第372話 もっと彼女の配信見ろ

 Vtuberハッカソンを終えて、更にその間休止していたショコラの活動も再会してある程度経った頃。まとまった時間ができた。


 この時間をどう活かすか。それが今後の人生を左右すると言っても過言ではないほどに重要なことだ。でも、ハッカソンで死ぬほど3Dモデル作ったし、勉強はテスト期間以外はやる気起きないし、配信のネタもない。


 そんな時は他人の動画を見ることでインスピレーションを受けると良いかもしれない。クリエイターはインプットも重要だからな。決してサボるわけではない。と、最近は忙しすぎた影響で、余暇を娯楽に費やすことに罪悪感を覚えながらも動画サイトを漁る。


 オススメの動画の一覧を見ると、Vtuberの切り抜きの中に混ざってエレキオーシャンの公式チャンネルがあった。そう言えば、このチャンネルもあまりチェックしてないな。師匠は忙しいからか出演率が低いし、出演率が高いアレを見てもしょうがないしな。師匠がMVを上げた時にチェックする程度だったけれど……今回の動画のサムネに師匠がいる。つまり、師匠が出演するってこと?


 師匠はあのような性格だから、恥ずかしがって自分が出ている動画を見てくれなんて言わない。だから……そうだな。こっそり見ることにしよう。


「みんな。こんにちは。エレキオーシャンのマリリンだよー」


 うわ、出た。


 「フミカです」「MIYAだよ」「リゼです」とそれぞれが姉さんに続いて自己紹介する。撮影場所はどこかのキッチンのようだ。ガールズバンドがなんでキッチンで収録しているのか知らない。


「ところでさあ、みんなに質問だけど、みんなは私のことどう思ってる?」


「言っていいのか?」


「ごめん。やっぱやめて」


 師匠の圧で察しの悪い姉さんも流石に察した様子である。姉さんは師匠に相当迷惑をかけていると思うから、本当に弟として申し訳ないと思う。アレを姉と認めたくないけど。


「時々、こんな質問が来るんだよ。マリリンは料理が得意って言ってるけど本当に得意なんですか? って」


 姉さんの表情が曇っている。そりゃそうか。数少ない特技なのに、そこに疑惑を持たれたらなあ。


「私たちはマリリンの料理を食べたことがあるから、疑うようなことはしませんよ」


「そーそー。マリリンの料理はお店で出せるレベルだよ」


「MIYA。私は実際に飲食店で働いてるの」


 姉さんはバンド活動の裏で飲食店で働いている。一応、まだクビになってないから社会に適合してくれているようで良かった。


「へー。そうなの。マリリンの時給っていくら?」


「えーと……あれ? いくらだっけ?」


「なんで覚えてないの!?」


 MIYAさんの的確なツッコミが入るけれど、家族としてはこれが日常茶飯事すぎて全く驚きがない。姉さんが昔におつかいに行った時、帰ってきたら泣きながら「おつりがあわない」って母さんに謝っていた。ちなみに母さんが計算したら、おつりの金額はあっていた。レシートがちゃんとあるのに、何を見て、どう考えて、おつりの金額があわないと判断したのか理解に苦しんだのも良い思い出だ。


「月給が[ピーーー]円で、1日の労働時間が8時間だから……それで計算すると……わかんない」


 時給をベースに見込みの月給を計算する人はいても、月給から逆算して自分の時給を割り出そうとする変人を初めて見た。しかも、月給と1日あたりの労働時間で求められると思っているのがやべえ。出勤日数も計算に入れろ。


「MIYA。これ以上、真鈴の阿呆を弄らないでくれ。話しが進まない」


「あはは。ごめんリゼ。マリリンはつつけば無限にネタが出てくるからね。つい遊んじゃうんだ」


 つつけばネタがでてくる。それは半分正解で半分誤りだ。奴は何もしなくてもネタを爆撃機のように振りまく兵器なんだ。


「それで……私がダメなやつなんかじゃない! ってことを証明するために……あれ? 何するんだっけ?」


「自分で用意した企画を忘れるな。リンゴの皮むき対決だろ」


「あ、そうだった。流石リゼ。頭良い」


「お前がバカなだけだ」


 リンゴの皮むきか。まあ、姉さんならそれくらい余裕でできるだろうな。基本、頭が悪いけど不器用ってわけじゃないからな。楽器もできるし、包丁の扱いも上手いし。


「えっと……今日はエレキオーシャンのメンバーでリンゴの皮むきをして、最下位だった人が罰ゲームを受けてもらうって感じのアレだよ」


 1位は姉さんだろうから、2位を予想するか。俺としては、やっぱり師匠にがんばって欲しい。ここで彼女を応援しないと、彼氏として失格だ。流石の俺でもそれくらいはわかる。


 4人がそれぞれ横並びになり、リンゴと包丁を手に取り構える。時限式のタイマーが作動してその合図と共に対決が始まった。


 姉さんが手早くリンゴをむいていく。その速さは正に他の追随を許さない。速さを競う対決なのになぜか皮を細めにして繋げていて芸術点も高い。完全に余裕の現れなのか、ルールを理解してないのか、どっちかわからないけれど、凄いことに違いない。


 そこに遅れること、師匠とフミカさんが続く。この2人は良い勝負をしている。師匠も俺に唐揚げを作ってくれたし、料理はできる人だ。包丁の扱いも姉さん程ではないにしろ慣れている様子だ。


 一方で……平和なはずのリンゴの皮むき対決で、なぜかホラー映像が流れている。MIYAさんが不器用というか、動きがカクカクしているし、指を切りそうでハラハラする。


 誰の目からみても1位と最下位は明らかである。見所はやはり2位と3位の対決か?


「終わったー。えっへん」


 姉さんが余裕のクリア。細いのに皮が切れてないという明らかに他とはレベルの違いを見せつける。これで姉さんが料理ができないなどと言う輩はいなくなるだろう。


「むー……流石に真鈴には勝てないか」


 続いて師匠が完走し、フミカさんがそれに続いて終わらせた。師匠も細さは姉さんに敵わないものの、1度も皮が切れることなく終わらせて芸術点が中々に高い。


 そして、最下位が決定した後もハラハラとした映像は続く。途切れ途切れになった皮は芸術点もなく、遅くて危なっかしい。明らかに普段料理してない人の包丁捌きだ。


「はあ……終わったー」


 皮をむき終わった後の実の大きさを比較すると、むく前は全員同じ大きさだったのに、MIYAさんのだけ一回りほど小さくなっていた。皮にびっしりと実がついていて、実にもったいない。フードロスにもほどがある。


「はい、罰ゲームはMIYAに決定ね。優勝者の私がとっても素敵な罰ゲームを考えてあげる」


「げ。マリリンの罰ゲームか。嫌な予感しかしないな」


 MIYAさんも可哀相に。よりによって、姉さんに生殺与奪の権を握られるとは。


「それじゃあ、MIYAは罰ゲームとして、私の部屋の掃除をすること!」


「結構重めの罰はやめて」


「マリリン。動画的に見映えが悪い罰ゲームはしない方がいいですよ」


「真鈴は楽したいだけだろう。放っておけ」


 散々な言われようである。まあ、あの部屋の惨状を知らない人からしたら、大袈裟に聞こえるかもしれない。けれど、あのゴミ屋敷を見たら飛ぶぞ。


「それじゃあ、一発ギャグやってよ」


 うわあ、絶対滑るような振り方だ。この状況でウケるとか芸人でも中々に難しいぞ。


「えっと……ゲームに負けた他責思考の小学生並の言い訳やります。『この包丁全然切れないんだけど! お前の使ってる包丁だったら絶対勝ってた!』」


 うわあ……いたわ。ゲームに負けたのをコントローラーのせいにする奴。コントローラー取り替えてやって再戦したらガチギレして帰るパターンだ。


「はい、ありがとうございました。それでは、今日はこれで締めたいと思います。バイバーイ、またねー」


 自分で一発ギャグを振っておいて、それに触れることなく強引に動画を締める姉さん。そういうとこやぞ。

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