第361話 止まらない夢
「次のチームは……匠のところか。さて、お手並み拝見と行こうじゃねえか」
虎徹さんが謎の上から目線で匠さんのチームを評価するようである。匠さん相手にこの自信は一体どこから来るのだろうか。ある意味凄いというか、目標が大きくて向上心があると良く言おうと思えば言えるけど……
赤い垂れ幕が画面に映し出されてる。幕が上がるとその奥にいたのは、タキシードを着た男性だった。男性の手にはバイオリンがあり、画面に向かって礼をする。
バイオリンと言えば赤岩さんか。彼は匠さんのチームだったのか。
男性Vtuberはバイオリンを弾き始める。キレイな音色がスピーカーから流れる。曲調自体は明るいのだけれど、やはりどこか悲し気な印象を受ける。そのアンバランスさが、赤岩さんが無理をしてバイオリンを弾いているんだろうと感じられた。
繊細な指の動き、震える弦。それらが3Dモデルとは思えないくらいリアルな再現度まで昇華していてモデリングやモーションの技術力の高さが伺いしれる。それにしても、この曲の感じはどこかで聞いたことがあるような気がする。俺はそこまでクラシック音楽を聴く方じゃないから、気のせいかもしれないけど。
「匠のやつ……コンペの時と全く同じ手法で来やがったな。ワンパターンなやつだな」
「そうか。この曲の感じ……どこかで聞いたことがあるような気がしたけれど、コンペの時のバイオリン奏者と同じじゃないんですかね?」
「うーん……わかんね」
虎徹さんはバッサリと切り捨てた。
「わかんねって……」
「あのなあ、琥珀君。俺がクラシック音楽の区別がつくように見えるか? 楽譜すら読めねえよ」
「全く見えませんね」
それどころか外見では、和風の世界観を表現するのが得意なCGデザイナーとは全く思えない。本当に人は見た目によらないとは良く言ったものである。
「多分、琥珀君の予想は合ってると思います。僕もなんか既視感のようなものを感じてましたし」
「おー、ズミさん。凄いっすねえ。音楽系にも明るかったりするんですか?」
「いや、そんなことはないですけど……」
ズミさんだったらクラシックのイメージと合う気がする。まあ、比較対象が虎徹さんだったら、誰でもクラシックが合うイメージになってしまうんだろうけど。
それにしても、赤岩さんの演奏は相変わらず物悲しいというか切ない気持ちになってくる。この曲は本来なら楽しいイメージに合うはずなのに、それがチグハグだとどうしても感じてしまう。
これが赤岩さんが言っていたことか。恩師を亡くしてからそのことを未だに引きずっている。そのせいでどんな曲を弾いても悲しさがどうしても出てしまう。そのせいで、赤岩さんはプロの道を断たれたと言っていた。
かつての天才が落ちぶれてしまうのは物悲しいものがある。俺に何ができるというわけではないが、彼には報われて欲しい。そんな思いが俺の中にはあった。
◇
照午君の演奏が始まった。相変わらずの悲愴感溢れる感じだ。先のコンペではレクイエムを演奏させた。それは彼の何を演奏しても悲劇になる特性にマッチしていて音楽自体も高評価を受けていた。
しかし、俺は今回はあえて喜劇の曲を演奏させてみた。彼が元々悲劇が得意ならそれはそれで1つの個性として受け入れられる。しかし、彼の場合はトラウマによって、喜劇が得意だったのが封印されているだけなのだ。所詮はまがい物の悲劇に過ぎない。彼の真価は喜劇によって発揮される。俺はそう信じている。
このまま喜劇の曲を大舞台で何度か演奏させてみれば、なにかが変わるかもしれない。そう思って、その舞台を今日選んだけれど……やはり長年のトラウマは一朝一夕で拭えるものではないか。まあ、それも仕方ないか。元々今回は勝つ気がない勝負。照午君に経験を積ませるための舞台なのだ。
「先生。どう思いますか?」
「こりゃ、ダメだな。もう俺たちの優勝はないな」
先生もやはり同意見か。ここからの巻き返しはもう無理だ。仮にここから喜劇に転じたところで、それも逆にチグハグになってしまう。
「そうですね。まあ、少しは可能性あるかなと思いましたが……残念です」
「まあ。いいじゃねえか。匠が前からやりがたっていたVtuberでの演奏会。そのリアルタイムの同期がこうして成功した。それでいいじゃねえか」
「そうですね……って、アレ」
照午君が演じるVtuberの右手がプルプルと震えはじめて変な挙動を始めた。そして……同期が切れたのかVtuberの右手がぷらーんと骨がなくなったみたいにぶらぶらとし始めた。
「言った途端、失敗したな」
「そのようですね」
「すみません社長。私のミスです」
青木さんが冷や汗をかきながら俺に謝ってくる。
「いや、青木さんのせいじゃないですよ。俺がちょっと無茶な要求をしすぎました。もうちょっと妥協点を見つけるべきでしたね」
「良かったな匠。失敗したってデータは得られたぞ。次からは同じ失敗しなくて済むぞ」
「ええ。先生らしい励まし方ありがとうございます」
実際のところ、こうした失敗のデータはありがたい。成功は無数の失敗の上に積み重なってできる。失敗のデータは多い方が良い。肝心な時に失敗しなくて済む。まあ、今がその本番の肝心な時だけどな。
バイオリンを演奏している照午君がふっと笑った。照午君も映像を見ている。この事故を見て思わず笑ってしまったんだろう。
「ん? 匠。耳を澄まして聴いてみろ」
「え?……あ」
俺は気づいてしまった。この失敗をきっかけに照午君の音楽の調子が変わった。悲しさが抜け落ちて……楽しく明るい感じの本来の曲のイメージに合う感じになった。
「先生! これは一体?」
「いや、俺にもわからないことはある。ただ……あの赤岩って子。明らかに何かを掴んだ様子だ」
◇
照午君のライブ配信は終わった。演奏を終えた彼が憑き物が落ちたような顔をして俺たちのところに戻って来た。
「照午君。よくがんばったね」
「ええ……社長。俺、ようやくわかった気がするんです。俺は先生の死をきっかけに止まってなんかいない。実は前に進んでいたんだって」
照午君が自分の両手の平を見て何やら嬉しそうな顔をしている。
「前に進んでいた?」
「ええ。俺は先生が死んでからの数年間。ずっと演奏を失敗し続けていた。そう認識していました。だから、ずっと周囲から取り残されて自分が成長できてないんじゃないかと思ってました……でも、社長の失敗を見て、やっとわかったんです。俺が今まで失敗したのは前へ進もうとした証拠だったんだって」
照午君は爽やかな笑顔のまま更に続ける。
「社長はずっと前に進んでいる。ずっと会社と共に成長している人です。その人が失敗したのは挑戦したからだって演奏中に気づいたんです。そうしたら、俺も今までの自分の失敗を前向きに捉えることができて……なんか知らないけれど今までの自分を取り返せたような気がしたんです」
なんか褒められているような気がしてどうもむず痒い。
「ま。要は気の持ちようだな。今までの積み重ねも、もちろん大事だ。しかし、マインド1つで人生が変わることだってありえる。キミはその人生において重要なマインドを手に入れたってわけだ」
「ええ……俺はずっと自分がネガティブになったのを先生の死のせいにしていた。本当は自分の失敗を積み重ねることで焦っていたのかもしれない。その焦りが余計に自分の実力を抑えていたんだなってやっと理解したんです」
「とにかく良かったよ。照午君が吹っ切れてくれたのが今回の1番の収穫だ」
俺は照午君の肩をポンと叩いた。さあ、俺も失敗ばかりしてないで、次は成功を目指そう。
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