから金がとられる。まずは俺が様子見として藤井と戦い、その後に三橋が戦う流れだ。


"READY FIGHT"


 対戦よろしくおねがいします。と言う暇もなく、藤井の操作キャラのパンチが飛んできた。


「え、ちょ」


 上段ガードを決めようにも下段攻撃でガードを崩される。こちらが怯んだ隙に更なる追撃を加えられる。終始、藤井のペースに飲まれたまま、俺はあっと言う間にKOされた。しかも、2本。2本先取の勝負だったので、ここで俺の負けは決定した。


「琥珀、お前弱いな」


「ち、違う三橋。藤井が強すぎるんだよ」


「あ? そんなわけないだろ。こいつは、ちょっと前までは格ゲー初心者だったんだぞ。それに、未だに松風先生に勝てないでいる。そんな相手に一方的にやられるかよ普通」


 三橋がわかりやすくフラグを立ててから俺と交代で席に座る。そして、対戦が始まった。


 藤井のキャラが速攻で三橋のキャラに攻撃する。


「え、ちょ」


 三橋はギリギリでガードを決める。しかし、それでも藤井の猛攻は止まらない。一方的にボコられた俺と違って、三橋はなんとか反撃に成功しているものの、三橋の体力ゲージが残りわずかの状態になっても、藤井のゲージは半分以上残っている。2人の実力差は明らかだ。


 KO。終わってみれば、藤井の圧勝。どう見ても相手になりませんでした。対戦ありがとうございました。


「あれ? 勝っちゃった」


 なぜか俺たちに勝った藤井がポカーンとしている。これはどういうことだ。


「すげえよ! 藤井。お前そんなに強いなら、すぐに松風先生に勝てるんじゃないのか?」


「そ、そうかな」


「もう1回対戦してもらえよ。その強さなら絶対に勝てるって! というか、もう名人クラスじゃね? よ! 藤井名人!」


 三橋が無責任に藤井をはやし立てている。でも、俺にはどうも何かが引っ掛かるような気がするのだ。


「うん。なんか今日の対戦で自信がついたよ。ありがとう2人とも。僕は松風先生に勝って男になるんだ!」


 まあ、自信がついたのならそれでいいか。根拠がなくとも自信があるのは大事なことだからな。



 あれから、また藤井が松風先生と対戦する機会があった。俺たちはその翌日、学校で結果を訊きに行った。


「よお、藤井。松風先生との対戦はどうだった?」


「……ダメだったよ」


「え!? 嘘だろ。あれだけの実力があって勝てないのか?」


「うん。そうみたい」


 藤井は落ち込んでしまっている。


「もしかして、藤井。お前、松風先生以外とあんまり対戦してないんじゃないのか?」


「え? 確かにそうだけど。どうしてわかったの賀藤君」


「強敵相手に経験を積んで、強くなってはいるけれど、他の比較対象を知らなかったからそのことに気づかなかったんだと思う。だから、俺たちをボコボコにできたけれど、その強敵には未だに勝てないっていう現象だと思う」


「つまり……?」


「俺たち一般人相手に勝ったところで、松風先生に勝てる指標にはならないってことだ」


 こういう自分のおかれている環境に強敵がいるせいで相対的に弱く見える人っているよな。世間一般では優秀なのに、進学校では成績下位の人とか。ちょっとランク下の学校に進学すれば無双できたんだろうなって思う。どっちが幸せで、どっちが今後の人生のためになるのか。そんなのはケースバイケースで一概に言えないけど。

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