第373話 身バレの危機

 いつも通り、暇な昼休みを過ごしているとスマホにメッセージが届いた。送り主は、鳩谷先輩か。なんかロクな内容じゃなさそうだけど、無視するのも可哀相なので一応は相手してやるか。


『アニキ。Vtuberハッカソンの優勝おめでとうございます』


 ええ……学校の誰にも言ってないはずなのに、なんでこの女はその情報を持っているんだよ。本当に情報収集能力だけは無駄に高いな。


『そのことを記事にしたいので取材したいんですが、今日の放課後空いてますか?』


 空いているけれど、貴重な余暇を取材で使いたくないな。それにしても、3年生なのにいつまで新聞部に居座るつもりなんだよ。受験や就職はどうするんだ。


 まあ、でも普段は雑に扱っても構わない相手だと個人的には認識しているけれど、一応鳩谷先輩は俺の秘密というか、賀藤家の恥の情報を握っているんだよな。適当にあしらってでも、どこかでガス抜きしないと何やらかすかわからない。一応行ってやるか。



 放課後、俺は新聞部の部室を訪れた。そこにいたのは、鳩谷先輩と政井さんだった。


「アニキ。お疲れ様です」


 鳩谷先輩はパイプ椅子から立ち上がって、深々と俺にお辞儀をした。初対面の時の横暴さが懐かしく思えるほどの低姿勢である。


「なんで政井さんがいるんですか?」


 俺はちょっと苛立っている感じを出しながら、鳩谷先輩に質問した。政井さんがいるなんて聞かされていないから、そこの部分の報連相が杜撰ずさんだと憤りを感じてしまう。


「まあまあ、いいじゃないですかアニキ」


「賀藤君……なんで先輩にアニキって呼ばれてるの? まさか、賀藤君って実は留年していて年上だったりするの?」


「留年なんてしてないよ。この鳩谷先輩が勝手に呼んでるだけだから」


 このややこしい呼称はいらない誤解を生むんだよなあ。


「それでは、お二方にはこれからインタビューをさせてもらいます。今回の記事の特集はずばりVtuber。アニキはバーチャルの技術を支える技術者として、政井さんはファンの視線からVtuberの魅力を語って欲しいです」


 なるほど。政井さんはファン代表として呼ばれたのか。まあ、初期の頃からショコラを応援しているってことは相当コアなVtuberファンなんだろう。じゃなかったら、個人勢を発掘なんてしないだろうし。


「はい。Vtuberの魅力はなんと言っても、アニメ、ゲームのキャラクターのような存在がそこにリアルとして存在しているかのように感じられて――」


「あー。政井さん。とりあえず落ち着いてくれるかな? とりあえず訊かれたことだけを答えてね」


 口調こそ以前よりは柔らかくなっているものの、声色が明らかに高圧的である。まあ、根がそういう人間なんだし、中々人間の本質というものは変わらない。それでも、口調からでも変えていこうとするのは好感が持てる方ではあるけれど。


「はい、ごめんなさい」


 政井さんはわかりやすくシュンと落ち込んでしまっている。オタクというのはどうして、好きなものを語る時に早口になってしまうのか。


「それでは、最初にアニキに質問です。アニキは、Vtuberハッカソンで何を担当したんですか?」


「もちろん、3DCGを担当しました。3Dの制作班は俺の他にもう1人いて、その人をリーダーにして、出される指示に従って制作をしただけです」


「な、なんと……! あのアニキに指示を出せる人間がいたなんて。その人、肝が据わってますね」


 俺はどういうイメージで見られているんだ。ズミさんはかなり肝は小さそうだけどな。面白いからそのイメージは訂正しないでおこう。


「ということは、アニキを優勝に導いたのはその人のお陰ってことですか?」


「まあ、ハッキリ言ってしまえばそうですね。俺1人の力では到底優勝どころか入賞すら怪しかった程のイベントでした」


「ふむ。なるほど、なるほど。世の中にはアニキを顎で使えるほどの命知らずがいいて、その人はかなり優秀なんですね。いやー、世の中は広いですねえ」


 ズミさんが優秀なのは認めるけれど、命知らずってなんだよ。相変わらず失礼な女だな。


「アニキは、今回のハッカソンのイベントを通じて、これからのVtuberの発展を支えるものは何だと感じましたか?」


「そうですね。完全に個人でやっている人もいますが、企業勢はもちろんのこと、個人勢でも他の人の力を借りて配信している人はいますからね。そうしたチームの連携力が何よりも大切だと思いました。チーム全体が上手く行っていると良いアイディアや高い技術力も必然と身に着くと思います」


「実に日本人らしい和を重んじる回答ありがとうございました」


「そうなんですよ。賀藤君の言っている通り、裏方と連携が上手くとれているお陰で伸びている個人勢もいるんですよ。カミィがその好例ですね」


「訊かれたことだけを答えてって言ったよね?」


 鳩谷先輩……相当自分を抑えているんだろうな。


「えー。私にも推し語りさせてくださいよ」


「はあ。仕方ないか。そろそろ政井さんの方にも質問しようと思っていたところだし、それじゃあ気が済むまで推し語りをしちゃって」


 最早投げやりになっている。内心、人選を失敗したと思っていそう。


「私の最推しはなんと言ってもショコラちゃんです。見た目はセクシーなんですけど、中身がポンコツなサキュバスメイドなんですよね」


 おいコラ。何が見た目はセクシーだ。中身もセクシーやろがい!


「ショコラちゃんの配信は面白いんですよ。ほぼほぼ毎回、爆発炎上のオチがついて、それがおかしくて。視覚的にもここが見所だってわかりやすいから、Vtuberの初心者にもオススメできますよ」


「なるほど。そのショコラの映像を見せてもらうことはできるかな?」


「はい。ショコラちゃんの動画は全部再生リストに入れているので、すぐに出せます」


 マジかよ。全部リストに入れてくれているのか。そこまでファンだったとは知らなかった。なんか……ありがとうね。


 政井さんがスマホを取り出して鳩谷先輩にショコラの動画を見せている。1つの画面をお互いに見て、イヤホンも片耳ずつ付けている状態だ。


「ん?」


 鳩谷先輩が急に何かが引っ掛かったかのような声を出す。


「ちょっと、今のところ戻して」


「はい」


「……ねえ、政井さん。この声どこかで聞いた覚えがない?」


 俺はその言葉を聞いて心臓がドクンと跳ねた。え? まさか、鳩谷先輩がショコラの正体に気づいた?


「んー? まあ、同じ顔をした人は3人いるといいますし、声も似た人はいると思いますよ。ちょっとハスキーボイスの女性なんて飲み屋を探したらいそうですし」


「んー。どこかで似た感じの声質を聞いた覚えがあるけど、どこだったけな。なんか気になる」


「お、鳩谷先輩もショコラちゃんを気になりますか? 一緒に推し活しましょうよ!」


 まずい。鳩谷先輩は、もしかしてショコラの正体に感づいたのか? よりによって、この先輩か。既に姉さんのことで弱みを握られているのに、これ以上秘密がバレるのはまずい。


 鳩谷先輩が目を瞑り出した。そして、片耳のイヤホンを外す。


「映像と一緒に見るとそれに引っ張られて女性の声に聞こえるけど、目を瞑ると私には男性の声に聞こえる……ような気がする」


 おいおい、真相に近づいてきてるじゃないか。確かに映像を見ながらだと女性って先入観に引っ張られるけど、目を瞑ったらその先入観が消えて冷静な判断ができるのか。なぜ、目を瞑った! 鳩谷先輩!


「政井さん。私もこのショコラってVtuberの正体に迫りたいから、オススメの動画があったら教えて」


「はい、良いですよ。でも、ショコラちゃんの正体は色々考察されているけれど、確定情報はないんですよね。前世とかもないっぽいし」


 どうする? 止めるべきか? いや、ここで止めるのは逆に不自然だ。成り行きを見守ろう。


「うーん。私の記者としての勘が言ってるんだよね。ショコラの正体を掴んだらとんでもないビッグニュースになるって」

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