第348話 初めましてが初めましてじゃない定期

 今日はVtuberハッカソンの日だ。今まで個人でやってきた俺にとって、初めてチームを組んで作業をするイベントだ。上手く連携が取れるかどうか不安な気持ちもあるけれど……とりあえず、やるしかない!


 俺は身支度を整えて、玄関へと向かった。その道中に真珠とすれ違った。


「あれ? ハク兄も出掛けるの?」


「ん? まあ、そうだな」


「大亜兄も朝早くから出ていったんだ」


「そうなのか」


 言われてみれば兄さんの靴がない。まあ、休日だしデートかなんかだろう。



 Vtuberハッカソンの会場に着くと既に何人かが集まっている。どこかで見たような気がする人当たりが良さそうな青年と控えめな印象の女性。ツーブロックスでピアスを付けているなんかパリピっぽい感じの人が背が少し低い男性と話している。会話の内容から察するに勧誘でもしている感じかな。その2人に顔に傷がある強面のカタギじゃなさそうな男性が近づいてくる。パリピっぽい男性は平然としているけれど、背が低い男性はなんか委縮している感じがする。無理もない。俺だって、あの顔に話しかけられたらビビる。


「あ、賀藤君!」


「八倉先輩。もう来てたんですね」


 周囲を見てもズミさんと倫音さんはまだ来てない様子だ。


「賀藤君。仲間が増えたよ」


「え? どういうことですか?」


「丁度、システム面に強い人が追加で欲しくてね。ソロで来ている人と会話して勧誘したんだ」


「凄いじゃないですか。相手はどんな人なんですか?」


「多分、賀藤君も名前が聞いたことがあるような有名なIT企業の主任だよ。今はちょっとトイレに行ってる。すぐに戻ってくるとは思うけど……あ、来た」


 八倉先輩の視線の先には……見間違いじゃないよな? 明らかに知っている顔があって、向こうも俺の顔を見て驚いている。


「兄さん!?」「琥珀!?」


「兄さん……? あー、確かに賀藤さんは賀藤君と同じ名字だと思っていたけれど……まさか兄弟だったとは」


 え? なにこの状況。まさかこんなところで兄さんと鉢合わせをするなんて。しかも、兄さんと同じチーム……? ちょっと理解が追い付かない。


 ちょっとしたアクシデントが発生したけれど、俺たちはすぐに状況を飲み込んで協力することにした。びっくりはしたけれど、強力な味方が増えたことはありがたい。兄さんが優秀なことは良く知っている。兄さんの開発した物理エンジンに何度か助けられたし、炎上させられたしな。


「やあ、大亜君。組む相手が見つかったみたいだね」


 先程見かけた人が良さそうな青年が兄さんに話しかけてきた。この2人……知り合いだったのか。


「八城のチームに入っても良かったけれどな。お前とは大学時代に散々組んだから今更感があるしな」


「僕は大亜君と一緒に研究開発した日は忘れられないけどねえ……そちらは弟さん?」


「ああ。弟の琥珀だ」


「どうも。初めまして」


 俺は八城さんとやらにペコリと挨拶をした。


「初めまして。僕は八城 辰樹。キミのお兄さん。大亜君とは大学時代からの友人でね。何度もお世話になったんだよ」


 その時、スマホが鳴った。俺の着信音とは違う。八城さんがポケットからスマホを取り出す。


「おっと……失礼。仲間からの電話だ」


 それだけ言うと八城さんは電話に出て、足早に去っていった。


「賀藤さん。あの八城って人。ただものじゃない雰囲気を纏ってました」


「ええ、あいつはただものじゃありません。常人には理解できない“嗜好”を持ってますからね」


「なんと……! 賀藤さんが言うからには凄そうな“思考”ですね。相手にとって不足なしですね」


 一見、会話が噛み合っているように見えるけれど、なにかが噛み合ってないような気がして違和感を覚える。


「主任! やりました。3Dデザイナーを確保しました。これで、俺も主任と同じ土俵で勝負できますね」


 先程、背の低い男性を勧誘してたっぽい男性が兄さんに話しかけてきた。主任……ってことは、この人は兄さんと同じ会社の人か?


「ああ、良かったな。お前から誘っておいて、人が足りなくてチームが組めませんでしたは笑い話にすらならないからな」


「本当ですよ……あ、初めまして。俺は小弓 駿。賀藤主任の部下です。主任のチームの人ですよね? お互い全力でがんばりましょう」


 小弓さんが俺に握手を求めてきた。特に断る理由がないので俺は握手に応じた。


「賀藤 琥珀です。よろしくお願いします」


「そっちのお兄さんもよろしく」


「八倉 仁平です」


 小弓さんにつられてかは知らないけれど、強面の男性と背が低い男性がこちらに近づいてくる。


「私たちも挨拶をしておこうか。私は、久保坂 和己。小弓君と同じチームです。よろしく願いします」


「オレは、ナツハって名前で活動しているクリエイターです。よろしくお願いします」


「あ、よろしくお願いします」


 ナツハ……俺の箱にいる猿人庭師と同じ名前だ。偶然ってあるもんなんだな。


 当たり前だけど、こういうイベントでは初めましての人が多い。その分、人脈が広がっていくし、そういう感覚は結構楽しい。


 そんな楽しい時間に終わりを告げるような予感がした。RPGで最初の村に魔王が出現する。そんなどうあがいても勝てないような状況が背後からやってくる感覚に襲われた。


「あれ? 琥珀君、八倉さんも来てたんですね。」


 聞き覚えのある声がして振り返ってみるとそこには、匠さんの姿があった。その隣には、ビナー制作の際にお世話になった青木さんと……隣にいるのは誰だ? 髪の毛がだらしなくボッサボサになっている中年男性がいる。男性は頭をかきながら欠伸をしている。なんとも緊張感とやる気がない感じがする。


「社長……!」


 八倉先輩が緊張した面持ちになった。


「匠さんもこのハッカソンに参加するんですか?」


「まあ、そのつもりで来たよ」


 匠さんの隣のワカメヘッドが俺をジロジロと見ている。


「……ああ、なるほど。キミが琥珀君ねえ。匠の坊やから話は聞いているよ。なんでも高校生とは思えないくらいの実力の持ち主だってね」


 匠さんを坊や呼ばわり。この人は一体何者なんだ……


「琥珀君、この人は佐々木 勇真大先生だ。俺をここまで育て上げてくれた恩師だよ」


「え? 匠さんの恩師!?」


 全然見えない。匠さんはこう、服装がきっちりとした大人だけど、この人は妙に恰好がだらしない。見た目で判断するのは良くないことだけど、最低限の身だしなみを怠るのはそれ以上に良くないことである。少なくとも俺はこの人から凄いと思うようなオーラを感じない。そんな人が匠さんの恩師だなんて信じられない。


「まあ、俺は匠の坊やと組んで暴れることに決めた。今の内に覚悟しておくことだな。ふふふ」


 不敵な笑みを浮かべる佐々木さん。匠さんの言っていることが本当なら……こんなの勝てるわけがない。匠さんと言えばアレだ。俺よりも数段上の実力を持っている人の更に数段上という、どうやったらその域に達することができるんだよって思えるような人だ。


 そんな人が自分の師匠と組んで暴れる……こんなのもう一種のテロ行為だろ。無慈悲にも程がある。


「先生。そんなに脅さないでください。琥珀君……別に俺たちはキミたちを潰してやろうだなんて思ってない。ただ、このハッカソンの舞台である実験をしに来たんだ。だから本気で勝ちを拾いにいくつもりはないからそこは安心して欲しい」


「はあ……」


 安心できるはずがないんだよな。師匠が言うには、匠さんは勝つ気がなかったセフィプロのコンペで優勝した前科があるからな。この人の勝つつもりがないほど信用できないものはない。


「そういうこった。勝ちを拾いにいくのも面倒だしな」


 なんだろう。この佐々木さんの発言は不思議と信憑性がある。

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