第360話 もふもふもふもふもふ

 秀明さんのところの次のチームは……どこだろう。


「次は俺たちの出番だな」


 不意に虎徹さんが俺に話しかけてきた。


「虎徹さん。持ち場を離れて大丈夫なんですか?」


「ああ。俺は演者でもないし、動画に関する技術的なものでも人手は足りているからな。ウチのリーダーの技術力が高すぎて俺の出番はないって感じだ。アレは理解できない程に高度な技術だ」


 要は、居てもうるさいだけだから締め出されたってところか。


「まあ、きちんと指示は出しているし、その指示通りに演算組んでくれたから問題はないんだけどな。1人で作品を見るのも退屈だから自慢がてらに一緒に見ようと思ってな」


「そうなんですか」


 俺が虎徹さんと話している横でズミさんは何やら虎徹さんを見て怯えている様子だ。まあ、普通の人からしたら銀髪の見るからに悪そうな人が来たらビビり散らかすのは無理はないと思う。俺はなんかもう慣れたから良いけど。


 そうこうしている内に映像が始まった。美しい紅葉。その落ち葉がひらひらと舞う背景。その紅葉の奥にある神社の境内。見ただけでわかる。これは虎徹さんの仕事だと。


 その境内に1匹の狐が円を描いて走り回っている。その狐がぴょんと飛び跳ねると狐耳の巫女に変身。これがVtuberか。


「どうだ? この巫女服をデザインしたのは俺だ。凄いだろ? 褒めたたえてもいいんだぞ」


「確かに凄いですね……この紅葉と神社も虎徹さんが?」


「ああ。よく気づいたな。その通りだ」


「見ただけでわかりますよ。このクオリティの高さは間違いなく虎徹さんだなって」


 流石、京都で修行しただけのことはあると彼の作品を見る度に思ってしまう。こんな凄い作品を作れるようになるんだったら、俺も京都で修行しようかな。


「へっ、そんなに褒めてもなにもでねえよ」


 褒めろって言ったのは誰だよ。


「みな様初めまして。私はこの神社の巫女です。よろしくお願いしますね」


 なんかどこかで聞いたことのあるような声が視聴者に向けて挨拶をする。ニコっと笑いかけるのも印象がいいし、狐が人間に化けるという登場シーンも中々に個性的で掴みはバッチリだ。


「私たちのサークルでは、AIを用いて動物の動きを制御するシステムを開発しています。こうして私がかがんで……手を叩くと」


 パンパンと巫女Vtuberが手を叩くと茂みから白い狐がやってきて、巫女の胸に飛び込んできた。巫女はそれを受け止めて狐を軽く抱く。


「このように合図を出せば飼い主のところに来てくれます。この子は賢くて障害物を避けることもできるんですよ」


 そう言うと巫女は神社の鳥居の傍に行き、狐の現在地との間に鳥居を挟む。そして手を叩くと狐は障害物を滑らかに避けて巫女のところまで辿り着いた。


 なんというかゲームとかでたまにある壁際を擦って移動するような不自然な動きではなく、予め先に障害物があることを見越してのルート作りをしている感じがして自然だった。まるで本当の動物みたいな挙動で2日でここまでのものを仕上げられるのかと感心してしまった。


 それにしても、ライブ配信でAIの実践なんて肝が据わっていると言わざるを得ない。AIはちょっと状況がズレるだけで全く違う挙動をしてしまうかもしれない。その想定外を少しでも減らしていくのが課題ではあるのだけれど、どうしても全てを潰すことはできない。出来うる限り潰したとしても、それを2日で仕上げるのは素人目から見ても勇気がいることだと思う。


「はい、お手」


「コン!」


 狐が巫女にお手をする。これではまるで犬である。まあ、狐もイヌ科の動物ではあるから、芸を仕込めば覚えてくれそうではある。


「このように、芸も仕込むことだって可能です。私たちは仮想現実で動物と触れあえる空間を提供するために活動しています。これからもどうか応援よろしくお願いいたします」


 む……まさか俺と似たようなことを考えている人がいたとは。俺も、電子のペットを作りたいと常々思っていたことだ。家庭の事情でペットが飼えない人もいるし、現実のペットには死がつきものだ。電子の世界ならばデータが破損しない限りは生きていられるし、バックアップでいくらでも復元はできる。そうした意味でも、俺はこの夢を叶えたいと思っている。


 なんかここのサークルとは気が合いそうな気がしてきた。俺も大人になったら、このサークルの門を叩いてみようかな。


「それでは、お時間いっぱいまでこの子をもふりたいと思います。もふもふもふもふ」


 巫女が狐にひたすら頬をこすり続けるという絵面で動画は終了した。



 八城のチームの実演が終わった。まあ、アイツらしい制作物と言えば制作物だ。


「このチームは大亜さんのご友人の方が代表を務めてますよね? やっぱり、凄いですね」


「ええ。AIって言えば聞こえはいいけれど、後をついてくる挙動はそんなに難しいものじゃないですからね。三角関数を理解していれば組むのは難しくない。ただ、動きが存外軽い。ライブ配信でVtuberを動かしながら、背景の紅葉の葉を落としつつ、風で揺らめく感じも出しながらとなると相当な軽量化が求められたはず……」


 更に付け加えれば、手を叩くことでの行動パターンの切り替え。音声認識で芸を作動させるなど……まあ、2日でここまで仕込めたな。


「よくわからないけど、狐が可愛いってことだけはわかった」


「何言ってるんだ倫音は。キミの方が可愛いよ」


「もうやだ、仁君ったら!」


 倫音さんが八倉さんの方をバシっと叩いた。丁度そのタイミングで控え室に八城が戻って来た。


「やあやあ。大亜君。僕たちの成果はどうだったかな?」


「ああ、お前はやっぱり変人だけど凄いやつだってことを再認識させられたよ。よくあれだけのことをしてラグ1つ発生させなかったな」


「うん……そうなんだよ。もう、本番でラグが発生しないか冷や冷やしてたよ。立ち位置1つ違うだけで演算回数が増える可能性があったからね。ギリギリまで安全地帯を探して、本当に疲れたよ。まあ、結局ちゃんと演じきれたのは日高さんのお陰でもあるんだけどね」


 八城が日高さんの方を一瞥した。日高さんは照れ臭そうに視線を逸らす。


「じゃあ、僕たちはそろそろ会場の方に戻るね。大亜君。がんばってね」


「ああ」


 八城一行は控え室から去っていった。


「あの日高さんって人……絶対、八城さんのことが好きだと思う」


 倫音さんがポツリと呟いた。俺は思わず「はあ?」と素の反応をしてしまった。


「いやいや、ありえないでしょ。だって、アイツはホモサピエンスのメスに興味がないとか言ってるようなやつですよ。そんなのを好きになる女性なんて地球の裏側を探したっているはずないじゃないですか。アイツを好きになるなんて宇宙人くらいなもんですよ」


「今の反応見ていればわかります。あれは完全に恋する乙女の反応でした」


 恋する乙女……? いや、日高さんのはただ単に内向的な性格なだけだと思うけどなあ。


「でも、アイツの初恋はオオアリクイですよ? 信じられますか? アリを食うような女を好きになってるんですよアイツは」


「いいえ。八城さんが誰を好きになろうと、日高さんの好きという感情を抑えることができないはず。叶わない恋をしてしまうのはよくあることです」


「は、はあ……八城を好きになるなんてコスパ最悪だと思いますけどね。だったら、もっと他に手頃な相手がいると思います」


「大亜さん。恋愛はコスパを持ちだすのはナンセンスですよ。恋愛は理屈じゃないんですから」


 ナンセンスって言われてしまった。


「八倉さんはどう思いますか?」


「僕は倫音の言ってることの方が正しいと思います」


「理由は?」


「僕が倫音が好きなことも理屈では説明がつかないからです」


 なに言ってんだこのバカップル。

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