第346話 チームで戦うこと
「ヨシ!」
俺は目の前の成果物を見て勝ちを確信した。直近で最も反応が良かったのはネコミミだ。つまり、獣と人間の融合。それこそが、俺の強みの新たなる可能性なのだ。多少、獣成分が入っていてもベースが人間ならヨシ!
今回のテーマは、鳥人。つまりハーピィだ。人間の女性をベースにして、羽をつけて手を
これは今まででの俺の作品で最高傑作かもしれない。それくらい自信がある。これなら負けるはずがない。そう確信して俺は八倉先輩に作品を提出した。
◇
俺とズミさんは八倉先輩にカフェに呼び出された。2人が同時に店に入ると既に八倉先輩の姿があった。八倉先輩の隣には小料理屋で見た写真の女性が座っていて、視線が合うとニコっと笑いかけてきた。
「初めまして。仁君から話は聞いてます。私は
クールでミステリアスというのが第一印象だ。ダンサーだからもっと陽気な感じかと勝手なイメージを持っていたけれど、それが打ち砕かれた感じだ。
「は、はい。僕は魚住 龍之介です。よ、よろしくお願いします!」
ズミさん噛み過ぎだろ。知り合いの彼女に対して緊張しすぎている気がする。まあ、確かに初対面の相手じゃ無理もないけど、知り合いの知り合いなら別に取って食われるわけでもないし。
「俺は賀藤 琥珀です。よろしくお願いします」
挨拶を済ませて俺とズミさんは着席をした。
「2人ともよく来てくれたね。倫音との顔合わせも兼ねて……まあ、アレだね。2人とも気になっているであろう例の勝負の結果を伝えたいと思う」
やはり、勝負の結果の報告のために呼び出されたのか。俺は息を飲んだ。太腿の上で拳を握り緊張を和らげる。提出した時はそれなりに自信があったものの、いざ結果発表の時が来たらやはり緊張してしまうものだ。
八倉先輩がタブレット端末を取り出して、俺が提出した3Dモデルを表示させた。
「これが賀藤君の作品だ。中々良い仕上がりだと思う」
「本当だ……凄い」
ズミさんに褒められて悪い気はしなかった。ズミさんに認められたってことは、これはもしかしたら勝てるのでは?
「中々可愛いと思います。仁ちゃん。私がこれを演じるの?」
「まあ、待って倫音。まだ決まったわけじゃないから。続いて、魚住さんの作品を見せるよ」
八倉先輩がタブレット端末を操作して、画面を切り替えた。切り替わった画面を見た瞬間、俺は一気に自信を喪失した。ズミさんが作った3Dモデルの出来が良すぎた。そこに映っていたのは……こめかみのやや後ろあたりに魚のヒレのようなものを付けた異形の女性。海に住んでいる亜人という設定を言われなくても一目見ただけで理解できるほどの説得力がそこにはあった。
俺が空の亜人で来たのに対してズミさんは海の亜人で勝負を仕掛けてきた。まさか、亜人で被るとは思わなった。
「こちらもデジインはいい感じに仕上がっているね。正直、どっちをリーダーにするか本気で迷ったよ」
「そうね。さっきのも良いけど、こっちも捨てがたい」
倫音さんもズミさんの作品を認めている。やっぱりズミさんは一筋縄ではいかない相手だ。前にも増して実力に磨きがかかっている。
「結果を発表する前に、僕が作品を判断するにあたって重視した点を伝えておく。まず1つ目、チームで戦うことを意識しているか。2つ目。しっかりと目的を見定めているか。それを踏まえた結果……僕が選んだのは」
俺は耳を澄まして八倉先輩の言葉を待った。そして、八倉先輩がゆっくりと語りだす。
「魚住さん。あなたがリーダーに相応しい。僕はそう判断する」
結果が発表された途端、俺の中の何かが抜けていくような感覚を覚えた。それは緊張か血の気か情熱かはわからない。けれど、家を出るまでは持っていた何かが喪失したのは間違いない。
「え、ぼ、僕ですか?」
勝利したはずのズミさんが困惑している様子だ。彼の自信がない性格を考えたら、嫌味ではなく本気でどっちが勝つか予想できなかったという感じだろう。
「まず、2人の作品の外見に出来に大きな差はなかった。それなのに、勝敗がわかれた理由は作品の中身にあったんだ」
「中身ですか……?」
俺はピンと来てなかった。作品の中身ってどういうことだ?
「僕は彼女……鹿場 倫音がダンサーであることを2人に伝えていた。それを2人がどう受け取るのか、そこを判断基準の1つにするようにしていたんだ」
「あ!」
俺はその時、自分が見落としていたことに気づいた。なぜ、こんな重要なことに気が回らなかったんだ。
「2人の作品の関節の可動域まで見させてもらった。賀藤君が一般的な動作をするのに十分な関節と骨格の設定をしていたのに対して、魚住さんはこのまま設定を弄らなくてもダンスができるように柔軟な関節を設定していたんだ」
関節の可動域。それは確かにVtuberとして動かす前提ならば考えなければならない範囲だ。人間にも体が堅い柔らかいのがあるのと同じように、3Dモデルも可動域はそのモデル毎に異なる。当然ながら可動域をぬるぬる動くようなしなやかさを持っている方が高い技術を有する。制作コストとの兼ね合いでどこまで関節を設定するのかを見定めるのもクリエイターの技量の1つである。俺はそこの判断を見誤ったんだ。
「僕は確かにVtuberハッカソンでダンスでアプローチをかけるとは一言も言ってない。けれど、そこはダンサー発言で読み取って欲しかったところが本音かな。顧客と打ち合わせをするとわかるけど、顧客は本当に必要な情報を具体的には落としてくれるとは限らない。だから、顧客の少ない発言や所作から顧客が本当に必要なものを求める。それがクリエイターの資質の1つでもある」
顧客が本当に必要なものか……それを読み取るスキル。それが俺に足りてなかったのか。確かに俺は自主制作のものを売っているのがメインだ。誰かに依頼されての制作経験は片手の指で足りるくらいの経験しかない。そうした勘が働くには経験が足りてない。
「次に僕が感じたのは……これは感覚的な話だけど、賀藤君の作品と魚住さんの作品では見ている相手が違う気がしたんだ。賀藤君の作品はなんか魚住さんを意識しているというか、彼を打ち負かしてやろうって気概が見えたのに対して、魚住さんが見ているのは違う。賀藤君に勝ちたいというよりかは……まだ見ぬ相手に勝ちたいと言う意識が感じられた。その正体はハッカソンでぶつかるであろう相手だ」
そう言われると何にも言えなくなる。俺は自分の愚かさにようやく気付いたのだ。俺が本当に意識しなきゃいけない相手は……仲間のズミさんではなかった。ズミさんはそれをわかっていて、変に俺を意識せずにまだ見ぬ相手に負けないような作品を作り上げたんだ。
解説を聞いて納得した。完敗だ。リーダーになるべきは俺じゃない。ズミさんだ。
「リーダーには意識というものが必要なんだ。それは作品にも表れる。賀藤君には悪いけれど、賀藤君の作品から感じた意識は僕が求めるものではなかった」
「はい、それはわかってます。俺も自分の意識が間違っていたことに気づかされました。リーダーはズミさんしかいません。ズミさん。ハッカソンではよろしくお願いします。リーダーとして頼りにしてますから」
「あ、うん。その……リーダーになったからには頑張りたいと思う」
ズミさんの端切れがどうにも悪い。まだ実感が沸いていないのであろうか。
「さて、結果発表も終わったことだし、今日はみんなで親睦を深めよう。チームとして動くにはお互いの親密さも重要だからね」
こうして俺たちはズミさん、八倉先輩とその彼女である倫音さんと親睦を深めた。リーダーになれなかったのは、ズミさんに負けたのはショックだったけれど、本当の
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