第349話 こっちは知り合い

 まだズミさんたちが来てないけれど、とりあえずパソコンの接続作業を始めた。作業の途中で俺の背後から聞いたことがある声が聞こえた。


「あれ? 琥珀君も来てたんだな。こんなところで会うとは思いもしなかったぜ」


「虎徹さん。それに稲成さんまで」


 銀髪と狐の面をつけている不審者と中々に尖ったコンビがやってきた。


「琥珀君はもうチーム作ってんのか?」


「はい。そちらの八倉先輩と……後は、ズミさんと組んでます」


「そっかそっか。よっしゃ! 打倒匠のために一緒にがんばるか!」


 打倒匠……そういえば、この人は匠さんをやたらとライバル視していたな。もしかして、このハッカソンに参加した理由も匠さんへの対抗心から来ているんだろうか。


「ええ、そうですね。やるからには優勝を狙いたいです」


「いいねえ。まあ、俺も優勝を譲るつもりはねーけどどよ。匠の野郎に優勝されるよりかはマシだけどな。はっはっは」


「虎徹君。ライバルと長く話しすぎだ」


「おっと、わりいな稲成さん。それじゃ、俺たちも仲間が待っているからそろそろ行くか。がんばれよ」


「はい、ありがとうございます」


 虎徹さんに稲成さん。どちらも強敵だ。それだけに中々面白くなってきたな。虎徹さんが立ち去ろうとした時、なにやらとんでもない気配がした。厳かな雰囲気というか、緊張が走る。なんだこの感覚は。


「虎徹。久しぶりやね」


 あの女性は……確か侍宗寺院 秀明さんだっけ? マッチョを愛し、マッチョに愛されているかはわからないクリエイター。なにやら雰囲気が違う。相変わらずプリンみたいな金髪しているけれど、精神的に落ち着いている感じがする。まるで、この人だけ10年後の未来からやってきたかのような。それくらい、ほんの少しの所作から精神的な成長が感じられた。


「おお、秀明か。どうしたんだよ。最近連絡しても全然返信返ってこないしよ」


「それは、申し訳ない。何分、ウチも精神修行のためにネット環境とマッチョへの渇望を捨て去ったものでね。今のウチはマッチョクリエイターの侍宗寺院 秀明ではない。ウチの真の名は……加野 睦美! このハッカソンで優勝する者の名だ。覚えておくといい」


「うん、本名知ってんだよ俺は」


 虎徹さんは秀明さんの本名を知っていたようだ。俺は知らんかったけど。


「では、ウチはそろそろ行く。あまり俗世に触れると修行で鍛えた高潔な精神が穢されてしまう」


「俺は俗世扱いかよ。人をばい菌みたいに言いやがって」


「すまない。悪気はないんや」


 それだけ言うと秀明さん……じゃなかった加野さんは去っていった。マッチョへの渇望を捨てたって言っていたな。それが本当なら1つの個性が消えたことになる。でも、その状態でも十分おもしれー女変人だったな。


「虎徹さん。秀明さんってマッチョ系クリエイターですよね」


「ああ、本人はガッリガリだけどな」


「マッチョを断ったら、物凄い弱体化では?」


 正直、俺はあの人の作品なマッチョ以外見たことがない。クオリティの高いマッチョを常に提供し続けることに価値があるタイプのクリエイターなのに、自分からそれを捨て去るなんて……料理人が包丁を捨てるようなものじゃないのか?


「ああ、琥珀君は知らないかもしれねーが、アイツの最も得意とするところはそこじゃない」


「え?」


 なんだろう。右利きだと思っていた相手が実は左利きで実力を隠していたみたいな展開は。マッチョが最も得意とするところじゃなかったのか?


「驚くのも無理はねーが……まあ、口で説明するよりかは、アイツの実際の作品を見た方がいいな。きっと口から心臓が飛び出るくれー驚くと思う」


 それだけ言い残すと虎徹さんと稲成さんは立ち去ってしまった。最後に気になることを言いおって。マッチョクリエイターの秀明の名を捨てた加野さんの本当の実力が気になりすぎる。


「中々ユニークな人たちだったね」


「そうですね。見た目もキャラも濃い人たちですよ」


 嵐が過ぎ去った余波を八倉先輩と語らっていると、ついにズミさん倫音さんが会場に姿を現した。


「仁君おはよう。会いたかったよ」


「ああ、倫音おはよう。なんか今日はいつもより肌の調子が良くないか?」


「あ、わかる? 今日のためにコンディションを整えてきたんだ。お陰でお肌も10代の子並になってると思うよ」


 10代は流石に言いすぎだろ。それに、Vtuberだから、肌の調子を整えたところで審査に影響しないのに何してんだ。


「うん、そうだね。今日の倫音はいつにも増して可愛いからそれだけで優勝しちゃうかもね」


「もう、やだー仁君ったら」


「演者の容姿は審査に関係ないと思います」


「…………」


 なぜか場の空気が凍り付いた。正論言ったつもりなのに、なにかがおかしい。


「あ、そ、そうだ。琥珀君と八倉さん、パソコンの接続をしてくれたんだ。ありがとう」


 ズミさんが別の角度から話題を切り出した。


「あ、気にしないで下さい。元々早く来た人がやる作業ですから」


 俺は当然のことをしたまでである。お礼を言われて悪い気はしないけれど。


「弟のチームメイトの人ですか。弟がいつもお世話になってます。俺は琥珀の兄の大亜です。システムエンジニアをしていて、今回はそちらの八倉さんに技術的な協力をすることになりました。よろしくお願いします」


「え? 琥珀君のお兄さん。前にお会いしましたよね?」


「えー……ああ、あの時のコンテストの展示会にいた人ですよね」


 そういえば、2人は会っていたんだったな。すっかり忘れていた。


「改めて自己紹介しますね。僕は魚住 龍之介。よろしくお願いします。一応、3DCG制作班のリーダーです」


「私は倫音。ダンサーをやっています。このチームのVtuberの演者です」



 予定していた参加者は1名の病欠を除き、全員が集まった。ハッカソンの開始時間になったことで、主催者のありがたいお言葉が聞けるとのことだ。


「えー本日はお日柄も良く――」

「であるからして、昨今のVtuberブームは――」

「……と私は分析しております。このことからわかるのは――」

「以上、私からは以上です。みな様も優勝という枠組みにとらわれずに楽しむことを第一に考えて頑張ってください」


 主催者のとんでもなく長くてありがたいお言葉を右耳から左耳に流したところで、ハッカソンが本格的にスタートした。


「では、新規メンバーの大亜さんもいることだし、改めて方針を確認しようと思う」


 八倉先輩が俺たちを集めて、語り始める。確かに方針を確認することは重要なことだ。俺たちは既に知っているけれど、今一度確認をしよう。


「まずは個々の能力を確認する。僕、八倉 仁平は、前職がIT関係の仕事をしていた。3Dプログラムやネットワーク関係などの知識もそれなりに叩きこまれた。まあ、その叩きこんでくれた人がライバルにいるんだけどね」


 ライバル……青木さんのことかな?


「3DCGも作れるけれど、それは魚住さんと賀藤君の方に任せようと思う。とは言っても、2人から応援を要請されたら、対応することはできるから遠慮せずに頼って欲しい」


 システム構築もCGもできるのはハッキリ言って万能すぎる。今回はプログラム系の人材が足りてないから、そっちに行ってもらったけれど、どっちにも対応可能なのはチームとしてはありがたいなあ。


「そして、僕と同じくシステム面を担当してくれるのは大亜さん。こっちはシステムの構築を専門でやってもらう」


 兄さんも一応、3Dプログラムをやっていたから、ある程度の3Dモデルは作れるんだろうけど……出来がね……素人に毛が生えたレベルだから手伝えることはないだろう。


「そして、3Dモデルやその他背景などを作ってくれるのは、魚住さんをリーダーにしたCG班。賀藤君は魚住さんの指示に従って行動して欲しい」


「はい、がんばります」


「そして、演者となるVtuberはダンサーの倫音。全ては彼女の特性を活かすために、僕たちは行動をする。要はぬるぬるとダンスができるVtuberを作ろう。それが僕たちが目指すところだ」

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