第355話 ウデフリツノザヤウミウシ! 電光石火だ!
昼休憩を終えた俺は作業に戻り、ズミさんからの課題である水生生物のモデリングを提出した。
「うーんと……そうだね。このリュウグウノツカイとを活かす方法で考えようか。それをバッグのメインとすると……もっと美しくて色鮮やかな感じの編成にした方が……」
「なるほど。そこでウデフリツノザヤウミウシの出番ですね」
「いや、それはいらないかな」
ズミさんのまさかのいらない発言。ズミさんがここまでバッサリと切り捨てるのは珍しいことだ。
「どうしてこのウミウシがダメなんですか! 美しい程に色鮮やかじゃないですか!」
自信作だっただけに、意図もたやすく切り捨てられたことに納得できない。ここは納得できる説明があるまで引き下がるわけにはいかない。
「琥珀君。倫音さんのダンスはどっちかと言うと動きが激しい。つまり、鈍足なイメージがついている生物はミスマッチなんだ」
「そんなの、ウデフリツノザヤウミウシに電光石火をさせればいいじゃないですか! それなら素早さに関係なく先手を……」
「琥珀君。このイベントを潰す気なの……?」
流石にこのカラーリングで電光石火させるのはダメだったか。法務部とバトルしかねないからな。
「じゃあ、リュウグウノツカイはいいんですか? あんなの優雅に泳ぐだけで別に速く泳ぐわけじゃないんですよ」
「でもウミウシよりは速いし、マグロ並みに速く動いたら、今度はメインであるはずのVtuberが目立たなくなってしまう。Vtuberのダンスより多少遅いくらいが丁度いいんだよ」
「む……確かに」
ズミさんの正論に最早何も言えなかった。人間は無意識に動くものを目で追ってしまう。それは師匠から教わったことだ。動きが速ければ速い程にそっちに目が行ってしまう。そう考えると最も目立たせたい倫音さんが演じるVtuberの動きが速く見えるようにしなければならない。そう考えるとリュウグウノツカイの速度が限りなくベストに近いってことか。
やはり、今の俺に足りないのはそうした【静と動】の使い分けなのだろうか。ヒスイさんに負けた原因と予想されただけに、苦手意識を持ってしまっているのだろうか。これを克服できる日は来るのだろうか。
「まあ、とにかく。このリュウグウノツカイのブラッシュアップを急務でお願い。その間にこっちは、どう動かすか考えておくから」
「はい。わかりました」
あんな細長い物体をどんな風に動かすのか想像もつかないけれど、きっとズミさんなら効果的な演出を考えてくれるだろう。なんと言っても水のエキスパートだ。きっと俺なんかじゃ考えもつかないようなモーションを考えてくれるんだろうなあ。
そんな期待を胸に俺はリュウグウノツカイのブラッシュアップを始めた。ウデフリツノザヤウミウシにさよならバイバイ。
◇
俺はフルマラソンを走ったことはない。でも、校庭を走らされた経験はある。最初の数百メートルは楽だ。むしろ、体を動かしていて気分転換にもなる。でも、それ以上になるとまあ、地獄だ。要は何事もやり始め。序盤が一番楽しい説というのはある。いや、それは諸説あるな。ゴールが近づいてくる終盤もそれはそれで楽しいものがある。じゃあ中盤は? 一番弛む瞬間である。
ある程度造形を大まかに作っている時はスムーズに事が進んだけれど、クオリティを上げるためのブラッシュアップが上手く行かない。現実のリュウグウノツカイの画像を検索して自分のモデルと比較する。その差異は何なのか、効果的に表現するのはどうすればいいのか。色合いは本当にこれでいいのか。悩みに悩んだ結果、頭が爆発しそうだということがわかった。
え? ブラッシュアップってどうやんの? ズミさんはこれ以上俺に何を求めているの? さっきのやつで完成で良くない? ダメ? まだディティールが甘い? そうですか……
俺は予想外にこのハッカソンというイベントを甘く見ていた。俺は基本的に在宅での作業が主だ。つまり、作業してちょっと弛んで来たら休憩と評してベッドにダイブ! オフトゥンに包まって、英気を養って作業を再開と言った気分転換をしていた。
でも、この場ではそれが出来ない。え? 会社勤務の人たちってその至高の時間がないってこと? やばすぎない? 俺、その時点で就職できる気がしない。
在宅での作業に慣れ過ぎた俺にとっては、この色んな人の目がある状況ってのがストレスになっているのかもしれない。監視の目がある中でどうやってリフレッシュすればいいんだ……? ってか、ズミさんも兄さんも八倉先輩もずっと集中して作業しているな。もしかして、集中して作業出来てないのは俺だけか?
このままじゃダメだ。環境の変化に適応できない野生動物は絶滅するだけだ。俺はこんなところで絶滅するわけにはいかない。なんとかして集中力を取り戻すんだ。
とは言っても、1度切れた集中の糸は中々戻らない。ついには、兄さんと八倉先輩の会話を盗み聞きしてしまうことになった。
「うーん。楽曲のサビの直前。ここに何かしらの演出入れたいですね。どう思いますか? 大亜さん」
「それなら、爆発はどうですか?」
「爆発?」
「ほら、アイドルのライブとかでもあるじゃないですか。爆発と共にサビに入って盛り上がるの」
まあ、確かにイメージはつく。でも水中で爆発ってどうなんだろう。
「ふむ……水中で爆発するとどうなるのか。ちょっと、試しにやってみますか?」
「うーん。水飛沫がバシャアってなると思いますが……一応やってみますか」
爆発……いっそのこと、このリュウグウノツカイは実は爆発物だったってことにしたらどうだろうか。いや、それは流石に意味不明すぎる。
「なーんか、水飛沫がもっさりしてますね」
「もっさりしてますねえ」
「良いアイディアかと思ったけど、盛り上がりにかけますね」
「そうですね。水中での爆発はなしの方向で」
なぜか爆発が不採用になって滅茶苦茶残念そうにしている兄さん。なんでそんなに残念そうなんだよ。爆発に何か特別な思い入れでもあるのかよ。
「ズミさん。ちょっと良いですか?」
「ん? どうしたの?」
「リュウグウノツカイを擬人化したらどうなるんでしょうかねえ」
「うーん……長いから身長高めの麗人とか?」
「どれくらいの身長でしょうか」
「2メートルくらい?」
「いやー。そんな現実でもいそうなくらいの身長に収まって欲しくないですね。世界記録を軽く凌駕するくらいじゃないと俺は満足しないです」
「えーと……じゃあ3メートルくらいかな」
「お、3メートル! いいですね」
師匠の身長は150cmなかったから、師匠を縦に2人並べても届かない程か……なんか、デカいのかデカくないのかよくわからなくなってきた。
さて、自分から会話を振っておいて、この話のオチが見えてこない。どうやってオチをつけたものか。
「ズミさん。いっそのことリュウグウノツカイを擬人化しましょうか」
「3メートルの?」
「3メートルのです」
「2つの理由で却下したいけどいいかな?」
「ええ、遠慮なくおっしゃって下さい」
「1つ。バックにいるのが3メートルの巨人とかメインのVtuberが目立たなくなる」
「ああ、それはありますねえ」
「2つ目は……琥珀君は、擬人化せずに動物のままモデリングした方が絶対に出来が良いものを作ってくれる。僕はそう信じているよ」
「なんか複雑な気分です」
なんか勝手にズミさんがオチのようなものを付けてくれたので、この話は終わった。結果、爆発も却下されたし、擬人化も不採用で、この時間帯の会話は何1つ進展しない。何もないを得ただけの時間だった。
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