第345話 寺で『かみ』の話をしてはいけない
「同志のみんなに大切なお知らせがあるよ。みんな心して聞いて欲しい」
八城さんが神妙な顔をして私たちを呼び寄せた。大切な話ってなんだろう。もしかして、八城さんの結婚報告!? それだったらショックすぎる。違う話題であって欲しい。
「僕の友人からVtuberハッカソンとなるイベントがあると聞いてね。我らがサークルもそれに参加しようと思うんだ」
「おお!」とみんながどよめく。Vtuberハッカソン……かつて私もVtuberをしていた経験があっただけに決して無関係の話題ではない。でも、私は……滑り出しこそ良かったものの新規ファンの獲得や固定ファンの囲い込みに失敗して人気が低迷。そのままサイレント引退をしてしまったのだ。
「3Dモデリングを担当する人は既に決まっている。我らがエース、稲成さんだ」
狐の面を被っているあの人か。最初は不気味で怖かった。けれど、よくよく見ると狐の面も愛嬌があって可愛いかもしれないと毒されてきた感じがする。慣れというものは本当に恐ろしいことを教えてくれた面だ。
「今回白羽の矢を立てられた稲成です。Vtuberハッカソン、一筋縄ではいかないイベントだと予想される。正直、我らが同志だけの力では足りないとすら思っている。このイベントは人数を集めれば良いというものではない。なぜならば、日程が非常に短く限られている。人数を多くすれば確かに効率は良くなるが、その分の立ち上がりが悪くなる。統率のために余力を割くから……しかし、少数精鋭で挑もうにもそれに耐えうる人材がまだ組織内で育っていないのも事実」
随分とハッキリと物を言う人だな。こんなにも同志に対して実力不足を指摘するなんて。でも、それだけ稲成さんも必死なんだろうな。嫌われ役を買ってでも、現状を伝えるのは中々にできることじゃない。
「そこで、私は強力な助っ人を用意することに成功した。とある人物に対してリベンジに燃えている心強い味方だ。その名は兼定 虎徹! 彼はまだ若いながらも私の実力を凌駕する部分も秘めている。彼と上手く連携を取り、優勝を目指したい所存です」
そう言えば稲成さんて何歳なんだろう。狐の面を被っているから顔がわからないし、見た目で年齢の推測ができない。手の感じを見ると皺もないし、40代や50代ってわけじゃなさそう。20代~30代……かな。でも、一人前のクリエイターに対して若いって言っていることから30代くらいなのかな? 本当に経歴含めて謎が多い人だなあ。
「ちなみに僕もこの組織のリーダーとして参加させてもらう。大学では3Dのプログラムを研究していたし、副業もそっち方面だから戦力にはなると思う」
副業って……多分、世間一般ではそっちが本業だよね。こっちが副業でしょってツッコミ入れたいけれど、八城さんはこっちを事業としても展開するつもりなんだよね。
「プログラマーとグラフィッカーは決まった。後は肝心のVtuberだけど……誰か立候補してくれる人はいないかな?」
「ちなみに私の意向としては女性が望ましい」
私の心臓がドクンと跳ねた。私は元Vtuberだ。2Dの方だったけれど、将来3D化したい野望があったからそれに対する情報はいくらか調べてあった。だから、私には適正がある方だと思う。けど……私は、もう1度バーチャルの世界に立てるのだろうか。稲成さんがわざわざ外部と交渉してまで強力なメンバーを揃えたのに……演者が私だと足を引っ張ってしまうのではないか。
「いないか……じゃあ、Vtuberをやれそうな知り合いを知っている人は……?」
私は挙手をした。
「お、日高さん。知り合いにVtuberでもいるのかな!?」
「いえ、違います。私……Vtuberになります!」
言ってしまった。誰も手を上げなかった時の八城さんの困った表情を見た瞬間……なんというか、彼を助けられるのは私だけしかいないなんて変なテンションになって立候補してしまった。正直、今になって後悔している。軽率にも程があると自責の念にかられた。
「おお! 日高さんがやってくれるんだね。ありがとう! 日高さんなら安心して任せられるよ」
八城さんの笑顔を発言から私の後悔は完全に失せた。私は八城さんのためにがんばる。それだけだ。
◇
山の麓にある交通の便が悪い土地。恐らく地価も安いであろう場所に建てられた寺。そこにウチは用があって京都まで戻って来た。見覚えのあるハゲ頭が見えたので声をかけてみよう。
「親父殿。ただいま。愛娘が帰ってきたぞ~」
「けっ、住職の娘だって言うのに、そんなプリンみたいに髪を染めやがって」
「染める髪がないからって嫉妬せんといてやハゲ」
「ハゲとらんわ! これは剃ってなかったらフサフサや!」
なんだかノリが大阪人みたいになってしまったけれど、これはハゲてる親父殿が悪い。
「ほんで、不良娘。何しに帰ってきた?」
ウチは片膝をついて親父殿に頭を下げた。
「親父殿! ウチの煩悩をはらって欲しい」
「断る」
「なんで!?」
「俺はな、既に銀髪の騒がしいクソガキとピンク髪の小さい姉ちゃんと奇抜な髪色の奴らの面倒をみてきたんだ。なんで実の娘とはいえ、もう1度奇抜な髪色の奴に修行を付けてやらなければならんのだ!」
銀髪は恐らく虎徹のことだとして、ピンク髪って……誰!? あ、いたわ。知り合いにピンク髪の小さいのいたわ。あの人もここで修行してたのかい。
「親父殿。一旦落ち着いてウチの話を聞いて欲しい」
「よかろう」
「まず、1つ目。親父殿は髪で遊んでいる人に対して厳しすぎる。髪がある人に嫉妬するならハゲなきゃなれない住職にならなきゃ良かったのに」
「嫉妬やない。それだけはハッキリと言える」
「まあ、そこは置いといて……重要なのはこっち。ウチはこれからマッチョ断ちをしたいと思うの」
「え……え……えぇ!? おい! 睦美! お前変なもん食ったんじゃなかろうな! それかアレか? マッチョに振られたショックで精神を病んだんか?」
この親父殿……リアクションが大袈裟すぎる。
「だから落ち着いて聞いて欲しいと言ったよね?」
「あ、ああ。すまない。取り乱してしまった」
「ウチはかつてマッチョではない3Dキャラをモデリングしたことがあった。それはもう難産だった。血反吐を吐く思いでようやく完成したそれは今でもウチの娘として元気に活動をしている」
「Vtuberのママになったのか?」
「流石親父殿。理解が早くて助かる。そして、今回もウチがマッチョを封印せざるを得ない事態に追い込まれたの」
「なるほど。深い事情があるみてえだな」
「ウチの今のこの煩悩まみれの精神でマッチョを封印したら確実にくたばる自信がある。だから、一時的でも良い。ウチの煩悩をはらって欲しい」
親父殿は「うーん」と頭を悩ませている。
「まあ、こんなんでも娘をくたばらせるわけにはいかねーな。いいぜ。寺の中に入んな。一時的とは言わずに一生涯の煩悩をはらうつもりで行くから覚悟しろ」
「あ、そこまでは大丈夫っす。マッチョ愛は完全に捨てたくないんで」
まあ、何はともあれ、親父殿が協力してくれて助かった。Vtuberハッカソンまでまだ日数がある。ここできっちりと修行して煩悩をはらえば、間に合うはず。ウチの本当の力を見抜いてくれた彼らのためにも期待に応えなければ。
それにしても、事情があったとはいえ、ウチにマッチョを封印させるところは酷いと思った。こんなに酷い仕打ちをするのは、里瀬社長だけかと思ってた。まあ、その分高い報酬をもらったから許す。お陰で、贔屓にしているプロレス団体の全国ツアーを追いかけることができたからそこは感謝している。
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